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いい夫ムーブ

読んでいただきありがとうございます。

※本日3話目の投稿になります。

フェリシアが我が家に嫁いでから二週間が経った。


今日は咲き誇る花々を観賞しようとフェリシアを温室に誘い、そのままティータイムを過ごしている最中だ。


「ここでの生活には慣れましたか?」

「ええ。皆様がよくしてくださるおかげです」


テーブルを挟んで向かいに座るフェリシアが穏やかに微笑む。


(うん。順調順調!)


手入れ不足でくすんでいた白銀の髪はキラキラと陽の光を反射させ、痩せこけていた頬はふっくらと肉付き、仄暗さを(たた)えていた翠の瞳は新緑のように輝いて、彼女は年相応の健康的な美しさを取り戻しつつあった。


別館のメイドや使用人たちを駆使し、フェリシアをここまで磨き上げた僕は、彼女の姿を眺めながら心の内で満足気に頷く。


(やっぱり女の子はこうでなくっちゃ!)


前世の僕もフェリシアのように傷つき弱っている女性に惹かれ、そんな彼女たちに寄り添い、元気を取り戻していく姿に満足したものだ。


ただ、元気になった彼女たちはなぜかひどく僕に依存し、執着するようになってしまうことが問題だったが……。


(まあ、異世界ハーレムの主人公なら大丈夫だよね)


女の子たち同士の仲も良く、うまくバランスを取りながらハーレムは形成されていた。

漫画で読んだのだから間違いない。


「それで……あの、クレイブ様にも声をおかけしたほうがよろしいのではないでしょうか?」


フェリシアは遠慮がちにそう言葉を続ける。

なぜなら、先程からクレイブが意味もなく温室内をうろついているからだ。


本人は散歩している(てい)を装っているが、あの脳筋に花を()でるような感性はない。


(全く、何を今更……)


現在、フェリシアは父の暮らす本館ではなく、別館で僕と生活を共にしている。

初夜に彼女を拒んだのだからと、僕がやや強引に手配を進めた。


それからというもの、クレイブはやたら別館に顔を出すようになったのだ。


(僕だけが暮らしていた頃は別館に見向きもしなかったくせに……なんてわかりやすい男なんだ)


そして、今日は温室にまで付いてきたというわけだった。

チラチラとこちらを伺うクレイブを軽く睨みつけてやる。


「アレは放置で構いませんよ」

「ですが……」


フェリシアはどうにもクレイブの存在が気になるようで、困ったように眉を下げる。


「アイセル様は私の噂を鵜呑みにしたクレイブ様を叱ってくださいました。けれど、私も『猛獣辺境伯』の噂を信じておりましたのでお互い様な部分も……」

「フェリシア様は何も悪くありません」


僕は食い気味にキッパリと答える。

なぜならフェリシアは可憐(かれん)だからだ。それだけで全肯定に値する。


「いえ……そうではなくてですね。私のためにアイセル様が怒ってくださったことは嬉しかったのですが、そのせいでお二人が仲違(なかたが)いされたままなのは……」


ああ、そういうことか……と、僕はようやくフェリシアの心情を理解する。

彼女は自分のせいで僕とクレイブが喧嘩をしているのだと思い込み、心を痛めているのだろう。


「大丈夫です。僕と父上の仲が悪いのは今に始まったことではありませんから」

「え?」

「父上は僕の顔がお嫌いなんですよ」


幼い頃から剣術の鍛錬に明け暮れ、確かな実力と筋骨隆々な体躯を手に入れた父は、ダルサニア辺境伯家の私設騎士団団長も務めている。


そんな父の最初の結婚相手が、僕の実母であるリネット・ヴァーノン伯爵令嬢だった。


貴族らしく政略結婚で結ばれた二人。

ただ、父は良く言えば硬派でストイック。悪く言えば女慣れしておらず面白みがない。

ついでに野性味が溢れた顔立ちと筋肉。


対するリネットは王都生まれの王都育ちで、派手好きな享楽家。

そして無類の美形好きだった。

ちなみにワイルド系ではなく、中性的なイケメンがお好み。


………うん。どう考えても相性が悪過ぎる組み合わせ。


その結果、リネットは僕を産むと役目は終わったとばかりに男漁りを始め、若いイケメン使用人と恋仲になり、そのまま駆け落ちしてしまったのだ。


呆然自失なクレイブ。残された愛らしい赤子の僕。


ヴァーノン伯爵は娘の不始末を詫び、このままではクレイブが『妻に逃げられた男』になってしまうことを憂慮し、リネットは病で死んだことにしてはどうかと父に持ちかける。


その提案を受け入れた父。


しかし、蓋を開けてみると、『横暴で傲慢で猛獣のように恐ろしいクレイブ・ダルサニア辺境伯に酷い扱いを受けたリネットは心労により命を落とした』という噂がヴァーノン伯爵によって王都中に広められてしまったのだ。

しかも、勝手にリネットの葬式まで王都で執り行われていた。


おそらくヴァーノン伯爵も『娘がイケメン使用人と駆け落ちした』という醜聞をどうにか隠蔽したかったのだろう。


またもや呆然自失なクレイブ。寝返りができるようになった愛らしい赤子の僕。


クレイブは慌てて噂の火消しに走るも、一度広まってしまったものを完全に消し去ることは難しい。

なんせ、リネットがイケメン使用人と駆け落ちしたという証拠がない。

リネット本人が見つかれば状況は変わるだろうと捜索を続けるしかなかった。


(いやいや、対応が下手くそ過ぎだろ)


