第六話 木綿和紙工房
次の日、いつものように探偵事務所の前で千桜が待っていると、長い髪を結いながら百月がバタバタと車に走ってきた。
(珍しいな。寝坊したのか?)
そんなことを考えながら千桜は車の扉を開けた。
「珍しいな。夜更かしして寝坊したか?」
乗り込んだ百月にからかうように千桜が言うと、百月は押し黙り俯いた。
「⋯なんかあったのか?」
千桜が顔をしかめると百月は顔をあげた。
「信じていただけないと思いますが⋯声がしたんです」
「声?」
百月はコクリと頭を縦に振ると続けた。
「男の人の低い声のような⋯女性の高い声のような、老人の声のような子供のような⋯そんな声が一晩中して眠れなくて⋯」
横に座る百月の目は見開かれ恐怖から逃げるように耳を塞いでいた。
「それは部屋の中からか?」
千桜の問に百月は少し目に涙をため頷いた。
「わかった。今夜は、一緒に部屋に行って不審者がいないか調べよう。んで、俺が下に車止めてるから、なんかあったら連絡しろ。いいな」
トーンを低くし千桜が言うと百月は再び頷いた。
「…ありがとう…ございます」
百月は俯いたままか細い声で言った。千桜は、百月の頭にポンと手を置き、微笑を浮かべると車を走らせた。
2人が四課に行くと、鴉飛と甘美瑛が四課に来た二人に気づき視線を向けた。
「お疲れ様です。望月さん、百月さん」
「お疲れ様です。鴉飛さん、甘美瑛さん。どうですか?」
千桜が尋ねると鴉飛は首を横に振った。
「こちらは特には」
「そうなんだよー。だからお二人が協力してくれるのは本当にありがたいよ。で、今日どうする?…どうしたの、百月さん?具合悪い?」
甘美瑛に声をかけられ百月はビクリと肩を揺らした。
「いえ…あの…」
助けを求めるように千桜を見る百月にチラリと視線をやると、千桜は百月の話しを続けた。
「昨夜ずっと話し声が部屋の中からして眠れなかったようで」
「「えっ?!」」
鴉飛と甘美瑛はギョッとした表情で百月を見た。
「大丈夫!?何かされたとかは?」
心配そうに言う甘美瑛に百月は首を振った。
「大丈夫ですわ」
「そっかぁ。よかった」
甘美瑛の目つきに安堵の色が入る。
「一応、今夜は彼女の家の下で張ってみます」
千桜が言うと鴉飛は同意を示すように首を縦に振った。
「そうですね。何かありましたら連絡してください。すぐ駆けつけますので」
「「ありがとうございます」」
千桜と百月は同時に言うと顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべた。
「で、今日はどうしますか?」
「んー。廃神社でその「カタシロさまの使い」とやらを待ち伏せするか?」
「いえ、それは危険ですから僕と甘美瑛さんで行きます」
鴉飛と甘美瑛はお互い目配せをした。
「そうしたら…どーすっかなぁ。吾妻家はもう警察が調べて何も出ないだろうしなぁ」
千桜が頭をガシガシ掻きながら言った。
「あの…ここ」
小さく手を挙げると百月は持っていた携帯を全員に見えるようにした。
そこには、和風な壁紙にいくつかのリンク項目があり、それぞれ和紙作り体験や、和紙でできた商品の説明が書かれた和紙工房のホームページが表示されていた。
「木綿和紙工房?」
千桜の言葉にコクリと頷くと百月は続けた。
「光輝さんの学校でカタシロを神社でわたしていると話していました。あぁいうのは和紙で作るのが一般的なんです。そのため大量に和紙を使うのではないかと思いまして」
携帯に視線を落としていた百月は顔を上げ、全員を見た。
「だとしたら、百円均一でチマチマ買うよりどこかに大量発注をしているのではないかと思いまして」
「なるほどな」
千桜はパチンと指を鳴らした。
「よし行ってみるか」
「はい」
百月は同意するように相槌をうった。
「そうしたらまた夕方にここで情報を共有しましょう」
「わかりました」
鴉飛に千桜は頷いて見せた。
「あっ!…あの」
