父は節穴
読んでいただきありがとうございます。
※本日2話目の投稿です。
寝室に乱入した僕の声が響き渡り、父とフェリシアは驚きに目を見開いた。
「な、な、アイセル!? どうしてお前がここに!?」
僕の姿を捉えた父……グレイブ・ダルサニアが焦ったように声を上げる。
「父上があまりに不甲斐ないからですよ」
初夜に「愛するつもりはない」なんて花嫁に言ってしまう残念な父に胡乱な目を向けながら、僕は溜息交じりに言葉を返す。
そして、ベッドに腰掛けたまま驚きのあまり固まっているフェリシアに向き直る。
「盗み聞きをしてしまい申し訳ございません。しかし、先程の僕の言葉に嘘はありません。父があなたを愛さないと言うのなら、僕がフェリシア様を愛します!」
そう。継母になるのだからと遠慮していたが、父がフェリシアを愛さないと言うのなら話は変わってくる。
好みのタイプのフリー女性を前にして、口説かないという選択肢は僕にはない。
「おい、何を言っているんだ!?」
「もしや子供の戯言だとお思いですか?
考えてみてください。父とあなたが白い結婚を貫くというのなら、我が家の後継者は僕で確定です。僕の将来性に賭けてみませんか?」
「待て待て待て!」
フェリシアを口説いている最中なのに、空気を読まない父が横槍を入れてくる。
「うるさいですよ、父上。ちょっと黙っていてください」
「ち、父親に向かってその口の利き方は……」
「あなたが父親を語るのですか?」
「…………」
ぴしゃりと言い放つと、父はグッと言葉を詰まらせた。
なぜなら、クレイブは一人息子の僕を別館へ遠ざけ、顔を合わせないよう徹底していたからだ。
(ハーレムの女の子たちは多種多様……。奴隷として売られていた獣人や聖職者、主人公を見下していた女戦士や敵対していた悪役もいたな……)
つまり、継母なんて立場は何の問題にもならないってこと。
(問題になるとすれば年齢差ぐらいか……。十年後のフェリシアは二十九だから……)
アリだ。考えるまでもなく余裕でアリだ。
とりあえず口説こう。口説いて僕の異世界ハーレムの一員になってもらおう。
「こんな場所じゃ落ち着いて会話もできませんね。僕の部屋に移動しましょう。ぜひ、僕とフェリシア様の未来について語り合いたいと……」
「だから待てと言っているだろう!」
だが、再び父が横槍を入れてくる。
げんなりとした表情の僕に構うことなく、クレイブはさらに声を張り上げた。
「お前は知らぬだろうが、彼女は多くの男を誑かし貢がせる悪女だと王都中で噂になっているんだぞ!」
その噂に心当たりがあるのだろうか、フェリシアは俯いて身を固くしている。
「全く……父上は一体どこに目ん玉をくっつけているんです?」
だが、僕は父の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「男から貢がれているはずの悪女が、どうしてこんなにもガリガリに痩せているのですか? 侍女も連れずに小さな鞄一つだけで嫁いできた理由は?」
これはメイドたちの会話をこっそり盗み聞きして得たフェリシアに関する情報だ。
痩せているだけでなく髪もパサパサで、肌には張りも潤いも無く、全体的に栄養不足なのではないかとフェリシアの湯浴みを担当したメイドたちが嘆き、結婚式に向けて必死にフルエステを施したのだという。
そして、フェリシアの部屋に鞄を運んだメイドは、きっと後から馬車で荷物が届くのだろうと思って待ち構えていたのに、いつまで経っても何一つ届かないことに驚愕していた。
それらの事実を指摘すれば、「いや、それは……」と父は戸惑った様子で僕とフェリシアの間に視線を彷徨かせている。
そんな父を放置し、僕はフェリシアへ優しく語りかけた。
「もしや、生家で辛い目に遭われていたのでは?」
「………っ!」
その瞬間、びくりと肩を震わせたフェリシア。
苦しげに表情を歪ませたあと、彼女の瞳からポロリと一粒の涙が零れ落ちる。
何やらフェリシアにも事情がありそうだ。
だが、泣いている女性に根掘り葉掘り聞くような無粋な真似をするつもりはない。
僕は彼女にそっとハンカチを差し出す。
「安心してください。我が家にあなたを傷つける者はいませんよ。ああ、この筋肉老眼のことは無視して構いません」
「なっ!? 誰が老眼だ!!」
筋肉は否定しないんだな。
「間違えました。老眼ではなく、父上の目は節穴でしたね」
「おい!!」
「自分もあらぬ噂のせいで散々な目に遭ったくせに、フェリシア様の噂は頭から信じ込むなんて……節穴以外になんと呼べば?」
「………っ!」
クレイブは前妻……つまり僕の実母のせいで事実とは異なる噂を吹聴され、『猛獣辺境伯』などと周囲に呼ばれてしまっているのだ。
痛いところを突かれたのか、父はハッと目を見開いたあと黙り込んでしまう。
「あ、あの……みっともない姿を見せてしまい申し訳ありません」
そこへ、僕の手渡したハンカチで涙を拭ったフェリシアが控えめに謝罪の言葉を口にする。
「アイセル様のお気持ちはとても嬉しかったです。ですが、私が相手では歳が離れ過ぎておりますし……。それに、私はアイセル様の妻ではなく、よき母になれればいいなと……」
そのまま僕に向けてフェリシアは柔らかな笑みを浮かべた。
「………っ!!」
途端に僕の心臓が鷲掴みにされ、バクバクと激しい音を立て始める。
これまで固い表情ばかりだったせいか、思わず見惚れてしまう程にフェリシアの笑顔は愛らしかったのだ。
(やっぱり父上には勿体無い……!)
そうはいっても、いくら中身が成人しているとはいえ、フェリシアが七歳の僕に恋愛感情を抱くのが現実的でないことはわかっている。
(そう、今はまだ……)
僕はにっこりと笑みを返しながら口を開く。
「フェリシア様は慎み深い方なんですね。でも僕は諦めませんよ?」
「え?」
「だって父は老いていくだけの身ですが、僕はこれからどんどん成長していきます。つまり、あなたを口説く時間も伸び代もこれからたっぷりあるというわけです」
驚いたように目をぱちくりとさせるフェリシア。
そんなやり取りをしている僕の後ろで、クレイブが惚けたようにフェリシアを見つめていることに僕は気づいていなかった。
※次話は夜9時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




