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招かれざる客

読んでいただきありがとうございます。

※アイセル視点に戻ります。

フェリシアが我が家に嫁いでから半年が経った。


残念ながら僕とフェリシアの関係に進展はない。

だが、なぜか僕と父との関係が進展してしまっていた。


(どうしてこうなった……?)


これまで通りにフェリシアに接触しようとするクレイブを迎え撃ち、嫌味や煽りで撃退していただけなのに……。


(いや、それが失敗だったのかもしれない)


親子としての交流がゼロに等しかったのに、頻繁に顔を合わせるようになったせいで互いに慣れが出てしまった。

すると、クレイブは気安く僕に声をかけるようになり、いつの間にか父親らしい言動がチラホラ出てくるようになったのだ。


「アイセル。もうすぐお前の誕生日だろう? 何か欲しいものはないのか?」

「そうですね……。さっさと隠居して僕に当主の座を譲ってください」

「お前はまたそんな可愛げのないことを……!」

「ふふっ。アイセル様は七歳とは思えない程に大人びてらっしゃいますものね」

「ふんっ。ただのませガキだ」

「きっと頭の回転が早いのですよ。将来が楽しみじゃないですか」

「まあ、それはそうかもしれないが……」


しかも、フェリシアが僕と父の仲を取り持つような言動をするせいで、なんだか家族としての形がほんのり出来上がりつつある現状。


メイドや使用人たちも、僕と父が交流することを歓迎しているらしく、皆が微笑ましそうにこちらへ視線を向けている。

どうやら僕の子供らしからぬ言動は、父親を恋しがる感情の裏返しだと考察され長年心配されていたらしい。


(うん。心配してくれていたのは嬉しけど、その考察は的外れなんだよね)


ただ、僕には成人男性だった前世の記憶があるだけだ。


(どうにか挽回しないと……)


このままだと、なし崩し的にフェリシアの義息子になってしまう。


そんなある日、思いもよらぬ訪問者が現れた。


「フェリシア様の異母妹(いもうと)……?」


事前の連絡も何もなく、突然フェリシアの異母妹を名乗る女性が我が家へ訪れたのだと使用人から(しら)せを受ける。


間が悪いことに父は外出中で、フェリシアが対応をしているそうだ。


これまでフェリシアが生家での暮らしについて何かを語ることはなかった。

だが、初夜の日に彼女が流した涙を、もちろん僕は覚えている。


(異母妹か………)


フェリシアのことが心配になった僕は急いで本館へ向かい、応接室の扉をノックした。

そして僕が部屋に入ると、ソファに座ったフェリシアの真っ青な顔が目に飛び込んでくる。


そんなフェリシアの向かいには、栗色の髪に翠の瞳を持つ女性が座っていた。

後ろには、この女性が連れてきたらしい背の高いメイドが控えている。


「あら、もしかしてこの子がダルサニア辺境伯のご子息なの?」


フェリシアと同じ翠の瞳が僕の姿を捉えると、挨拶もなく無礼な発言が飛び出した。

慌ててフェリシアが立ち上がる。


「アイセル様、申し訳ございません。彼女が私の異母妹のレイチェルです」


いくら子供であっても、僕が辺境伯子息……つまり、レイチェルより高位の立場であることに変わりはない。

どうやらフェリシアの異母妹は随分と自由奔放な気質のようだ。


「はじめまして、アイセル・ダルサニアと申します」


僕は不快感を表に出すことなく、にっこりと笑顔を作り、そのまま目の前のレイチェルを観察する。


(フェリシアと同じ翠の瞳……顔立ちもよく似ているけど……)


栗色の長い髪は艶を放ち、白い肌は血色がよく、丁寧に化粧を施し爪の先まで手入れされたレイチェルは、ぱっと目を引く華やかな容姿をしている。

フェリシアと顔立ちは似ているはずなのに、受ける印象は全くといっていいほど違った。


(ふーん……)


