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悪党にも上には上が

クレイブは若い男に組み敷かれたフェリシアを見て目を見開き、次に、床に倒れている僕を見てその顔を憤怒に染めた。


「貴様ら……俺の妻と息子に何をした!!」


吠えるやいなや、フェリシアに覆い(かぶ)さるルイスへ猛スピードで肉薄し、渾身の蹴りを入れるクレイブ。

まともに蹴りを喰らったルイスはごろごろと床を転がり、そのまま壁に体を打ちつけた。


だが、(うめ)き声を上げ、壁にもたれ掛かるように立ち上がったルイスは、すぐ側の窓を開くと同時に勢いよく外へと身を躍らせる。


「あっ……!」


あまりにも軽い身のこなしと、手慣れたルイスの逃走に僕の口から思わず声が漏れた。


「大丈夫だ。我が家の敷地から逃すつもりはない」


それに応えるように父が僕へ声をかける。


「アイセル様! 大丈夫ですか!?」


そして、自由の身となったフェリシアは僕に駆け寄り、彼女の手によって抱き起こされた後、僕は強く抱きしめられた。


「さて、レイチェル嬢……。これはどういった理由(わけ)だろうか?」


口調は丁寧ながらも、怒りを全く隠そうともせずにレイチェルに詰め寄るクレイブ。


「ち、違う! これは……誤解なの!」

「……誤解?」

「お姉様は以前から男遊びが激しくって! 今でも若い男を連れ込んでいるという噂を聞いて、居ても立ってもいられなかったのよ!」

「ああ、フェリシアが悪女だという噂か?」

「ええ! 辺境伯様の耳に届いていたのなら話は早いわ! お姉様の男狂いはきっと治らない。そんな異母姉を嫁がせてしまった責任を取って、代わりに私が……」

「男狂いは君のほうだろう?」

「え……?」


クレイブの言葉に、レイチェルがびくりと肩を揺らす。


「恥ずかしながら、俺もフェリシアが悪女だという噂を信じ込んでいた。だが、息子に諭され、フェリシアの噂について調査をした結果……多くの男を誑かし貢がせた悪女はレイチェル嬢だと確信している」


そもそもの始まりは、フェリシアの実母が亡くなり、エンブリー子爵が愛人と隠し子のレイチェルを屋敷に連れてきたこと。

エンブリー子爵の後妻となった愛人は、娘のレイチェルとともにフェリシアを使用人のように扱い、いじめ抜いたという。

そして、フェリシアが年頃になると、男を誑かす悪女だという噂が王都中に広まった。


「だが、フェリシアと関係を持ったとされる男たちは『白銀色の髪と翠の瞳を持つ女が、自らをフェリシア・エンブリーと名乗っていた』と証言をした。おかしいだろう?」


複数の男と関係を持つならば、自身の特徴的な髪色を隠すだろうし、わざわざ本名を名乗る必要はないはず……。

つまり、フェリシアの悪評を広めようと、誰かがフェリシアのフリをしてわざとそのような真似をしたということだ。


(それに髪色なんてウィッグでどうとでもなる) 


ルイスが置き去りにしたままの長髪のウィッグに僕はチラリと視線を向ける。

そして、今度はフェリシアと同じレイチェルの翠の瞳を見つめた。


(だけど、瞳の色や体型までは誤魔化せない)


フェリシアのフリをして悪女に仕立て上げたのはレイチェルだ。


「そして、フェリシアが王都を去ったあともレイチェル嬢の男狂いは治らなかった。婚約者のいる男に手を出したことがバレて慰謝料を請求され、それが払えないならばフレミング男爵の後妻になるようにと、手を出した男の婚約者から迫られているそうだな?」

「え? フレミング男爵……?」


思わず僕は口を挟んでしまう。


そういえば、フェリシアをフレミング男爵の後妻にするとか何とかレイチェルが言っていたような……。


「ああ。フレミング男爵の妻が亡くなったのはこれで五回目。男爵に加虐趣味があるとか……まあ、色々と黒い噂の絶えない家だ」

「…………」


五回も妻が亡くなっているのに新たな妻を求めるフレミング男爵。

どう考えてもヤバい奴だろう。

それなのにどうして放置されているのか……。


(あれかな? ガチ過ぎて触れてはいけない感じになってるのかな?)


