あの子ばっかりズルいわ!(Side.レイチェル)
読んでいただきありがとうございます。
※今話はレイチェル視点です。
(ああ……ほんっとに何もかもうまくいかない!)
私……レイチェルが産まれた時、父であるエンブリー子爵にはすでに妻子がいた。
貴族らしい典型的な政略結婚。
そのせいで愛する私の母と結ばれることが叶わず……つまり、私の母は父の愛人だったのだ。
だから私は貴族の血を引きながらも母とともに平民として暮らしていた。
だが、私が十四歳になってすぐ、エンブリー子爵夫人が病で亡くなり、私の母にチャンスが巡ってくる。
エンブリー子爵夫人の葬式を終えた翌日、私と母はエンブリー子爵邸へと招かれ、正式に家族として暮らしていくことが決まった。
母はエンブリー子爵の後妻となり、私もエンブリー子爵令嬢となる。
しかし、屋敷には前妻との娘……私の異母姉となるフェリシアがいた。
キラキラと輝く白銀色の長い髪に翠の瞳を持ち、日焼け一つしていない真っ白で陶器のような肌。
見るからに高価なワンピースを着こなし、穏やかな口調に上品な仕草を見せる彼女は、本物の貴族令嬢がどんなものであるのかを私に知らしめた。
(どうして……?)
同じ父の血を引いているのに、フェリシアは貴族令嬢として様々なものを与えられている。
方や私は愛人の娘だと後ろ指をさされてきたのに……。
(そんなの不公平じゃない? あの子ばっかりズルいわ! これまでちやほやされて暮らしてきたのだから……今度は私の番でしょう?)
だからフェリシアのものを全て奪って、私のものにすると決めた。
部屋もドレスもアクセサリーも思い出の品も全部。
だけど、奪えないものもあった。
フェリシアが幼い頃から仕えていた侍女たちは、どれだけ金品で釣ろうとも、フェリシアから離れようとしなかったのだ。
(だったら……もう、いらないわ!)
私のものにならないのなら、フェリシアの前から消してやればいい。
侍女たちに嫌がらせをされたと騒ぎ立てれば、当然母は私の味方になってくれた。
母と私を溺愛する父は侍女たちを解雇するよう手続きを進める。
フェリシアが泣いて父に縋ろうとも、その決定が覆されることはなかった。
父は新たな家族として私と母を選んだ。
これまでフェリシアが当然だと思っていた居場所が私のものになる。
それからはフェリシアを家に閉じ込めメイドのようにこき使った。
代わりに私がエンブリー子爵令嬢として振る舞えるよう父が家庭教師を雇い、私は淑女教育を受け始める。
だけど、ずっと平民として育ってきた私にとって、制限と制約だらけの淑女教育はストレスの溜まるものでしかなかったのだが……。
それから数年が経った頃、フェリシアに縁談の話が舞い込む。
(どうして……?)