我が家に嫁いできたばかりの頃のフェリシアと比べると、その差は歴然であると言える。

だが、現在のフェリシアは磨きに磨かれており、清楚で上品な美しさはレイチェルに引けを取らない。


「はじめまして。せっかく挨拶に来てくれたのに申し訳ないんだけど、私はお姉様と大事な話があるの」

「レイチェル!」


不遜(ふそん)なレイチェルの態度を(たしな)めようとするフェリシアを僕は手で制した。


「ああ、構いませんよ。姉妹水入らずの時間を邪魔してしまいましたね。ごゆっくりお過ごしください」


物分りがいいフリをした僕は、応接室を出て扉を閉める。

そして、そのまま扉にべたりと張り付いてスキルを発動させた。


「アイセル様にあんな失礼な態度を取るなんて!」

「別にいいじゃない。辺境伯子息だなんていっても、父親から冷遇されているんでしょ?」


怒りをあらわにするフェリシアと、そんな彼女の言葉を鼻で笑うレイチェルの声が部屋の中から鮮明に聞こえてくる。


もちろん、しっかりと扉が閉められた応接室内での会話が外に漏れ聞こえているわけではない。

これは僕の特殊なスキル『盗み聞き』の能力のおかげだった。


名前の通り、離れた場所の音や会話をこっそり聞くことのできる能力。

ただし、能力範囲が狭いため壁一枚隔てた距離が精一杯である。

今はメイドや使用人たちの会話を盗み聞きすることで情報収集に役立てていた。


……うん。微妙だよね。自分でもわかっているよ。


だけど僕は主人公だから、いずれスキルがさらに覚醒とかしちゃっていい感じに活躍するはずだからさ。


「ああ、冷遇されているのはお姉様も同じだったわね」


(あざけ)り混じりのレイチェルの声が続く。


「冷遇だなんて……」

「さっき、お姉様は別館で暮らしているって自分で言ってたじゃない。それって追いやられたってことでしょ?

 やっぱりお姉様はここでも愛されていないのね」

「…………」


心底嬉しそうなレイチェルの声音に、見えていないはずの歪んだ笑みが脳裏に浮かんだ。


「そんな可哀想なお姉様に、いい話を持ってきてあげたわ」

「……いい話?」

「数ヶ月前に奥様を亡くされたフレミング男爵が後妻を探してらっしゃるそうよ。それでお姉様はどうかっていう話になってね」

「何を言っているの? 私はすでにクレイブ様と結婚しているのよ?」

「だったら離縁すればいいじゃない」

「そんな簡単に離縁なんてできるはずがないでしょう!? すでに支度金だって受け取っているんだし……」

「ええ。だから私とお姉様が交代すればいいんじゃないかって思ってるの」

「「は?」」


僕もフェリシアと同じタイミングで同じような声が出た。

それくらいレイチェルの提案は意味がわからないものだったのだ。

だが、レイチェルの言葉は止まらない。


「そうすれば貰った支度金を返す必要もないし、お姉様だって冷遇されているこの家から離れることができるでしょう?」

「そんな馬鹿な真似……」

「あら、ダルサニア辺境伯様はきっと受け入れてくださるはずよ? だって元は私に来ていた縁談だったんだもの」


その言葉に驚いた僕は息を呑む。


(そうだったの?)


言われてみれば、悪女だと噂されていたフェリシアへ女性不信な父がどうして縁談を申し込んだのかが疑問でもあったのだ。


「でも、あんなにも嫌がってたじゃない! だから私が代わり嫁ぐようにってお父様が……」

「まあ、あの時とは状況が変わったのよ」


何となく言葉を濁すレイチェル。


(なるほどね……)


フェリシアとレイチェルの父……エンブリー子爵は、我が家からの縁談の申し出を受け入れた。

だが、猛獣辺境伯へ嫁ぐことをレイチェルが嫌がったため、代わりにフェリシアを差し出すことにしたのだろう。


(理由は……支度金欲しさってところかな?)


