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第10話 最初で最後のデート(前編)

クリスマスまで、あと14日

 しばらくして、

 

「悠斗くん、ありがとう!

 

 ちょうど、映画<京都から紅恋染模様>のチケットが2枚取れたの!

 

 明日、シネプレマ幕張で観に行こう!

 

 イルミネーションはそれからでも良いね!

 

 それじゃ、身体に気をつけてね」

 

 咲希さんからメールの返信が届いた。

 

 これは嬉しいことだ。

 

「OK! じゃぁ、明日の午後2時で!」

 

 僕は一旦メッセージのやり取りを終える。

 

 とりあえず検査を受けることにした。

 

 CTスキャンを受けたら、遺骸にも病状に変化はなかった。

 

 夢に出てきた漢の祝福なのか、あるいは呪いかはわからない。

 

 とりあえず何事もないのは何よりだ。

 

 佐伯先生にこの事を打ち明ける。

 

「現状は安泰ということか。明日の外泊を許可しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、少しでも異変を感じたらすぐに戻ってくるように。それだけは約束してほしい」

 

 たしかに、僕の身体は未だに油断ができない状態だ。

 

 佐伯先生も心配してくれているんだな。

 

 本当にこれはありがたいし、助かってる。

 

 僕は佐伯先生と別れて入院棟の談話スペースに足を運ぶ。

 

 入院している人たちとコミュニケーションを取れる数少ない場所で、僕は缶コーヒーを購入した。

 

 佐伯先生によれば、エナジードリンクは厳禁だけど缶コーヒーなら1日1本程度という。

 

 そこまで身体のことを心配してくれるのは心強かった。

 

「悠斗さん!」

 

 MAKOTOくんがお見舞いに来ていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「咲希さんを頼むって、昨日メッセージを送っていましたね? どういう意味ですか!?」

 

 憤るような悲痛の叫び。

 

「そうだね。僕はもうすぐ死ぬから」

 

「だからといって、咲希さんのことを任せるのは無責任すぎます! 貴方は最後まで生きてください!!」

 

 MAKOTOくんが涙を浮かべる。

 

 よっぽど僕を信用していたんだと、後悔する僕。

 

「そうだね。死ぬときまで生きようと思うよ」

 

「咲希さんはあなたがいないとだめだって言ってましたよ。だけど、そこまで病気が進んでいるのなら、僕もここで折るよ……」

 

 MAKOTOくんも腹をくくった。

 

「ありがとう」

 

「いいんですよ。あなたの覚悟、確かに見届けました」

 

 僕は一生懸命最後まで生きようと決めた。

 

 病室に戻ると僕は昼寝をする。

 

 またしても夢の中で黒い衣装の漢と出会う。

 

 僕にはわかる。

 

 彼は死神の一人だと。

 

「君の命はあと4日。つまり12月25日に君は死ぬ」

 

 死神はそう告げた。

 

「残り4日か。悪くないよ」

 

 僕は笑顔で、その事実を受け入れる。

 

「君はこのまま彼女に思いを告げずに死ぬと生まれ変わっても後悔する。だが、君のことだ。彼女に思いを告げたあとに導くよう、こちらで手配をしていく」

 

 死神からそう言われた途端、僕は目を覚ました。

 

 もうすぐお昼の時間。

 

 とりあえず、何か食べておかないと身体が維持できない。

 

 そう思った。

 

 翌日。

 

 僕の命はあと3日で終わる。

 

 そんな中、僕は咲希さんとデートを楽しんでいた。

 

 目的の映画を一緒に見る。

 

