第二話 吾妻宅
吾妻宅に着いた千桜は一瞬、家を見上げた。
(ここか)
白い息を吐くとスタスタと玄関に行き、千桜は鍵を鍵穴に差し込んだ。
その時。
「あの…うちに何か御用ですか?」
背後からの声に振り向くと、そこには肩まである黒い髪を冬の風になびかせた女性とクリーム色のコートを着て赤い緋袴を履いた女性が立っていた。
(コスプレ女子?)
一瞬、首を傾げるがすぐに二人に千桜は近づくと警察手帳をだし、開いて見せた。
「すみません。警視庁捜査一課の望月です。捜査のため、中を見たいんですが⋯あなた方は?」
千桜はそこに立つ女性二人を交互に見た。
「あっ、私はここに住んでいた娘の吾妻凛です。こちらは私が調査をお願いした探偵の百月さんです」
吾妻凛に手のひらで示された女性はムスッとした表情で千桜を見ていた。
「百月探偵事務所の所長、百月百華ですわ」
ブスっと言う百月に頭を掻きながら千桜は話を続けた。
「調査というのは?」
すると、吾妻凛は酷く申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「家族の捜索を⋯。その…警察にお願いしてもあまり報告をいただけなくて⋯。すみません」
(なるほど。そうだよな。ただでさえ急に家族がいなくなって不安なのに、警察は報告できてないからな)
千桜は首を横に振った。
「いえ、こちらこそ報告ができなくて申し訳ない。新たな手がかりを得るためにも家の中を見せていただけないでしょうか」
「それでしたら、光輝から届いた本から光輝の部屋の鍵が出てきて、今から行くんですが、ご一緒に見ますか?」
(ほぉ)
千桜はニヤリと笑った。
「よろしいですか?」
「はい」
吾妻凛は頷いた。
「それでは、お邪魔させていただきます」
千桜はぺこりと頭を下げると、チラッと百月に視線を向けた。
彼女もチラっと千桜を見るが、変わらず無表情で吾妻凛に続き、吾妻宅に入って行った。
(無愛想だなぁ。警戒されちまったかな)
千桜は肩をすくめると、2人に続いて家の中に入った。
主を失った家の中は時が止まったようにシーンと静まり返っていた。
「光輝の部屋は2階です」
そう言い凛は階段を上がり二階の一番奥にある光輝の部屋に二人を案内した。
ガチャリと開けられた光輝の部屋は、好きなアイドルやアニメのポスターやグッツ、応援しているスポーツの球団やチームのペナントなど高校生の部屋にありそうな物はなく、どこか殺風景な印象を受ける部屋だった。
「では、私は下で待っていますので」
吾妻凛はそう言い一礼をすると、部屋をあとにした。
千桜は吾妻凛の背中を見送ると、部屋を見渡し窓際にある勉強机に足を向けた。
机の上は綺麗に片付き、ポツンと「緑葉高等学校」と書かれた生徒手帳が置かれ、本立てには教科書やノートが立てかけてあった。
(ちゃんと整理整頓されてて偉いな。俺なんかぐっちゃぐちゃだったけどなぁ)
頭を搔くと千桜は何気無く引き出しを開けた。
中は、消しゴムや蛍光ペンなどの文具が綺麗に種類分けされて収納されていた。
(よっぽど綺麗好きだったんだな)
そう思いながら引き出しを閉めようとし、千桜はふと引き出しの底がスライドしてあけられるようになっていることに気がついた。
(何だこれ?なんか入ってるのか?)
底を外してみると中には、引き出しと同じぐらいの空間があり、そこには1冊のノートが入っていた。
(日記か?)
千桜が中を見るとそこには光輝が学校でいじめられていたことが毎日のように綴られていた。しかし、数日後からその内容は一変していた。
『 11月26日
今日も沢辺や宮下に殴る蹴るの暴行をされた。でももう今までの僕とは違う。廃神社で「カタシロさま」から紙人形をもらった。呪えるのは1人っていうのは残念だけど、これであいつらに復讐ができる。
11月27日
なにを食べても美味しくない。まるで砂を食べてるみたいだ。これもアイツらか悪いんだ。早く!早く!カタシロさま、アイツらに罰を
11月28日
ずっと誰かが耳のそばで話している。うるさくて寝れない。あー!うるさいうるさいうるさい!うるさいうるさいうるさい!
うるさいうるさいうるさい!
