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第5話 愛ゆえに

クリスマスまで、あと20日

「私はね、長野県で生まれ育ったの」

 

 咲希さんは長野県出身者であることを明かす。

 

「小さい頃から生活は決して裕福じゃなかったけど、兄妹や母さん、おばあちゃんがいて幸せだった」

 

「咲希さんはどうして金持ちアレルギーに?」

 

 僕はその事が知りたかった。

 

 高級品に拒絶意識を持っている理由を。

 

「10年前の話よ」

 

 咲希さんが言うには、まだ13歳の頃に母方の知り合いから高級なお菓子をもらったという。

 

「そのお菓子を食べたら、あまりにも口に合わなかった」

 

「そんなに高級品が嫌いなの?」

 

 咲希さんのトラウマの原因が、小さいときに食べたお菓子だったと僕は初めて知った。

 

「勿論高級ブランドは持たない主義なの。他のみんなが持っていると、私の価値観は崩れてしまう」

 

 つまり、咲希さんは高級品を身に着けないのは、お金よりも大切なものを知っていると。

 

 僕は彼女の本質に、少しだけ触れた。

 

「お金は燃料! 高級品とかに使うくらいなら、楽しいことに使う! かの有名な占いの先生によれば、物で幸せは来ない! そう、断言していますから」

 

 咲希さんは、お金の使い方の本質を知っていたんだ。

 

「そのとおりさ、金持ちは余り持たないのが特徴だと言うからね」

 

 マスターが割って入った。

 

「マスター、彼女は富豪アレルギーなんですよ?」

 

「いいって。その子は、経営者だからこそお金の本質がわかっている。悠斗くんも、彼女から学べることはたくさんあるかも知れないよ」

 

 マスターの言葉にも一理あるな。

 

「私がお金持ちが嫌いなのは、金任せに何でも買う獣のような感覚よ。私はそれが一番キライなの」

 

「それで、高級品が嫌いになったのか」

 

「まぁ、高ければいいというわけじゃないから、私には高級品の良さなんてわからないし、ブランドを持ったとしても嫌な人に思われるのが怖いの」

 

 つまり、高級品じゃなくても良いものはあるんだ。

 

 100均一ショップでなにかいいものを買うか。

 

 僕はそう思った。

 

「そうだ。これはサービスだ」

 

 そう言ってマスターが持ってきたのは、おつまみのコンビーフクロックムッシュ。

 

 マスターの奥さんが毎朝手作りしてくれる自慢の一品だ。

 

「ありがとうございます」

 

「良いんだよ」

 

 こうして、ジャズバーでのひとときは静かに過ぎていった。

 

 終電を逃してしまい、僕と咲希さんは僕の家へと向かっていく。

 

「うへへへ。飲みすぎた」

 

「咲希さん大丈夫?」

 

 へべれけ状態の咲希さんを、僕は担いで歩く。

 

 まったく、ただでさえ心臓に疾患を抱えているのに、重たい咲希さんを担ぐのは重労働だ。

 

「悠斗くん、死なないで……」

 

 彼女がぽそりと呟く。

 

 それが本音であると僕は知っている。

 

 僕はただ黙って受け流す。

 

 首筋を咲希さんの寝息が通る。

 

「まったく、咲希さんは」

 

 僕は嬉しかった。

 

 この短い命を永遠の愛に変えよう。

 

 僕はそう誓った。

 

 12月10日。

 

 僕は今後の方針について佐伯先生と相談していた。

 

「そうか、葬儀の際に遺骨ジュエリーサービスを」

 

「僕の愛する人にそれを届けたいんです。これからはずっと一緒だって」

 

 僕は、自分の死と真摯に向き合っていく。

 

 そのためには、先生と話し合う必要があった。

 

「わかった。君の希望だ」

 

 佐伯先生が了承してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「私は君の主治医だ。君が死を迎えるその時まで、万全の準備をしておこう」

 