 これが最初で最後の映画デート。


 映画館で始めてみた映画は、これからの僕達を思わせるものだった。


「京都から紅恋染模様」


 ――大正二年、晩秋の京都。

 鴨川沿いを渡る風が、紅葉をはらはらと散らしていた。


 坂口誠一郎大尉は、軍帽の庇を押さえながら、三条大橋を渡っていた。満州遠征の命を受け、明日には京都を発たねばならぬ。

 その胸の奥には、ひとりの女の名が焼きついていた。


 ――ひろ子。


 絹問屋の娘、十七の春に出会い、十九の秋に恋を知った。だが家は反対し、身分も釣り合わず、望まぬ縁談が彼女に迫っていた。

 彼女が流した涙は、白粉の下に隠され、紅の唇だけが微笑を装っていた。


「どうか、行かないでください」

 鴨川のほとりで、ひろ子は細い声で言った。

「誠一郎さままで、戦で……いなくなってしまったら……」


「国を守る務めだ。俺は必ず帰る」


 その言葉は、風の中に消えていった。

 彼は彼女の手を握り、わずかに紅に染まった指先を胸に当てた。


「もし俺が還らぬことがあっても――魂だけは、きっとおまえを探す」


 その夜、京の空には小さな星がひとつ流れた。

 そして翌年、坂口大尉は満州の地で銃弾に倒れ、二十四年の生涯を閉じた。

 ひろ子は、彼の戦死公報を受け取った日の夜、血を吐き、白い寝間着のまま崩れ落ちた。

 肺結核――医師の診立ては、長くはもたぬという。

 彼女は誠一郎の遺影に紅筆を走らせ、最後の恋文を書いた。


「私の命が尽きるその時、必ずあなたを探しにまいります。

 紅に染まる京の秋の下で、また逢えますように。」




 翌朝、薄明の光が障子を照らすころ、ひろ子は静かに息を引き取った。

 彼女の枕元には、紅葉の一片が置かれていたという。


 * * *


 ――2025年、秋。

 京都・祇園の小さなカフェで、カップの珈琲から白い蒸気が上がる。


 大学院生の坂口海斗は、ふと視線を上げた。

 隣の席でノートを開く女性がいた。淡いベージュのコートに、古風なかんざし

 どこか懐かしい香りがした。


 目が合った瞬間、胸の奥で何かが弾けた。

 ――知っている、この瞳を。


「もしかして……以前、お会いしたことが?」

「……いえ。でも、そんな気がして」


 彼女――広瀬ひろは、柔らかく微笑んだ。

 その笑顔に、彼は百年前の約束を思い出していた。


 店の窓際には、紅葉の葉が一枚、風に乗って舞い込んだ。

 ひろはそれを拾い上げ、掌の上で見つめる。

「この葉、まるで染め模様みたい……」

「ええ。まるで――紅恋染模様、ですね」


 二人の言葉が重なった瞬間、空気が震えた。

 遠くで鐘の音が響き、外の世界がゆっくりと霞んでいく。


 彼の視界の奥に、軍服の青年と白着物の娘が寄り添う幻が見えた。

 ひろも同じものを見ていた。

 涙が頬を伝う。


「……誠一郎さま……?」

 彼女がそう呟いたとき、彼の胸が締めつけられた。


「ひろ子……なのか」


 店内に流れるジャズが、どこか懐かしい琴の音へと変わっていく。

 時間の境が溶け、二人の魂は再び重なった。


 ――百年を越えて、やっと再会できた。


 だが、彼女の笑顔は次第に淡くなっていく。

「私……もう、長くは生きられないの」

「どうして……?」

「先月、病院で……肺が弱いって。前にも、似た夢を見たの」


 彼女の手が震えていた。

 あの時と同じ、冷たい指先。

 紅葉のように儚い命。


 海斗は、彼女の手を強く握った。

「もう離さない。今度こそ、守る」

「ありがとう……でも、また来世でも、きっと……」


 ひろは微笑み、目を閉じた。

 店の外で風が吹き、紅葉が舞い散る。


 海斗はその葉を一枚掴み、唇でそっと触れた。

「俺たちの恋は、まだ終わらない」


 窓の外、沈む夕陽が街を紅に染めていた。

 まるで――百年前の京都が、再び息を吹き返したかのように。


 その日、京都の空には小さな流星がひとつ、静かに落ちた。

 それはきっと、再び巡り逢う二人の魂の、紅恋染模様だった。


 

 映画を見終わって、僕は思った。

 

(この先もきっと僕達はまた出会える)

 

 そう信じていた。

生まれ変わったら何になりたいですか?

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