そして、貴族間のトラブルは個人ではなく家に責任が求められる場合がほとんどだ。

だからエンブリー子爵家へ慰謝料が請求されたのだろう。

だが、それが支払えないとなり、レイチェル個人の罰へと移行した。


そんな自身の罰すらもフェリシアへ押し付け、レイチェルは辺境伯夫人という立場に逃げ込もうとしていたのだ。


「レイチェル嬢……」


クレイブがレイチェルに向き直り、再び口を開く。


「俺の妻はフェリシアだ。そして、我が家の後継は息子のアイセル。君が我が家に入り込む隙はない! 俺の大切な妻と息子を傷付けた罪はしっかり償ってもらおう!」

「そんなっ……! あの子を殴ったのも、お姉様を襲おうとしたのもルイスが……」

「なるほど。あの男の名前はルイスというのか」

「あ………」

「君には他にも聞きたいことがある」

「いや、あの………」

「連れていけ!」


父の声を合図に我が家の騎士たちが部屋になだれ込むと、そのままレイチェルを捕縛し部屋の外へと連れ出していった。


「フェリシア、アイセル、大丈夫だったか?」

「はい。ですがアイセル様が私を助けようと殴られてしまって……」

「アイセル。よくぞフェリシアを守ってくれた。ありがとう」

「僕は当たり前のことをしたまでだよ」

「ああ。さすが俺の息子は勇敢だな……」


そう呟くと、クレイブは僕とフェリシアに頭を下げる。 


「アイセル。これまでお前を避け続けてしまったのは全て俺の弱さが原因だ。それに……フェリシア。君を愛さないと告げたことを撤回させてほしい!」

「え?」

「二人とも、本当にすまなかった! これからは良き父や夫となれるように……二人からの信頼を回復できるように努力する!」

「クレイブ様……」





その後、騎士たちがレイチェルを尋問したところ、予想通りフェリシアのフリをして男漁りをしていたことを認めた。

そして、応接室の窓から逃げ出したルイスも、父の言葉通り我が家の敷地内で捕らえられる。


ルイスはその美貌を武器に、いわゆる男娼のような商売をしていたらしい。


そんなルイスがレイチェルの話に乗ったのは、報酬に目が眩んだわけではなかった。

レイチェルが辺境伯夫人になれば、異母姉を襲うよう依頼した証拠をネタに金を脅し取れるだろうと踏んだからだ。

ついでに、フレミング男爵夫人となったフェリシアからも金をせびろうと考えていたらしい。


(悪党にも上には上がいるんだな……)


ルイスは容赦なく憲兵に突き出された。

だが、レイチェルは我が家の騎士たちによってフレミング男爵家へと送り届けられる。


父の話によると、すでに王都でやらかしたレイチェルの罰をこちらの都合で変更すれば新たな火種を生むかもしれないとのことだった。


(憲兵に突き出すより、こっちのほうが罰になりそう)


まあ、それはそれとして、レイチェルがフレミング男爵夫人となった後、彼女がフェリシアのフリをしていた件についてはしっかりと名誉毀損で訴える予定らしい。


「全てが丸く治まってよかったです。ね、父上?」

「ああ。それはそうなんだが……アイセル、どうしてお前が夫婦の寝室にいるんだ?」


あの事件の後、父の提案によりフェリシアと僕は本館へ居を移すことになった。

数日かけての引っ越し作業がようやく終わり、今夜は本館で過ごす初めての夜。


湯浴みを終え、夫婦の寝室に足を踏み入れたクレイブは、フェリシアと並んでベッドに腰かける僕を見て目を剥いていた。


「父上は僕のことを大切な息子だと言ってくれましたよね?」

「も、もちろんだ!」

「だから、これから家族としての絆を深めようと思ったんです」

「そうなのか……」

「家族なら一つのベッドで眠るのが当たり前でしょう?」

「いや、だが、今夜は初夜のやり直しを……」

「え? 初夜? 初夜って何ですか?」

「お前、絶対わかってやってるだろう!!」


とぼける僕、激昂するクレイブ、楽しそうに笑うフェリシア。


(うん。やっぱり彼女には笑顔が似合う!)


レイチェルの件で、父のことをほんのちょっぴりは見直した。

だが、僕のほうがフェリシアを幸せにできるという気持ちに変わりはない。


(今度から騎士団の訓練にも参加してみるか……。どうせクレイブは老いていくんだし、筋肉でも僕に勝てなくなったら諦めるだろう)


こうして、フェリシアを巡る親子の争いはまだまだ続くのだった。

読んでいただきありがとうございます。

ここまでが加筆修正した短編版のお話となります。

次話からは完全新作です。ストックないので自転車操業です。(いつものパターン)

明日の朝8時頃に投稿予定ですので、よろしくお願いいたします。


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