とてもわかりやすい
白を基調とした店内に紅茶の香りがふわりと漂い、大きな窓からは自然光が降り注ぐ。
表通りから少し離れた場所にあるカフェは、ファニーに勧められた店だった。
奥には個室が用意されており、そこで僕とディアナはテーブルを挟んで向かい合う形で座っている。
壁際には侍女が、扉の外には護衛が控えていた。
平民に擬態している僕たちとは違って、見るからに貴族令嬢なディアナを連れて『適当なカフェに入る』というわけにはいかなかったのだ。
「どこか痛むところはありませんか?」
「ええ。もう大丈夫です」
思いっきり尻餅をついていたディアナなので、お尻が痛いとは言えないだろう。
せめてもの配慮でソファタイプの椅子を用意してもらった。
「ああ、僕のことはアイセルとお呼びください」
「では、私のこともディアナと」
それからは美味しいケーキを食べながら他愛もない会話をし……ているフリをして、僕はディアナの情報を収集していく。
現在、王立学園に通うディアナには同い年の婚約者がいるのだという。
(やっぱり男関係の悩みかな?)
彼女の話す内容だけじゃない。
その時の表情や視線やちょっとした仕草、身体や手の動きなどをじっと観察していると何となくわかるのだ。
あとはディアナが反応した言葉や話題をもとに考察していくだけ。
これは前世の頃から変わらない僕の特技のようなもの。
と言っても、何かしらの根拠があるわけじゃない。
感覚的なもので「あれ?」っと引っ掛かる何かがあり、その部分を突き詰めていく。
フェリシアはとてもわかりやすく表情に出るため観察をする必要はなかった。
だけど、ディアナは表情を隠すのがとても上手い。
それでも彼女に興味津々な僕は、警戒されないように子供らしい笑顔を浮かべ、何一つ見逃さないようにじっと見つめ続けた。
(今日はこれくらいかなぁ……)
いきなり初対面で心の内を明かしてくれるほど彼女は甘くなさそうだ。
とりあえず婚約者との関係があまり上手くいっていないんじゃないかと予想だけはしておく。
あとは次の約束を取り付けて、徐々に距離を縮めていけばいい。
(帰ったらディアナ様の婚約者について調べてみるか。それにしても……)
上品な仕草で紅茶の入ったカップを傾けるディアナを再び見つめる。
(美人だなぁ)
華やかで存在感のあるディアナが、時折その瞳を昏く濁らせるのが堪らない。
僕の胸は高鳴りっぱなしだ。
「そういえば、ディアナ様に出会う直前に面白いものを見たんです」
「まあ、何かしら?」
「男性五人が一人の女性を囲いながら歩いていて……」
その時、ディアナの手元から「カチャッ」とわずかな音が聞こえた。
それはティーカップとソーサーが軽くぶつかった音で……。
(あれ?)
僕は気づかないフリをして話を続ける。
「護衛を引き連れているのかと思ったんですけど、男性たちが女性の気を引こうとしている声が聞こえてきて……」
今度はディアナの瞬きが異常に多くなる。
(あれあれあれ?)
僕はやはり何も気づかないフリで話を……。
「どうやら五人ともが女性の恋人のようでした」
「そ、そ、それは凄いわね」
ついに声まで震え出した。
例の逆転ハーレムの話題を出した途端に、わかりやすく動揺を見せ始めたディアナ。
ほんの雑談をしたつもりが、思わぬ正解を引き当ててしまったらしい。
「もしかして、ディアナ様のお知り合いですか?」
「まさか、そんなわけ……」
「でも、あの時のディアナ様は走ってらっしゃいましたよね?」
ディアナとの出会いのきっかけは、走ってきた彼女と僕の護衛がぶつかったこと。
貴族令嬢のディアナが護衛も侍女も振り切って走っていたのは一体なぜなのか?
気にはなっていたが、尻餅をついたことを蒸し返してしまうようで次の機会にしようと思っていた。
「彼らを追いかけていたとか?」
とてもわかりやすくディアナの肩がびくりと揺れる。
「……わたくしの婚約者なのです」
絞り出すような彼女の言葉に、今度は僕が「ええ!?」と声を上げて見事に動揺した姿を見せてしまうのだった。
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次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
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