そうは思ってみても、喃語(なんご)が精一杯な赤子の僕では父にアドバイスをすることは叶わない。


ヴァーノン伯爵がリネットを匿っているのか、もしくはすでに処理されてしまったのか……。

結局、リネットは見つからないまま、真実は闇の中に葬られてしまう。


そして残されたのは、妻を死に追いやった『猛獣辺境伯』というクレイブの悪名のみ。

そのせいで、父は女性不信にあれやこれやも付随させて(こじ)らせてしまったのだ。


──そんな出来事から七年。


さすがにダルサニア辺境伯夫人の座が空席のままはマズイだろうと、王家から後妻を娶るよう圧力がかかった。


だが、猛獣辺境伯の後妻になりたがる令嬢はなかなか見つからず……持参金なし、むしろ支度金をこちらから出すなどの好条件を提示することで、ようやくフェリシアとの婚姻が整う。


それなのに、初夜に「君を愛することはない」なんてセリフを吐くのはあり得ない。


(十以上も歳の離れた子持ち筋肉男に、こんなに可愛いお嬢さんが嫁いでくれたっていうのに)


父は相変わらず拗らせ続けていたらしい。


「というわけで、母にそっくりな僕の顔を見るたびに父上はトラウマが刺激されるようで、僕は幼い頃からずっと別館で暮らし、父上と顔を合わさない生活を続けてきました」

「…………」


僕の話を聞いたフェリシアが今にも泣き出しそうな表情(かお)になっている。


(うーん……そんなつもりじゃなかったんだけどな)


彼女の目には、僕が親に愛されなかった不憫な子供に映っているのだろう。

僕としては、むさ苦しい筋肉男に構われるほうが苦痛なので放置されたのは結果オーライなんだけど……。


「あ、アイセル……それにフェリシアも……奇遇だな」


そこへタイミングがいいのか悪いのか、クレイブがわざとらしく声をかけてきた。

僕たちから声がかかるのを待っていたが、スルーされ続けたので自分から動くことにしたのだろう。


「今はフェリシア様と二人きりの時間を楽しんでいる最中ですので、邪魔者はどこかへ行ってください」


僕はしっしっと手で父を追い払う。


「なっ!?」

「よければクレイブ様もご一緒しませんか? 今日の紅茶はとても爽やかな香りなんですよ」


激昂しかけたクレイブを(なだ)めるように、フェリシアが慌てて口を挟んだ。


「あ、ああ……」


途端にクレイブは大人しくなり、フェリシアに促されるまま空いている椅子にちょこんと座る。

そして、思いっきり睨みつける僕から顔を逸らしたクレイブは、テーブルの上に置かれた菓子類に目を留めた。


「君は……甘いものが好きなのか?」

「は、はい!」

「そうか……。よし、彼女に追加の菓子を持ってきてくれ!」


控えていたメイドに菓子の追加を頼むクレイブ。


「そんな! ここにあるだけで充分ですから!」

「いや、まだまだ君は痩せ過ぎだ。遠慮せずに好きなだけ食べるといい」

「あ、ありがとうございます」

「それと……温室に来たのは花が好きだからか?」

「はい! 冬になってもこんなにたくさんの花が見れるとは思いもしませんでした」

「そうか……。今後は君の好きな花をここに植えればいい。よし、庭師を呼んでくれ!」


そんな二人のやり取りを見ながら、僕は口をとがらせる。


(なーにが「好きなだけ食べるがいい」「好きな花を植えればいい」だよ!)


いい夫ムーブを始めたクレイブに苛立ちを覚えた僕は、二人の会話を邪魔するべく、わざと甘えるような声を出す。


「フェリシア様、僕もお菓子が食べたいなぁ」


フェリシアの注意を引き付けることに成功すると、彼女の瞳をじっと見つめながら、こてんと首を(かし)げてみせる。


「ねぇ、食べさせて?」

「は、はい……!」


あーんと僕が口を開けると、フェリシアはクッキーを一つ摘み、そっと僕の口元へ近づけた。

そのクッキーにパクリと齧りついて、もぐもぐと口を動かす。


「可愛い……!」


僕の愛らしさにメロメロになるフェリシア。 


(あまり子供っぽさを武器にはしたくなかったんだけどね)


だって、僕はフェリシアの息子になりたいわけじゃない。

彼女をハーレムの一員として迎え入れたいのだ。


まあ、それはそれとして、フェリシアとクレイブの会話を邪魔できたのだからヨシとしよう。

ついでにフェリシアからは見えない位置で舌を出し、クレイブを煽ることも忘れない。


「このっ、クソガキ……!」

「クレイブ様?」


怒りに震えるクレイブを不思議そうに見つめるフェリシア。


「フェリシア様。器もアソコも小さい男なんて無視で構いませんよ」

「なっ! 俺のアソコは小さくなんて……!」

「父上、女性の前で下ネタは控えてください」

「お前が言い始めたんだろうが!!」


素知らぬ顔をする僕、激昂する父、オロオロするフェリシア。


それからも、クレイブがフェリシアと交流を図ろうとするたびに僕が邪魔をしてやった。

そんなよくわからない関係のまま、月日はあっという間に過ぎていく。


次話は書き下ろし。フェリシアの異母妹のエピソードです。

※明日の朝8時頃に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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