何かを思い出したのか百月はそう言うと手を上げた。
「光輝さんの…そのご遺体は…」
すると、鴉飛は首を横に振った。
「鬼になった者が死亡すると、体は砂のようになり消えてしまうんです」
「そう…ですか」
百月は悲しそうな表情で俯いた。
「あと、あそこにあった遺体は」
千桜が尋ねると鴉飛は顔を顰めた。
「ご遺体は…吾妻ご夫妻でした」
千桜は思わず顔をゆがめた。
(自分の両親を食っていたってことか)
チラリと百月に視線を向けると、彼女は口に手を当て困ったような顔で立っていた。
百月の背中を千桜はポンポンと優しく叩いた。
「行こうか」
「はい…」
百月が短く答えると、2人は歩き出した。
都会の中でどこかノスタルジックさを感じる下町。そこにポツンとある和風な建物に木綿和紙工房はあった。
「あのーすみません」
建物に入り千桜が声をかけると、店の奥にある建物から「はーい」と声がした。
しばらくすると1人の藍色の前掛けをした20代後半ぐらいの男が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ。和紙作り体験の方でしょうか?」
「あ、いえ…」
百月が困ったように千桜を見た。千桜は苦笑いを浮かべると、胸元から手馴れた手つきで警察手帳を出した。
「どうも。早瀬警察署 四課の望月です」
それを見た百月も警察手帳を慌てて出すが、よく見ると上下逆になっていた。
千桜は苦笑いを浮かべ百月の手帳を直すと話を続けた。
「こっちは同じく四課の百月です。今日はお尋ねしたいことがありまして」
「尋ねたいこと?」
ハッとしたあとに男性はバツの悪そうは顔をした。
「まさか、私の正体がバレてしまって逮捕しに来たんですか?」
「正体?」
百月が首を傾げると、男は苦笑いに似た笑みを浮かべた。
「私、一反木綿なんです」
そう言うと見る見る姿が白い布に変わるが、すぐにまた男性の姿に戻った。
「なるほど異人なんですね」
「…驚かないんですね」
「いやぁ、最近、異人の方によくお会いするんですよ」
千桜は頭に手を当てながら言った。
「そうなんですね。で⋯私は逮捕されるんでしょうか?」
オドオドと聞く男に2人は顔を見合わせた。
「あ、いや私…なんか見たかしら。ねっ!ねっ!千桜さん」
「あっ…あぁ…。な…何の話だ?」
慌てふためく2人に男は苦笑いを浮かべた。
「ありがとうございます。で、聞きたいこととはどういったことでしょうか?」
「実はある事件の関係で和紙を大量に買った方を探していまして。最近、こちらでそのような方はいらっしゃいませんか?」
「ちょっと待ってくださいね」
男は奥へ引っ込み、やがて台帳のような分厚い物を手に戻ってくる。そして紙の束をペラペラとめくりはじめた。
「そうですね。それぐらい前からですと⋯伊邪那岐製薬研究所さんぐらいでしょうか」
「伊邪那岐製薬研究所……聞いたことない製薬会社ですわね」
「だな」
首を傾げる百月に千桜は頷いた。
「あの、他に何かありますでしょうか?」
「あ、いえ。ありがとうございます。参考になりました。もし何かあったらご連絡いたします」
ニコリと千桜は笑うと警察手帳を閉じた。
「行こうか」
「はい」
そういうと、男に見送られながら2人は木綿和紙工房を出た。
夕日が傾きはじめ、警察署に戻る頃には当たりはすっかり暗くなっていた。
「やぁ。おかえり」
四課に着くと鬼瓦が2人をニコニコと迎えてくれた。
「鴉飛と甘美瑛がまだ戻ってないから、戻ったら報告してもらおうかな。それまでコーヒーでも飲んで待っててよ」
そう言うと鬼瓦は両手に持っていたコーヒーの入ったコップをわたした。
「すみません」
「ありがとうございます」
2人はそう言うと鬼瓦からカップを受け取った。しばらく啜りながら鬼瓦と話していると、鴉飛と甘美瑛が戻ってきた。
「お疲れ様です」
千桜が声をかけると2人はコートを脱ぎながら微笑んだ。
「お疲れ様です。すみません、お待たせしました」