いくら屋敷の中でフェリシアの立場を奪おうとも、貴族社会の中でのフェリシアは『エンブリー子爵令嬢』のままだった。
そのことに私はようやく気づく。
(だったら……)
私は夜な夜な屋敷を抜け出し、とあるレストランへ顔を出す。
昼間は普通のレストランを営んでいるが、夜になると平民の中でも富裕層の者たちが集まる社交場へと変わる。
平民として暮らしていた頃、悪友からこの社交場の噂を聞いたことがあったのだ。
そこで私はフェリシアに変装し、酒を飲みながら男性と甘い言葉を交わす。その流れで一夜の相手を務めることも、対価に高価なアクセサリーやドレスを相手に強請ることもあった。
するとどうだろう。
いつの間にかフェリシアは貴族令嬢でありながら数多の男を誑かす『悪女』だと呼ばれるようになり、フェリシアへの縁談話は立ち消え、それ以降は縁談そのものが持ち込まれることもなくなった。
(ふふっ。いい気味)
それに、社交場でのお遊びは淑女教育で溜まったストレスの捌け口にもちょうどよかった。
全てが私の思い通りに進んでいると、そう思っていたのに……。
「私に縁談……?」
「ああ。ダルサニア辺境伯からレイチェルをぜひにと……」
そう私に告げる父の顔は、以前よりもげっそりと痩せてしまっている。
詳しいことはよくわからないが、父が携わっている事業の業績が芳しくないようだ。
「ダルサニアって……あの『猛獣辺境伯』じゃない!!」
「レイチェル。あれはあくまでも噂であって……」
父はなんとか私を宥めようとするが、その姿が余計に私の感情を逆撫でする。
「どうしてお父様はそんなところに私を嫁がせようとするの? 私が殺されてもいいって言うの!?」
「まさか! しかし、ダルサニア辺境伯は我が家の事情を慮って持参金は無しでいいと……。しかも、支度金もあちらで用意してくださるそうだ」
「…………」
ダルサニア辺境伯は後妻の打診をどこからも断られているらしく、破格の条件を我が家に提示してきたらしい。
つまり、父はお金のために娘を売るつもりだということ。
(どうして私が……)
その時、とある妙案が頭に浮かぶ。
(娘ならちょうどいいのがもう一人いるじゃない)
こうして異母姉は猛獣辺境伯のもとへ嫁ぐことになったのだ。
邪魔者をうまくお払い箱にし、多額の支度金だって手に入れた。
だけど、困ったことが一つだけ……。
それは、ストレス発散の場所である社交場に顔を出せなくなってしまったこと。
フェリシアが猛獣辺境伯のもとへ嫁いだことはそれなりに話題になっており、王都にいないはずのフェリシアのフリをすることはできない。
しかも、フェリシアが嫁いだことで支度金を得た父は、今度は私を有力貴族と縁組みさせ、事業を立て直す足掛かりにしようと思いついたようだ。
そのため、遅々として進まない淑女教育が厳しさを増し、私のストレスはさらに溜まっていく。
だから私は、初めてフェリシアの姿ではない変装をして社交場に足を踏み入れた。
さすがに私の悪評が広がるわけにはいかないので、ほんのちょっとだけ遊ぼう……それくらいの軽い気持ちで。
「あれ? 見ない顔だ。もしかして初めて?」
カウンターの椅子に腰を掛けると、すぐに背後から低くくぐもるような声がかかった。
振り返ると、艶やかな黒髪に琥珀色の瞳を持つ美しい青年がにこやかに微笑んでいる。
その整った顔立ちはまるで女性のようで、声とのギャップについつい凝視してしまった。
(この人……)
彼を何度か社交場で見たことはあったが、いつも女性と同伴で、これまで会話をした記憶はない。
「隣いいよな?」
「え?」
「もしかして誰かと約束してる? まあ、いいや。そいつより俺と喋ろうよ」
外見の美しさに似つかわしくない強引な態度に傲慢な物言い。
だが、それが男性的な色香を醸し出しているように思えた。
「俺はルイス。あんたは? なんて呼べばいい?」
そう言いながら、ルイスは私の顔を覗き込む。
彼の琥珀色の瞳が怪しげに揺れ、照明のせいか次第に赤みを帯びた金色になっていく。
「レイチェル……」
気づけば、用意していた偽名ではなく自身の本当の名前を口にしていた。
「ふぅん。それでレイチェルはどうしてここへ?」
「どうして……?」
「そう。あんたのことを教えてくれよ」
すると、私の中に溜め込まれていた不満がつらつらと口から出てきた。
それを黙って聞いたあと、ルイスはニヤリと口角を上げて笑う。
「我慢ばっかりしてっから辛いんだろ? 好きなようにやればいいんだって」
私の耳元に近づいたルイスが甘く囁く。
「欲しいものがあるなら手を伸ばして奪え。望むままに振る舞えばいい。そうすれば……全てがあんたのものだ」
そして、頭に靄がかかり、思考がルイスの言葉で塗り替えられていく。
そうして、露わになった自身の内なる欲望に、私は飲み込まれていくのだった。
次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