 流石は佐伯先生。

 

「ただし、決して無理な行動は控えるように。 特にアルコール類は生ビールの中ジョッキ1杯分までだ」

 

 お酒の飲み方まで指導してくれるのは信頼してくれる証。

 

 僕は最高の先生に出会えてよかった。

 

 あ、先生に頼みたいことがあった。

 

「先生、一つ頼みたいことが」

 

「何だね?」

 

 僕は佐伯先生にあることを頼んだ。

 

「なるほど、ジュエリーが完成したら、この住所に届けたいと?」

 

「僕の書いた遺言状を添えて送ってください。おそらくあれが完成するのは、彼女のバースデーが近いときです」

 

 そう、僕の遺骨ジュエリーは彼女に送る最後のバースデープレゼントになる。

 

 これが意味するのは、彼女に捧げる愛。

 

「わかった。君の思い、必ず届けよう」

 

「お願いします」

 

 先生と別れた僕は。大塚駅まで山手線に揺られる。

 

 大塚駅北口で降りて徒歩数分のところにある、<カフェ&ギャラリー・ビスキュイ>。

 

 僕の行きつけの店であり、カメラマンたちと交流する場所でもある。

 

「あ、悠斗さん!」

 

 出迎えたキャストは、綿あめ撮影会でも屈指のアイドル枠のさがらちさきさん。

 

 彼女は僕と咲希さんのパイプ役を務める女傑で、無類の酒好きで有名だ。

 

「悠斗さん、咲希さんがあなたが死ぬんじゃないかといつも気がかりになっていますよ」

 

「しかたないよ。どのみちわかってしまうことだから」

 

 僕はそう言いながらパスタセットとキャストドリンクを注文する。

 

 しかも、僕の知り合いが送ってくれた限定アルコール。

 

 その酒の名は<運命を変えちゃう>。

 

 バーボン樽で熟成した本格米焼酎とのこと。

 

「雄一郎さん、いつも送ってくれるからね。今度の水曜日なんて<たっぷり果肉・ラ・フランスの誘惑>という激レアを送ってくるらしいですよ?」

 

「ははは、雄一郎さんはちさきさんを思っているからね」

 

 わかってはいたんだが、ちさきさんと伝説のアマチュアカメラマン・僧侶雄一郎さんは婚約者の関係らしい。

 

「運命を変えちゃう、ご馳走さまです」

 

「僕はアルコールを制限されているから、食後はコーヒーで頼むよ」

 

 そんな中、カメラマン仲間が僕と相席した。

 

「勇斗くん身体は大丈夫なのか?」

 

「まぁ、入院の目処が立っていたので、もう、咲希さんとは会えなくなるって……」

 

 僕は涙ぐむ。

 

 もう会えないとわかっていた。

 

 どのみち死ぬとわかっていても、彼女に思いを伝えずに死ぬのは、嫌だった。

 

「彼女に会えないなら、俺からも言っておく。どのみち死ぬとわかっている以上、隠すことはないだろう?」

 

「確かに、でも遺骨をあれにする手筈は整えた!」

 

「咲希さんへの最後のプレゼントか。だが、その前に最後のクリスマスプレゼントを決めたらどうだ?」

 

 そうだ。

 

 たしかに、最後のクリスマスプレゼントのことをすっかり忘れていた。

 

「ありがとうございます!」

 

「この事は黙っておくよ。咲希さんが悲しむと思うと俺も眠れないからな」

 

 そう言うと僕は出されたカルボナーラをひとくち食べた。

 

 これが、最後のパスタセットであることを知ったうえで、味わい続けた。

 

「咲希さんのことは、私からもできるだけ言っておく。勇斗さんの遺骨ジュエリー楽しみにしてるよ……」

 

 ちさきさんが涙ぐむ。

 

 やっぱり僕は、いい仲間に恵まれていたんだな。

愛する人のために、クリスマスプレゼントは何を用意しますか?

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