第14話 かけがえのないもの
クリスマスまで、あと10日
数分過ぎて、
「ごめんね。真彩ちゃんが勇斗くんのそばにいなさいって、言われちゃって」
咲希さんが病院前で待っていてくれた。
「いいんだよ。この前はごめんね」
僕も苦笑いをするしかなかった。
この日はクリスマスイヴ。
僕の命は明日で終わるんだと、覚悟した。
「さぁ、カメラマンさん、東京都内で撮影と行こう!」
咲希さんが張り切って物事を進める。
そう言うと思って、僕はカメラを握り締めた。
これが最後のリクエスト撮影だと。
入院する前、佐伯先生が僕の命に関わる話をしていた事を思い出す。
「人工心臓?」
「米国で研究されている新世代医療処置の技術で、その試作品が出来上がった。君の身体に埋め込めば、人並みの寿命が確保出来る」
それは、僕の命は延びるかも知れない佐伯先生からの提案。
これで咲希さんと一緒に過ごせる時間が長くなる。
だけど、僕は疑問に思う。
これほどすごい技術をなぜ僕に?
「実は、アメリカにいる医師仲間が君に使ってほしいと言うんだ。私もできればそうしたいんだが……」
佐伯先生は頭を悩ませた。
僕は咲希さんと生きられるならそれでいいと思っている。
でも、それじゃ実験体にされるのは嫌だ。
「少し、考えさせてほしい」
そう言って僕は病院を出た。
渋谷区へと足を運ぶ。
町中は若いカップルが愛を語らっている。
僕はもう来年はないのかと思うと、悲しくなってくる。
その時、
「あ、悠斗さん?」
真彩さんが近寄って来た。
「真彩さん、どうしたんですか?」
「咲希ちゃんがね、風邪でダウンしたから撮影スタジオのバイト、お願い出来る?」
そう、咲希さんは、高田馬場にあるレンタルスペースの運営もしている。
風邪でダウンするとは……。
「了解、丁度仕事を探していたところだよ」
僕はそれを了承した。
僕は真彩さんと一緒に、高田馬場まで電車で揺られることになった。
高田馬場の雑居ビル内にあるレンタルスペース「はつかり」。
ここで、バーイベントや撮影も行っている。
「で、今日は撮影の受付スタッフか……」
そう、ここで行われる撮影会のスタッフとして、咲希さんのピンチヒッターに抜擢されたわけだ。
「悠斗くん、今日はよろしく!」
モデルたちが僕を慕ってくれる。
これは張り切って頑張るしかない。
「これはいい写真だね」
カメラマン仲間が声をかけた。
「そりゃぁ、咲希さんのメイド姿を撮った過去一の傑作だから」
「でも、いなくなってしまうのはさみしいな。俺なんて妻と離婚したばかりだから、傷心が疼く」
「お気の毒様です」
僕は苦笑いをするしかなかった。
カメラマンとモデル達が思い思いのポーズや構図で撮影に望んでいく様子を見て、僕もプロに慣れたらと少し公開している。
「悠斗さん、咲希さんから伝言で、<今度の晩御飯、ビスキュイで私の奢りにするから>って!」
なるほど、つまりはピンチ・ヒッターのお礼というわけか。
そうなれば、俄然やる気が出てくる。
でも、気がかりなのは人工心臓のことだ。
自分が生きる時間が長く出来るのは大きなメリットがあるし、咲希さんと一緒にいられる。
同時に、僕の身体を実験台にされる感じがするので、少し嫌だった。
それだけに、僕の身体は生と死の間で揺れ動いている。
「悠斗さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。少し考え事をしただけ」
僕はなんとか誤魔化して、受付スタッフの仕事を続けた。
今日は本当に疲れた。
気がつけば辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
イルミネーションの光がどこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
「すまないね、真彩さんが奢ってくれるなんて」
「いいのよ。緊急の仕事のお詫びも兼ねているから」
そういって、真彩さんは焼き肉をご馳走してくれた。
しかも、格安のチェーン店で1人1980円のオーダーバイキング形式だった。
「悠斗さん、今夜は私の奢りだからね」
「ありがたく」
真彩さん、優しいな。
カルビ肉を焼いている間に、僕は人工心臓で助かるかも知れないと打ち明けた。
「米国が開発した人工心臓。確かにそれを使えば延命できるかも知れないけど、余り推薦できないわね」
「どうして?」
僕は首を傾げた。
「人工心臓を埋め込むための手術は、臓器提供の数倍の費用がかかると言われているの。それに手術が成功してもあなたのケースじゃ、人工心臓の稼働自体に若干の影響を及ぼすリスクが伴うわ」
確かに、僕の病状を考えれば、人工臓器を使っても症状が改善するかどうかはわからない。
くわえて末期症状まで進行している以上、できるかどうか分からなかった。
「私から提供拒否の署名を出しておくわ。元々違う病院の薬剤師だけど、佐伯先生なら理解できるはずよ」
「ありがとうございます」
真彩さんは直ぐに行動に移した。
これは、咲希さんの右腕だからできることだった。
「さぁ、食べましょう。お肉焦げちゃうし」
「そうだった!」
僕と真彩さんは焼き肉の夕食を食べ始めた。
「あ、このカルビ肉美味しいな」
「でしょ? 咲希さんも焼き肉といえばここと自負できるほど美味しいお店なの!」
流石波崎さん、高級店よりもチェーン店のようないつもの味に慣れているからね。
そんなわけで夕食を食べ終えて帰宅の途についた。
翌日、
「なるほど。笹塚くんの署名によれば、末期症状への進行を踏まえたうえで拒否を判断したのか」
佐伯先生は真彩さんが書いた署名に納得したようだ。
「僕の身体はもう手遅れかもしれません。それに生きながらえても苦しいだけです」
「わかった。この件は取りやめにしよう。どのみち君の身体は笹塚くんの言う通り末期になっているかも知れない」
佐伯先生は優しいな。
「それで、咲希くんへのクリスマスプレゼントは?」
「すでに注文しています」
僕は形態を見せる。
「これは、クランドの[アップルミード・プレミアム]じゃないか! よくこんな高級品を注文できたな」
「カメラマン仲間が勧めてくれたので」
そう、近年話題のオンラインクラフト酒屋でおすすめの一本を注文した。
「こんな高級な酒を注文するとなれば、咲希くんは重く感じるのではないか?」
たしかに、高級なお酒を注文することで咲希さんが重く感じてしまうのではないかと懸念する。
命が短いことに変わりはないが、最期のクリスマスプレゼントだからせめて高級なお酒を送りたかった。
「まぁいいさ。君の考えだから、止めはしない」
「ありがとうございます」
僕はそう言うと病院を出た。
入院日まであと3日の話。
僕は咲希さんにメールを送った。
「咲希さんへ
今年のクリスマスプレゼントは、
ちょっと高級なお酒です」
少し高級なお酒で、クリスマスを彩りませんか?