11月29日
なんでだろ。お父さんお母さんが美味しそうに見えた。食べたい・・・。食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい
11月30日
気がついたら外にいた。僕がおかしくなってる?あとちょっとあとちょっとだ早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く』
途中から殴り書きされていた日記はそこで終わっていた。
「何かありましたか?」
背後からの声に振り返ると、百月がこちらに歩いてくるのが見えた。
「あぁ。大収穫だ」
ニヤリと笑うと不審そうにしている百月に千桜は日記を差し出した。
訝しげに日記を受け取り目を通した百月は、その内容に顔をあからさまに顰めた。
「何なんですの?…これは」
「わからん。カタシロさまって何だ?…知ってるか?」
千桜が見ると百月は、日記に視線を落としたまま首を横に振った。
「元々、形代は神霊がとりつく依り代のこと。厄災や病をうつして身代わりにすることもありますが、決して神様の名前ではありませんわ」
「へぇ。詳しいな」
「⋯なぜかしら」
百月はボソリと言葉を呟き考え込むが、しばらくして立ち上がる。
「他にも何かあるか探してみましょう」
そう言うとスタスタと本棚に向かって歩いて行った。
それを視線で追うと千桜はベッドに行き腰掛けた。
(高校生とかだと大体、母さんに見られたくないものはこーゆーとこに)
千桜がベッドの下を覗くが、ベッドの下はガランとし地面にはホコリが溜まっていた。
(ハズレか)
頭を掻きながら本棚に視線を向けると、百月が手を伸ばしながら背伸びをしていた。
千桜は笑みを浮かべると立ち上がり、本棚に近づき百月が腕を伸ばしていた先にあった本を手にし百月にわたした。
「どーぞ」
「⋯ありがとうございます」
どこか拗ねたような表情を浮かべ百月は千桜から本を受け取った。
「なんだそれ?」
千桜が覗き込む前で百月はやけに飾り気の多い本を開けた。
「なるほどな、本の形をした小物入れなのか」
「そのようですわ。あら?中に何か入ってますわ」
千桜が百月の手元を覗き込むと、中には和紙を切って作られ腹には朱い文字で「呪」と書かれた白い人型の紙が入っていた。
「あら、人形ですわね」
「人形?」
「こちらの人形に自分の穢れや罪を移して海や川に流すのですわよ」
そう言い百月が中に入っていた人形を手にしたその瞬間、百月の体がグラりと傾いた。
「おい!大丈夫か?おい!」
千桜が呼びかけても百月は視点の合わない瞳で壁の一点を見つめていた。
「どうかしましたか?!」
千桜の切羽詰まった声に慌てて吾妻凛が部屋に入ってきた。
「なんか急に倒れて。救急車!」
「はい!」
「大丈…夫ですわ」
慌てて携帯を取り出した吾妻凛の腕が掴まれた。見ると、青白い顔をした百月が2人を見上げていた。
「でも⋯」
「大丈夫です。でも、今日はもう、お暇させていただきますわ」
俯いたまま呟くように百月は言った。
「なら送って行く。というわけで俺も失礼させていただきます」
「すみません。なんのお構いもできずに」
申し訳なさそうに言った吾妻凛に見送られ二人は吾妻宅をあとにした。
「ちょっと待ってろ」
そう言い吾妻宅の近くに止めた車の中に百月を待たせ、千桜は近くの自動販売機に走ると、水を2本買って車に戻った。
「ほら飲みな」
運転席に座ると千桜は買ったミネラルウォーターを百月にわたした。
「ありがとう⋯ございます。あの⋯なんでそんな優しいんですか?まさか、下心?!」
「ちげぇーよ!」
間髪入れずに否定すると、千桜は照れくさそうに笑った。
「⋯大切な人に君が似てるんだよ」
しかし、その大切な人が誰か思い出そうとすると、なぜか頭にモヤがかかったようにぼんやりしてしまう。
「ありがとう#####」
幼さが残る少女は千桜に笑いかけると手を振る映像が千桜の目の前にフラッシュバックした。
「⋯さん!」
百月の声にハッとしバックミラーを見ると、百月が頬を膨らませていた。
「通り過ぎてますわよ!」
「えっ?!」
百月がそう言い指さす先を千桜が見ると、『百月探偵事務所』と書かれた小さな看板を壁に見つけた。
(ホントに探偵だったのか…)
「大丈夫ですの?」
不安そうに自分を見つめる百月に千桜はぎこちなく笑みを浮かべた。
「あ…あぁ。悪い。考えごとしてた。今、Uターンするわ」
「大丈夫です。ここから歩いてすぐですので。あの⋯ありがとう⋯ございました。えっと⋯」
言い淀んだ百月に千桜は苦笑いをしながら名刺を出した。
「望月千桜だよ。覚えられないなら千桜でいいよ。なんかあったらここに連絡してくれ」
百月は何も言わずに名刺を受け取るとぺこりと一礼をし、車の戸を閉め、探偵事務所に歩いて行った。
「⋯なんか勘違いされたかなぁ」
はぁとため息をつきながら頭を搔くと千桜は車を発進させた。