そして、一向に縁談がまとまらなかった父が、仕方なくフェリシアを娶ったというわけだった。

まあ、フェリシアを悪女だなんて、今の父は微塵にも思っていないだろうが……。


「私がダルサニア辺境伯夫人となって子供を授かれば、さっきのアイセルって子は廃嫡すればいいし……。ああ、フレミング男爵は若い女であれば特にこだわりはないそうよ? よかったわね、お姉様」


まるで全てが決定事項のように、自身の理想をレイチェルが一方的に(まく)し立てている。


「ま、待って! 私はフレミング男爵へ嫁ぐつもりはないわ!」

「え?」

「たしかに私は別館で暮らしているけれど冷遇されているわけじゃない。それにアイセル様だってクレイブ様と親子関係を修復しているところなの。だから二人の関係を壊すような真似は……きゃあ!」


突然のフェリシアの悲鳴に、僕の心臓がドクリと跳ねる。


(もしかしてレイチェルが暴力を……!?)


慌てて応接室の扉に手をかけるも、脳内は意外と冷静に七歳児の僕でも細身のレイチェルならば止められるだろうと算段を立てていた。


しかし、応接室の中に足を踏み入れると、予想外の光景が僕の目に飛び込んでくる。


「なっ……男!?」


レイチェルの後ろに控えていた長身のメイドが、長髪のウィッグを脱ぎ捨て、フェリシアを床に押し倒していたのだ。

整った顔立ちは女性にも見えるが、はだけたスカートの裾から見える足はどう見ても男性のもので……。


「お前……! フェリシアから離れろ!!」


それでも僕は部屋に飛び込んだ勢いのままメイドに向かって走り、フェリシアを押さえつけている左腕に飛びついた。


「邪魔なんだよ」


だが、メイドは煩わしそうに片手で僕を難なく引き剥ががす。

だったらと、僕は再びメイドの左腕に飛びつくと、二の腕めがけて思いっきり噛み付いてやる。


「っ……! このクソガキ!」


痛みによる怒りとともにメイドは右手で僕の顔を鷲掴みにし、そのまま指に力を込める。

あまりの痛さに僕が二の腕から口を離すと、今度は思いっきり腹を殴られた。


「アイセル様!!」


痛みに悶えながら床に転がされる僕へ、フェリシアが悲壮な声を上げる。


「もう、ルイスったら……子供を殴っちゃダメでしょう?」

「ははっ。邪魔をしたこのガキが悪りぃんだよ」

「はぁ……仕方がないわね。なんとか言い訳を考えないと……」

「父親に愛されてないガキなんだろ? だったら怪我したって問題になんねぇじゃねぇの?」

「うーん……それもそうかしら?」


ルイスと呼ばれたメイドは中性的な容姿に似合わない乱暴な口調でレイチェルと会話をしながらも、その腕はフェリシアを床に押さえつけたままで、彼女も僕も身動きが取れなくなってしまった。


「どうしてこんなひどい真似を……!」

「お姉様が素直に離縁に応じないのが悪いのよ。でも、安心して。お姉様のためにルイスを雇ってあげたんだから」

「何を言って……」

「ほら、ルイスって女性にも見間違える程の美青年でしょう? ダルサニア辺境伯の前妻も若くて美しい男性が好きだったそうね?」


なんと、若い使用人と駆け落ちをした僕の実母が隣国で発見されたらしい。

たまたま隣国に嫁いだ令嬢が平民に混じって働くリネットを発見し、その噂は瞬く間に王都へ広がった。


そして『リネットはイケメン使用人と駆け落ちした』というクレイブの主張が正しかったのだと、今更ながら貴族間の認識が変わり始めているとレイチェルがフェリシアへ告げる。


「後妻であるお姉様も、前妻と同じように若くて美しい男と浮気をしていると知ったら……きっとダルサニア辺境伯のほうから離縁を突きつけられるわよねぇ?」


レイチェルの紅い唇がゆっくりと弧を描き、恍惚の笑みを浮かべた。


「や、やめて……」


ルイスが何のためにこの場に居るのかを悟り、フェリシアの声は震え、顔はどんどんと青ざめていく。


これはもう這ってでも外へ助けを求めにいかなければと、僕は痛みに耐えながら床に手をついて力を込める。

その時、激しい音を立てながら勢いよく応接室の扉が開いた。


「フェリシアっ……!」


切羽詰まる声で妻の名を呼びながら飛び込んできたのはクレイブだった。


次話は明日の8時頃に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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