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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

相思相愛

***BL*** 会社員のお話。ハッピーエンドです。

 あの子は、すごく可愛い訳でも、すごく綺麗でも無く、カッコいい訳でも無かった。それでも俺は何故か彼に惹かれていった。



*****



「ねっ!本当に!松永先輩、めっちゃ良い人だから付き合ってあげて下さい」

職場の後輩に捕まって、僕は別に好きでも無い人と付き合わされそうになっている。松永さん、良い人だと思うけど、容姿がタイプじゃないんだよな、、、。人を容姿で判断するなって、昔言われたけど、やっぱり人は容姿だと思う。僕は、細くてちょっと筋肉質で、顔も目がはっきりした俳優さんみたいな人が好きだけど、僕の好きなタイプとは真逆の、メチャクチャ筋肉質の人が良いって言う人もいるし、顔だってあっさりしてる方が良い人もいる。自分が好きだなって思う人の容姿には、惹かれる何かがある筈だ。だから、申し訳ないけど、僕は松永さんとは付き合いたくないんだ。それに、松永さんと僕では、ちょっと部類が違う。松永さんは、若い頃の話しをする時

「総長に呼び出されてボコボコにされた」

とか

「夜中にバイクで」

とか

「喧嘩で呼び出されたらすごい人数で、逃げた」

とか別世界なんだ。

「松永さん、田畑さんの事好き過ぎて、悩んで夜も寝られないそうなんです。なんとかして下さいよ〜」

、、、それって、僕の所為なの?僕は松永さんに何もしてないし、そんな事言われても困る。

「田畑さん、好きな人いるんですか?いないでしょ?試しに付き合ったら、松永さんの事、絶対好きになるからお願いしますよ〜」

本当に勘弁して欲しい、、、。試しに付き合うって何なの?そんな事しても、別れるのが目に見えてるのに、、、。

「それとも、誰か付き合ってる人いるんですか?いないですよね?」

横からヌッと手が出て来て、肩を組む。急に誰かに引き寄せられて、びっくりした。

「田畑は俺と付き合ってるけど?」

肩を組んだ手の平が、田畑に合図をする様に叩く。

「な」

田畑と目を合わせて、ウィンクをする渡辺。

(話しを合わせて)

って言われたみたいで

「そうなんです、渡辺さんと付き合ってるんです!」

咄嗟に答えた。

「えぇ〜」

信じられないと言う顔をしている。可哀想だけど、これで諦めて欲しい。僕には忘れられない人がいるから。


 さっきの後輩は、仕事があるからと戻って行った。多分この後、松永さんに僕と渡辺さんが付き合ってる事を報告するんだろう。僕は一先ず渡辺さんにお礼を言う。

「ありがとうございました」

「田畑くんも大変だね」

「まぁ、、、。でもこれで諦めてくれると思います」

「穏便に済むと良いね」

「はい、、、大丈夫だと思います。渡辺さんは大丈夫ですか?」

「ん?」

「彼女とかいるんじゃないですか?何かで伝わって誤解されちゃうとか無いですか?」

「あぁ、大丈夫。遠距離恋愛だから」

「そうですか、ご迷惑お掛けします」

僕は正直、渡辺さんみたいなイケメンも嫌いだ。顔の良い人は自分がモテる事を知っている。だから、僕は渡辺さんを絶対好きにならないと決めている。


 

 僕は自分で自分が面食いだと思っている。渡辺さんを好きになっても苦労しか考えられない。今だって、渡辺さんはモテている。彼を取り合って、2人の女子が水面下で戦っているのを知っている。