申し訳なさそうな鴉飛に千桜は首を横に振った。
「いえ。全然」
「よし。揃ったなら情報共有といこうか」
パンと手を叩き言う鬼瓦に全員が頷いた。
「まず鴉飛たちはどうだった」
鴉飛は首を横に振った。
「こちらは空振りで、しばらく待っていたんですが、誰も来ませんでした。他の警察官に今は立っていただいてますので、報告が終わったらまた戻り引き続き待ってみます」
「わかった。無理するなよ。新人さん組はどうだった?」
鬼瓦に言われ2人は聞いてきた話を話して聞かせた。
「帰りの車の中でその製薬研究所を調べてみましたが、何もヒットしませんでしたわ」
百月が言うと全員が難しい顔をした。
「わかった。こちらで調べてみよう。よし。鴉飛と甘美瑛は引き続き神社の張り込みをたのむ」
「はい」
「了解」
2人は頷いて見せた。
「ももちゃんのことは鴉飛から聞いている。とりあえず、望月くんと一緒に自宅に帰って、中を確認して何か異変があったらすぐに報告してくれ。いいな」
「はい」
百月が頷いて見せると鬼瓦は「よし」と言いニカッと笑った。
「望月はももちゃんの自宅警備をしてくれ。何かあったら連絡するんだ。今日は俺もいるから」
「珍しい。今日は飲みに行かないの?」
甘美瑛が尋ねると鬼瓦は少し困ったような表情を浮かべた。
「いや…なんか嫌な予感がしてな」
「やめてくださいよ。班長の勘は当たるんですから」
「そぉかぁ?まぁとにかく、みんな気をつけてくれ。んじゃ解散」
そう言うと鬼瓦は自分のデスクに歩いて行った。
「つうことだから、行くか」
千桜はポンと百月の肩を叩いた。
「…なんだか私だけすみません」
「いえ、自宅の確認も立派な勤務です。気にしないでください」
そう言い鴉飛はニコッと微笑んだ。
「よし、行くぞ」
「はい」
百月は頷くと鴉飛と甘美瑛にペコっと頭を下げ、千桜と共に四課をあとにした。
外では高層ビルの窓に光が灯り、警察署の前を車のライトが行き交っていた。
と、ふと百月の足が止まった。
「ん?どうした?」
それに気づいた千桜が振り返ると、なぜか驚いた表情を浮かべたまま百月は千桜を凝視し固まっていた。
「おい、大丈夫…」
「来ないで!」
百月に近づき肩に手を置こうとした千桜の手が百月の叫び声でピタリと止まった。
「大丈夫…ですので…触らないでください」
そう言い、俯いたまま車に乗り込んだ百月は自宅に着くまでの間、ずっと黙って俯いたままだった。
2人が百月の自宅に着くと、一通り自宅と事務所を見て回ったが、人の気配はなかった。
「んじゃ、俺は下にいるから何かあったら電話してくれ」
千桜はそう言うと百月と別れ、車に乗ると事務所を見上げていた。
時計の針が真上を指した時、「パリン!」何かが割れる音ともに百月の家の窓から何かが飛び出した。
「なんだ?!」
千桜が窓から顔を出すと、月夜に照らされて体を丸め両手をついた百月が車の上を飛び越えて行った。
「なっ!?えっ?!」
唖然とその背中を見るが千桜はすぐに車を発進させた。
「どうなってんだ?!」
まるで獣のようにビルからビルに飛び移る百月を見ながら千桜が呟いたその時、車の前に子供が飛び出した。
「?!」
慌ててブレーキを踏むとすぐ車から飛び出した。
「おい!大丈夫か?」
ライトを照らす車の数メートル先で1つ目をパチクリしている少年がいた。一瞬、ギョッとするがすぐに千桜は、少年の目線に合わせてしゃがんだ。
「怪我はないか?」
すると、少年はコクンコクンと頭を縦に振った。
「よかった。こら。いくら異人であっても怪我はするだろう。飛び出しちゃダメだぞ。わかったか?」
少年は再び頭をコクリコクリと縦に振った。
「よし、えらいな。なら、気をつけて行けよ」
ツルンとした少年の頭を撫でると、少年は嬉しそうに微笑んだ。そして千桜に手を振り、闇夜に消えていった。
「…こっちは見失ったか」
千桜は百月が消えた方向を見ながら呟いた。




