泣き真似
「こんな子供にまで私のことを……酷い……」
グスグスと鼻を鳴らし泣き真似を始めたミアは、お得意の『被害者のフリ』を発動する。
この場にいないディアナを悪役に仕立て上げ、僕の正論から逃げようとしているのだ。
「おい、さっきから聞いていればミアを責めてばかり……一体何がしたいんだ?」
「ミア、こんな奴の言葉をいちいち真に受ける必要ないって」
「アシュベリー伯爵令嬢に何を吹き込まれたのかは知りませんが、ミアを手助けすると決めたのは僕自身です。彼女を悪しざまに貶す真似はやめなさい」
そして、ミアの泣き真似に絆された五人の男が、彼女を庇うために僕を責め始める。
(彼女たちの言っていた通りだったね)
彼女たちとは、被害者の会の令嬢たちのこと。
僕がスキルで盗み聞きをした彼女たちの話と、目の前の状況が完全に一致していたからだ。
だけど、いくら彼らに罵られようが、僕には何のダメージにもならない。
むしろ、僕の狙いはミアではなく彼らなので、相手をしてくれるのならちょうどよかった。
「ディアナ様が僕に何を吹き込んだっていうんです?」
「だから、あの女がミアのことを悪く言ったんだろう?」
今度はユージンが僕の言葉に反応する。
「あの女? あなたは自分の婚約者を「あの女」呼ばわりするのですか?」
「それは……。ディアナが悪いんだ! 俺とミアの関係を疑ってばかりで何を言っても聞く耳をもたない。挙げ句の果てにはミアを傷つけるような真似まで……」
「傷つける? ディアナ様が……ですか?」
「ああ。コソコソと陰口を叩いたり、茶会にミアを呼ばないよう令嬢たちに根回しをしたり……陰湿な嫌がらせを繰り返したせいでミアは爪弾きにされてしまった」
「爪弾き……?」
僕は首を傾げる。
「だから俺たちがミアを守っているんだ。ある意味、婚約者がしでかした罪を代わりに償っていると言っていい」
「…………」
いや、よくはないだろう。
(何を言ってるんだコイツ……)
あまりに理解の範疇を超えるユージンの主張に、僕は思わず無言になってしまう。
だが、他の四人の態度を見ると、彼らもユージンの意見に賛同しているようだ。
「ああ、そっか……頭がおかしいのか」
「は?」
「ごめんごめん、心の声が漏れちゃって。だって、ハーボトル男爵令嬢が爪弾きにされたのは自分たちのせいなのに、婚約者の罪を償ってるとか……ふふっ、どんな思考回路をしているのかなって」
「俺たちのせいだと……?」
「婚約者のいる男に手を出すような女を茶会に呼ぶわけがないよね?」
そんなもの敬遠されるに決まっている。
「だから、それは誤解で……」
「うん。周りに誤解されているってわかっているくせに、ハーボトル男爵令嬢から離れないのはどうして?」
「え………」
「誤解を解きたいのならハーボトル男爵令嬢から距離を置けばいい。ディアナ様からも指摘されたはずだよね? それでもハーボトル男爵令嬢を囲うことをやめないのはどうしてかなって……」
そこで、ふと一つの考えが頭に浮かぶ。
「もしかして……ディアナ様が嫉妬している姿を見て優越感に浸っているとか?」
「な、何を……」
明らかに動揺した様子のユージン。
(うわっ、図星かよ……)
彼らがミアに惹かれたのは紛れもない事実。
さらに、嫉妬に駆られた婚約者の姿を見て、歪んだ感情を満たしていたのだろう。
僕はそんなユージンを侮蔑するように鼻で笑い、彼のもとへ近づいていく。
「二人の女性に取り合いされる妄想でもしてた?」
「おい!」
「怒るってことは図星なんだ?」
「いい加減に……」
僕の煽りを受けて怒りを増幅していくユージン。
「実際は、すぐに股を開きそうな女に尻尾振ってるだけなのにね」
「黙れ!!」
怒声とともにユージンの右手が僕の胸倉を掴むと、そのまま乱暴に引っ張り上げられる。
「ぐっ……」
首元が締まり、僕の喉から呻き声が漏れた。
「ユージン様、やめて!」
ミアの叫ぶ声が響くが、怒りに支配されたユージンの耳には届かない。
「くだらない妄想を撒き散らしているのはお前のほうだろうが!!」
そして、ユージンが吠えると同時に、彼の左手が炎に包まれる。
(げ……)
てっきり殴られるかと思いきや、まさかの火魔法の遣い手。
翳された炎の熱で、頬にちりちりとした痛みを感じた。
(やっぱりDVモラハラ野郎だった)
僕の予想は大当たりだ。
煽り耐性のないユージンならば、絶対に手を出してくると思っていた。
「なんとか言ったらどうだ!!」
荒ぶるユージンに向かって、僕はニヤリと口の端を吊り上げる。
そして……。
「うわああああん! 誰かぁぁぁぁあ!!」
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次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
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