下手くそ
(待ち伏せ……?)
すると、ディアナの向かいに立つ金髪の男が声に怒りを滲ませる。
「一体、今度はミアに何をするつもりだったんだ?」
「ですから、ハーボトル男爵令嬢とここでお会いしたのはただの偶然です!」
「平民向けのチョコレート店に君自身が出向くなんておかしいだろう? 何か他の目的があったとしか考えられない」
そこへ金髪男の隣に立つピンク髪の女が口を開いた。
「ユージン様。私はまだ何もされていないのですから、そんなに怒らないであげてください」
「だが、俺が間に合わなかったらミアに危害を加えられていたかもしれないだろう?」
その言葉を聞いたディアナはぐっと何かを堪えるような表情になる。
「わたくしはそのような真似をしたことも、するつもりもありません!」
「どうだかな」
震えるディアナの声。
だが、彼女の言葉を金髪の男は端から聞き入れるつもりはないようだ。
「ユージン様こそ……平民向けのチョコレート店に何をしにいらっしゃったのです? 貴族が出向く場所ではないのでしょう?」
先ほどの言葉を逆手に取り、今度はディアナがユージンと呼ばれた金髪男を詰問する。
「……俺はミアとここで待ち合わせをしていたんだ」
「やっぱり……。どうして学園だけでなく休日まで彼女と会う必要が? あなたの婚約者はわたくしでしょう?」
すると、ユージンが深い溜息を吐いた。
「何度も言わせないでくれ。ミアが早く王都の生活に慣れるよう手助けをしているだけなんだ」
「あの! ごめんなさい!」
そんな二人の会話にピンク髪が割り込むと、ディアナに向かって大げさに頭を下げる。
「私……そんなつもりじゃなくって……」
「そんなつもりじゃない? それじゃあ一体どういうつもりでユージン様と二人で出掛けたの?」
「えっと、その、ユージン様は優しくて頼りがいがあるから、つい甘えてしまって……」
その言葉を聞いたユージンは嬉しそうに頬を緩めた。
(なるほど……)
途中で足を止め、気づかれないようディアナたちのやり取りを観察していた僕は、三人の関係性と現在の状況を正確に把握する。
ピンク髪の女は先週見かけた逆転ハーレムの主だった。
僕は女の子の顔を覚えるのが得意なので、彼女がミア・ハーボトル男爵令嬢で間違いない。
そして、先週見かけた記憶はないが、金髪碧眼の男がディアナの婚約者であるユージン・アクロイド侯爵子息なのだろう。
残念ながら、なぜか僕は男の顔をあまり覚えられないのだ。
偶然にもユージンとミアはこのチョコレート店の前で待ち合わせをしていた。
ユージンよりも先に到着したミアと、僕よりも先に到着したディアナが出会ってしまい、その現場を見たユージンが待ち伏せだなんだと騒いでいるという訳だ。
(これはなかなか厄介だね)
ミアは弱々しいフリをして庇護欲を誘い、なおかつディアナが加害者であると錯覚させるように振る舞っている。
ユージンはすでにミアの術中に嵌っているらしく、ディアナを敵だと見做しているようだ。
そして、ディアナは……残念ながら苦言を呈するだけでは余計にミアの思う壺だろう。
「それに、ユージン様は貴族のご令嬢と一緒にいると息が詰まるっておっしゃっていたから……ほら、私は元平民なのでユージン様も気を遣わずに息抜きできるんじゃないかなって」
「それは……ユージン様がわたくしと一緒にいると息が詰まると……そういう意味かしら?」
「ち、違います! ええっと、ディアナ様は美人過ぎて隙がないっていうか……その……」
「あなた……わたくしを馬鹿にしているの!?」
激昂し、ミアに向かって今にも手を振り上げそうなディアナ。
それを止めるべく、歩みを再開させた僕はわざと大きな声を出す。
「ディアナ様!」
すると、ハッと我に返った様子のディアナが意識をこちらへ向ける。
(とりあえず、悪い流れは断ち切らないと)
あのまま放っておけばディアナがミアへ攻撃し、それこそミアの思い通りの展開になっていただろう。
「すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「い、いえ。大丈夫です」
「よかった」
僕がにっこりと笑顔をディアナに見せると、彼女はホッと安心するような表情になった。
ディアナが落ち着きを取り戻したのを確認したあと、続けて僕はユージンとミアに向き直る。
「この方たちはディアナ様のご友人ですか?」
「……わたくしの婚約者のユージン・アクロイド侯爵子息様と、学友のミア・ハーボトル男爵令嬢です」
答えるまでに少しの間があったが、気づかなかったフリをして僕は子供らしく元気に挨拶をしてみせた。
「はじめまして! アイセル・ダルサニアと申します」
僕が名乗った瞬間にユージンの表情が驚きに変わる。
その表情の意味は、なぜダルサニア辺境伯の子息がこんなところに?
という疑問と、社交界で話題のダルサニア辺境伯家の名前が出たことに純粋に驚いたのだろう。
そんな疑問を解消させるために、こちらから事情を説明してやる。
「実は、先週この場所で偶然ディアナ様と知り合うきっかけがありまして。だから、今日もこの場所で待ち合わせをしていたのです」
「待ち合わせ……」
「ええ。ディアナ様とランチの約束をしていたもので」
「…………」
とりあえず、初手でディアナの待ち伏せ疑惑を潰しておいた。
途端にユージンはきまりが悪そうな表情になる。
「そうだったんですね! すごい偶然!」
だが、ミアは動じることなく、笑顔と明るい声で僕の話題に乗っかってきた。
「出会ったきっかけは何だったんですか?」
「ああ、それは僕の不注意でディアナ様とぶつかりそう……」
「ええっ!?」
僕の話を遮ってミアが大げさに声を上げる。
「ぶつかったって……怪我は大丈夫? もう痛みはないの?」
ミアはその場にしゃがむと僕と目線の高さを合わせ、子供をあやすような言葉をかけてきた。
どうやら僕が怪我をしたと早とちりし、平民らしくついつい貴族令息の僕にも馴れ馴れしく接してしまったのだろう。
だから僕も思わず心の声が漏れてしまった。
「下手くそ」
「え?」
どうにかディアナを悪者にする流れに戻したいらしいが、さすがに強引すぎるだろう。
「僕の話を遮った上に勝手に改ざんしないでほしいな」
読んでいただきありがとうございます。
体調を崩してしまい明日の投稿はお休みしまします。すみません。
次回は11/26(水)の8時頃の予定です。
皆さまもお気をつけて……。
よろしくお願いいたします。




