第6話 爆発する思い
クリスマスまで、あと19日
ビスキュイを出た僕は、大塚駅に向かう途中で、
「あれ? 悠斗くん!!」
偶然咲希さんと出会った。
「咲希さん、どうしたんですか?」
「聞いてよ! 大塚でリク撮をしたいというカメラマンが急な体調不良でドタキャンされたの!」
なるほど、事情は読めた。
そのカメラマンは僕が長く生きられないことを知ったうえで、仮病を使ってドタキャンしたんだ。
「僕で埋められる?」
「そうね、せっかくのリクエスト撮影だから、勇斗くんにお願い! 勿論、特別サービス無料と制限時間なしで!」
これはありがたい。
ドタキャンしてくれたカメラマンには感謝しないと。
そして、大塚駅周辺で撮影を始める。
僕のカメラは、いわゆるコンパクトデジタルカメラ。
出来は悪いが、それなりに良い写真が取れるだけあって、近年のレトロブームに一役買っている。
「へへへ、勇斗くんがいてくれると、なんだか安心して撮影をお願いできるな!」
「どういたしまして」
僕は嬉しかった。
このひとときが永遠に続いてほしかった。
でも、それは叶わない願いだと僕は知っている。
だからこそ、悔いが残らないように1日1日を大切に生きようと思っている。
咲希さんはきっと、僕のことを思っているから。
知らないフリをして、僕の思いに応えようとしている。
それが悲しかった。
どうして、すれ違ってしまったのかを。
それでも、僕はこの短い命を永遠の愛に変えて遺そう。
そう、心に決めていた。
「あぁ、お腹へった」
「近くに豚骨ざるらーめんのお店があるけどよってく? 僕の奢りで!」
「行くいく!!」
そして夕食は近年できた豚骨ざるらーめんの新鋭店。
豚骨ラーメンのつけ麺スタイルと思えばいいかな?
炙り焼きチャーシューと、紅生姜ナムルが癖になる一品だった。
「これ初めての味かも!」
「よかった。コンビニのチルド麺で食べたけど、すごく美味しかったよ」
他愛のない会話をしながら、僕は安定剤を飲む。
入院の目処が立っているとはいえ、咲希さんと過ごす時間はもうなくなってきているんだと日に日に痛感し始める。
「咲希さんは、僕がいなくなるのは悲しい?」
とにかく本心を混ぜた嘘を投げかけた。
「それは悲しいよ。もし死んじゃったら二度と会えなくなるし、さみしくもなるよ」
それは、本心に近い言葉だった。
「でも、愛は死をも超えるって言葉がある。たとえこの世からいなくなっても、魂の分見は永遠に残るって、どっかのゲームでこんな名言があったね」
そう、僕の肉体はなくなっても、僕の遺骨などから作ったジュエリーは、きっと形として永遠に残り続ける。
咲希さんに身に着けてほしいと僕は願っている。
「愛は死をも超える、か……。でも、悠斗くんはずっと生きてほしいな」
それは、彼女の切な願い。
「どうして?」
「だって、勇斗くんがいなかったら今の私がいなかったし、これからも、私のパートナーとして、よろしくね!」
咲希さんはウィンクした。
それは、演技であることを僕は見抜いた、。
「あぁ、よろしく!」
僕も手を差し伸べようとするが、咳き込んで誤魔化した。
「大丈夫!?」
「つ、つばが気管に……!」
とにかく誤魔化すしかなかった。
僕の病気は誰にも知ってほしくなかった。
咲希さんと別れた僕は、夜空を見上げた。
上限と満月の中間地点みたいな形をした月が、雲に隠れながら輝いていた。
僕は静かに泣きながら、最期まで生きてやると誓った。
たとえ、身体が動かなくなっても、咲希さんへの思いを伝えよう。
僕は決心した。
12月11日、僕は入院の手続きをするため病院を訪れていた。
来週から入院をするために、必要な書類を持ってきた。
「本当に良いのですか? ご家族は何と?」
ナースステーションの看護師さんが僕に質問した。
「これは自分が決めたことです。自分の人生は自分で決めると」
手続きを済ませて、僕は佐伯先生の本を尋ねる。
言い忘れていたが、佐伯先生は心臓外科医療のパイオニア。
僕の病気のことをよく知っているから。
「悠斗くん、手続きは済んだのか?」
「滞りなく」
僕は、これからのことを佐伯先生と打ち合わせる。
「わかっているとは思うが、君はもう今年のクリスマスで人生を終えることになる。私もその日を迎えるまでできる限りの医療処置を施そうと思う」
「ありがとうございます」
僕の覚悟はすでに決まっていた。
僕の人生がもうすぐ終わりを告げようとしていると。
「勿論外泊許可なども、君の身体が許す限り私が許可する。愛する人にもこの事実を伝えておく。彼女がここを訪れたときにね」
それは、咲希さんが僕を看取ってくれることを信じている僕への配慮。
ありがたかった。
「ご厚意、感謝します」
「君の並々ならぬ決意に、私は押された形だ。出来る限りのサポートはさせてほしい」
これで、万一倒れても安心だ。
「さて、彼女との約束があるだろう? 早く行きなさい」
佐伯先生に進められ、僕は病院をあとにした。
そして、予約していた都内のとあるビル屋内スタジオでの撮影会。
咲希さんはコスプレイヤーとしての実力も兼ね備えていた。
「あ、悠斗くん! 今日はお願いね!」
「まかせて、バッチリ撮っていくよ!」
これが、僕が通う最期の綿あめ撮影会。
咲希さんのコスプレ姿を撮影するのはこれで最後となる。
だから、悔いが絶対に残らないように、しっかりとファインダーに収めていく。
そして、咲希さんもそれを理解していたかのように、サイバーメイド服で凛々しいポーズや、可愛げなポーズを取る。
そんな僕を信じてくれたからこそ、咲希さんはどこか悲しい表情をしている。
やっぱり僕がもうすぐいなくなってしまうことを、わかっているのか。
だけど、僕に心配をかけたくないと、嘘をついている。
僕はなんだか悲しくなってきた。
それでも懸命に生きる僕を観ている咲希さんに応えてあげたい。
その一心だった。
(私は、何のためにモデルをやっているの?)
咲希さんの心の声が聞こえる。
(悠斗くん、もうすぐ死ぬの、わかっているんだよ)
ごめん、咲希さん。
僕はもうすぐいなくなる。
(でも、悠斗くんは私を苦しませないために頑張っている)
わかってるよ。
君も嘘をついてまで僕を心配させなないって。
(私は……っ!)
咲希さんは耐えきれずスタジオを飛び出した。
「咲希ちゃん!」
「追わないで!!」
モデル仲間が追いかけようとするが真彩さんが止めた。
僕はスタジオの窓から顔をそっと覗かせる。
降りしきる冷たい雨の中、咲希さんは泣いていた。
もうすぐいなくなる、その悲しみに耐えきれずに。
大切な人の死を知った時、あなたは何がしたいですか?




