ほんとうのごめんなさい
ある日、突然、わがまま皇女が大人しくなった。
いや、なにもかも忘れてしまったらしい。
誰であるかもわからず、怯えて部屋からでないらしい。
城をその噂が駆け巡る。あり得ないと皆が思ったそれが、本当だと知るには時間がかからなかった。
皇女はどこかの魔女のように、気に入らないものは、城門の外に捨ててしまいなさいと叫ぶことがあった。人以下としか思っていない使用人は叫びもせず、いなくなりなさいと告げれば良いほうだ。ある日突然、何もかもわからぬままに城の外に放り出された。
何一つ持つことさら許されずに。
その暴虐を誰も見ないふりをした。皇帝夫妻にとっては待望の女の子。何もかも許していいと通達するほどに愛されていた。
手に入らぬものはないと言うほどに、溺愛された皇女は、一つ手に入らないものがあった。
想い人の心だ。
表面上の優しさを愛情だと勘違いすることができず、皇女は苛立っていた。彼に近づくものはすべて排除し、常にそばに置きたがった。
これには皇帝も少々手を焼いていたが、婚約を申し付けたこととで落ち着いたように見えた。
せっかく婚約を済ませ、婚姻までの日取りを決めたというのに、彼女はすべて忘れてしまった。
皇女である、ということすらも。
婚約を解消したいと皇女が申し出た。
わがままで縛り付けて申し訳なかったという謝罪とともに。そして、今までの態度を反省し、詫びたいという。
急におとなになったような娘に皇帝は戸惑ったが、それを認めた。
婚約者になったところで、その男は皇女を好きになっているようには思えなかったからだ。それに記憶がなければ、執着もなくなったのだろうと皆が思った。
皇女は皆に謝罪をし、壊したものがあれば同じものを、怪我をしたものには見舞いを贈った。与えられた不名誉を回復させるために、皇女はそのものたちをそばに置いた。
そして、一番近しい場所においたのは、彼女が最後に閉じ込めてしまった侍女だった。
閉じ込めたのは気に入らなかったことがあったから。
それだけが皇女に告げられた。侍女も大事なものを壊してしまいましたと下を向いて話、それはお互いに悪かったのねと皇女は笑った。
もう、大丈夫。怒ったりしないわと優しく寛大に許した。
侍女は笑顔を向けた。
だが、それを感謝はしなかった。それも皇女は許した。なにを壊したのかは知らないが、それでも数日閉じ込めるのはひどいことだ。
そんな暴力許されない。
でも、ちゃんと謝ったのだし、そのうちに許してくれるだろう。
悪いことをしたら、ごめんなさい、すればいいというものだ。皇女という立場でも、ちゃんとわかっている。皇女は他のものにもきちんと謝罪をし、許しを得た。
そして、最後にもう一度、元婚約者に詫びた。婚約を解消してもなお、そばにいたからだ。
いままで済まなかったと。これであなたは自由で好きな相手を選ぶと良いと。
皇女は父である皇帝に、国にとって都合の良い相手を探してもらうよう打診していた。いままで自由にしていたのだから、国の役に立つべきだと。
皇帝はその話は保留した。皇女はこの国で一人しかいない皇女だ。外へ出すにしても時期と相手を選ぶ事が必要だ。そう言って納得させた。
その頃には、皇女は政治にもちょっとよろしいかしらと話をすることも増えていた。自分で事業を起こし、珍しいものを見つけてくることもあった。
ある日、庭を散歩していた彼女は庭の片隅に見たことのない花が咲いている事に気がついた。
綺麗ねと手折って、ふと思いつき侍女の髪にさした。泣き出しそうな顔の侍女に皇女は慌てる。しかし、すぐに皇女様にそのようなことをしてもらって感極まってしまってと涙をこぼした。
それからほどなく、自らが取り立てていた者たちが減っていることに皇女は気がついた。その者たちを誰かが追い出したのかと確認しても、自ら去ったという話しか出てこなかった。
侍女もお優しい王女様のそばではなく、自らで立ちたくなったのでしょうと微笑むだけだった。
侍女もそうなのだろうかと問う皇女に侍女は微笑んだまま、そんなことはありませんと否定した。
それにほっとした。
彼女には何もかも話せるほどに心を許していた。
侍女も皇女を慕っていた、はずだった。
彼女は、皇女の毒殺を企てたと投獄されてしまった。
何かの間違いだと皆が止めるのを聞かず牢獄に赴いた。間違いでなければ、誰かが彼女を脅していてと。しかし、それも違った。
慕われていた、なんて嘘だった。
許すわけない、と嘲笑する侍女は皇女の知っている侍女ではなかった。
いつか、庭を散歩した日に手折った花は、薬になると侍女は言っていた。毒薬にもなるけれど、心臓の弱い子には効いたのです。誰かを思い出すようにそういっていたのだ。
彼女の弟は、病気だった。生きるためには、薬が必要でその薬の原料は庭の花。許可を得て手にしていてものを皇女は咎め、二度と採取させたないようにした。それだけでなく、侍女を部屋に閉じ込めて。
そして、全部忘れてしまった。
忘れてしまって、許してと言って、勝手に許された気でそばに置いた。
そして、あろうことかその花を彼女に差し出した。
もう、遅いのに。
ごめんなさいと告げる皇女にもう遅いし、いらないと彼女は言う。そして、毒を呷った。
その毒は、皇女のそばの誰かが用意したという。
その日から、皇女は誰も信用しなくなった。侍女がそういうことを言える立場になかった。それを今頃理解した。そんな知識私にはなかったものと言い訳したところで、意味もない。
今までした謝罪さえも茶番だった。
相手にもう一度、苦痛を与えただけの加害者である。
一度ならず、二度も。
それを誰も指摘しなかった。
誰も、皇女のやりようを咎めず、優しいと褒めた。それがとても恐ろしかった。優しく微笑んだ誰も彼もが本当のことを言わない。
皇帝に愛される皇女だから、それに気にいられることしか言わない。
愚かだと言われることもない。ああ、確かに最後の務めとして侍女はちゃんとしていった。
皇女は部屋を出て、何事もなかったように笑った。
優しい王女様は、ずっとずっと優しい王女様になった。
そして、ある日、毒をあおった。
「本当のごめんなさいを言いに行くの」
そう告げて。




