第16話 温泉でお泊り
クリスマスまで、あと8日
そうこうしている内に、特急は松本駅に到着していた。
駅から出るとそこは銀世界と言ってもいいくらいに雪が降り積もっていた。
「すごいな!」
「松本城も、クリスマスに合わせてライトアップされるんだよ!」
そんなイベントがあったなんて知らなかった!
でも、咲希さんが嬉しそうならよかった。
僕も、少しだけ嬉しい。
雪が積もる中、ライトアップされた町並みがどこか幻想的だった。
それでも、僕の身体は少しづつ病に蝕まれている。
咲希さんもそれを理解している。
「ここ、ここ!」
咲希さんと一緒にたどり着いたのは、松本市で由緒ある温泉旅館。
その佇まいは、武家屋敷を思わせる門があり、入るのをためらってしまうくらいだ。
「遠慮しないで!」
咲希さんが僕の手を引っ張る。
中へ入ると、フロントはどこかシックな雰囲気で、江戸時代の茶店を思わせる。
咲希さんが宿泊券を見せると僕達は部屋へと案内された。
素泊まりのため、晩御飯はでなかったが、ここの晩御飯は地産地消にこだわっている。
「さぁ、このお部屋には混浴の露天風呂があるの!」
こ、混浴ってつまり……!
「へへへ、悠斗くんと触れ合える最初で最後のチャンスだから!」
そういうことか!
でも、なんだかちょっと恥ずかしい。
「さぁ、お風呂に入るよ!」
咲希さんは先に脱衣所へと向かった。
僕もその後に続く。
露天風呂のロケーションは最高だった。
雪が降り積もり、ライトアップされた庭園が心を和ませる。
「咲希さんは、施設にいる間はどうしていたんですか?」
浴槽に浸かりながら僕は咲希さんにこんな事を訪ねた。
「そりゃ、大好きな<魔法少女ラジカルはるか>のコスプレをしようと思って、16歳の頃からアルバイトしていると、施設長から<バイトのお金はみんなのもの>と言われて取り上げられた。それが悔しくて必死に勉強したの。特に千葉総合大学への進学をするって決めた時は、死にものぐるいだった」
咲希さんは、だから仕事にも一生懸命になっていたんだ。
「その結果、千葉総合大学に合格したけど、施設の職員から<入学の取り消しと施設の学校法人で学びなさい>と言われて、それを押し切る形で施設を出たの」
そして、今に至ったってわけか。
だとしたら、その施設が連れ戻しに来るのでは、と思っていた。
「2年前のニュースだけど、その施設は違法な宗教法人として警察に摘発された。その際の施設長は<納得できない、なぜ幸せのための法人が訴えられるの>って」
「そうだったのか。それはよかった」
「それで、コスプレモデルのアルバイトをしながらお金をためて、大学で経営学を学んで綿あめ撮影会を開いたわけ」
そういうことだったのか。
でも、咲希さんはきれいなボディラインをしているな。
タオル越しでもわかる。
「悠斗くん、どこ見てるのかな?」
咲希さんが小悪魔な笑顔を見せる。
「べ、別に見ていません!!」
僕は直ぐに顔を背けた。
「ふふふ、そういういけない子には、お仕置き!」
咲希さんがそう言いながら抱きついてきた。
背中から襲われたから、背中でわかる乳房の感触が僕を興奮させてくる。
でも、心臓が悲鳴を上げている!
「あ、ごめん! 悠斗くんって心臓の病気だった」
咲希さんが離してくれたおかげで事なきを得た。
勘弁してくれよ。
クリスマスを前に死ぬかと思った。
「さぁ、お風呂から上がって寝ましょう」
そうだった。
咲希さんが露天風呂から上がる。
僕はしばらく湯船に浸かることにした。
雪が舞い散る中、僕はふと考える。
やっぱり人工心臓の件、承諾しておけばよかったのかと。
でも、それじゃ実験体にされる気分で嫌だ。
僕の頭はそれでいっぱいになった。
「考えても仕方ない」
僕は風呂から上がって浴衣を着る。
「悠斗くん、今日は一緒に寝よう」
咲希さんは、布団に横たわって僕を誘う。
まったく、今日は咲希さんとのお泊りになったな。
そして僕は咲希さんと同じ布団に入る。
咲希さんは直ぐに僕の胸に顔を埋めた。
「悠斗くん……」
咲希さんが泣いている。
僕がもうすぐいなくなることをわかっていても、失いたくないと思っている。
「お願い、私のそばにいて。私の眼の前からいなくならないで……!」
声を押し殺して泣いている。
僕は、そんな咲希さんをただ黙って受け入れた。
そして一緒に夢を見る。
その頃の僕は、まだ死神に出会っていない。
咲希さんと結婚して、みんなから祝福をもらっていた。
モデル仲間や、家族から祝福を受けて僕と咲希さんは幸せになった。
披露宴会場で、僕と咲希さんが座ると、みんなが拍手で祝福した。
「悠斗さん、おめでとう!」
「咲希さん、悠斗さん、末永くお幸せに!」
みんな僕達を暖かく受け入れてくれる。
咲希さんもどこか嬉しかった。
「悠斗くん、これからもずっと一緒だよ」
「勿論だよ」
ウェディングケーキが運ばれてきた。
色とりどりのフルーツがきれいに並べられ、白いホイップがそれを際立たせている。
咲希さんと一緒にナイフを入れようとした瞬間、
「この結婚式は私たちの不幸だ!」
披露宴会場の扉が蹴破られ、中齢の男女がなだれ込んできた。
「これより、坂田悠斗と三島咲希の結婚の取りやめと破局を執り行う! 総員突撃!!」
おじさまとおばさまの軍勢が披露宴会場をめちゃくちゃにしながら僕達に迫った瞬間、
「……!」
目が覚めた。
「まったく、幸せなところをぶち壊しに来るなんて、どんな夢だよ」
携帯の時計を確認する。
時刻は、朝6時30分を示していた。
「あ、悠斗くん、おはよう」
咲希さんが起きてきた。
「嫌な夢だったね。私と悠斗くんの結婚を邪魔してくる連中がいるなんて」
咲希さんも同じ夢を見ていたのか?
だとしたら最悪だよ。
「さぁ、朝ごはんはどこで食べる?」
咲希さんが舌を出した笑顔を見せる。
そして、外出も兼ねて朝ラーメンが美味しいと評判のローカルラーメンチェーン店を訪ねた。
「らっしゃい! うちの朝ラーは天下逸品だよ!」
店主の男性が元気な声で僕達を出迎えた。
「じゃぁ、特製朝ラーメントッピング全部盛りで2つ!」
咲希さんが僕の分まで注文してくる。
「あの……」
「私の奢りだから、遠慮しないで!」
ここまで来ると、咲希さんには頭が上がらないな。
そして運ばれたラーメンは鶏ガラベースの醤油スープに細めストレート麺。
炙りチャーシューに大量の背脂、メンマに焼き海苔などと行ったトッピングがこれでもかと言わんばかりに盛られている。
これは、僕の心臓が持たないなと、覚悟するしかなかった。
貴方は、どんな告白をしてみたいですか?