「田畑さん、いつから渡辺さんと付き合ってるんですか?」

鈴木さんがいきなり聞いて来た、本当に止めて欲しい、、、。なんで、社員食堂でそんな話し始めるんだよ。松永さんは見ているし、渡辺さんはいないし、ホント困る。

「教えて下さいよ。いつからなんですか?」

「、、、」

うーん、なんて答えたら良いんだろう。渡辺さんと決めておけば良かった、、、。ご飯はゆっくり食べられないし、味がしない。

「ごめんね、用事があるから行っても良いかな?」

僕はその場から取り敢えず逃げた。食器を片付け、トイレに逃げ込む。流石に彼女もここまでは追いかけて来ないだろう。

「渡辺と付き合ってるなんて、嘘だろう?」

松永さんが入って来た。僕はビックリして振り向いた。イヤだな、入り口に立たれちゃったから、出られない。

「渡辺に騙されてるんじゃ無いか?大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

松永さんが少しずつ前に進んで来る。狭いトイレの中で迫られると怖い。出口を塞がれてるし、、、どうしよう。

「田畑っ!」

渡辺さんが入って来た。松永さんが振り向く

「悪い、田畑に用事があるんだ」

松永さんが、横にズレて道を開けてくれた。渡辺さんが来て冷静になったのか、マズいと思ったのかわからないけど、とにかく僕は渡辺さんの近くに行く。渡辺さんは普通に話すフリをして、連れ出してくれた。

 会議用の個室の前で、プレートを使用中にして中に入る。渡辺さんが椅子に座らせてくれた。手の平が小刻みに振れている。渡辺さんの顔を見たら、安心したのか涙が出て来た。

「大丈夫か?」

「はい、ちょっとびっくりしちゃったみたいで、、、」

人差し指で、目尻に滲んだ涙を拭き取る。

「帰り、1人で帰れる?松永、田畑の家知らないよな?」

「知らないと思います」

渡辺さんが考え込む。

「取り敢えず、1ヶ月付き合ってるフリをしようか?送り迎えもするよ。その間に松永が諦めてくれれば良いし」

「でも、渡辺さん彼女がいるし、、、」

「それは大丈夫。俺もちょっと困ってる事があるから、田畑と付き合ってる事にした方が都合がいいんだ」

「鈴木さんと相川さんですか?」

「知ってるの?」

「鈴木さんと相川さんが2人で渡辺さんを取り合ってるって、みんな知ってます」

「まいったな、、、。そうなんだ。放っておけば収まるかと思ってたんだけど、最近ひどくてね。だから、田畑と付き合ってる事にしたら、2人が諦めてくれるんじゃないかと思って」

「そう言う理由があるなら、僕も助かります。是非、お願いします」

僕はへにゃっと笑った。

 早速、今日の帰り、渡辺さんは車で家まで送ってくれた。都合の付く限り渡辺さんが僕を家まで送ってくれる事になった。車の中で2人の馴れ初めとか設定する事になり、僕が渡辺さんに恋愛相談をしている内に好きになって、告白。付き合う事になった、と言う事にした。

「実は恋愛相談したい様な相手がいるとか?」

「、、、そうですね、別れた人の事が忘れられなくて、困ってます」

初めて、僕が大好きな人の事を他人に話した。もう次の角を曲がれば、僕のアパートの前に付くという所だった。曲がった先に人が歩いていて、その人が振り返った。僕は思わず顔を隠して、左側の窓に顔を向けた。

「松永?」

渡辺さんが言う。僕は心臓がバクバクして、声が出ない。辛うじて頭を上下に振って肯定する。

「車のライトで、松永からはこっちの顔が見えてないと思うよ」  

渡辺さんはそのまま追い越して、アパートを通り過ぎた。一度周辺を回り、少し離れた所に車を停める。松永さんが、僕のアパートに行くのは検討がついたから、僕達は玄関が見える場所から様子を伺った。

 松永さんは、アパートのインターホンを鳴らしているみたいだった。しばらく待ってから、玄関先をうろうろしている。あちこちを触る仕草をしているから、渡辺さんが

「合鍵どうしてる?」

と聞いて来た。

「合鍵?会社の引き出しの中にあります」

「良かった。あれ、合鍵探してるんじゃないかな?」

「ウソ、、、」

「わからないけど、そんな風に見えない?」

そう言われると、そうとしか思えなくなって、僕はどうしたら良いかわからなくなった。相変わらず、松永さんはポストを開けて覗いたり、不審な動きをしていた。漸く諦めたかと思っていたら、アパートの入り口で僕の帰りを待つ様に佇んだ。

「いつまで待つ気なんだ?」 

渡辺さんの言葉に、携帯の時計を見る。明日も仕事はあるし、渡辺さんに悪いから

「渡辺さん、もう遅いし僕、大丈夫です。」

「あの部屋に帰るの?松永があそこにいるのに?」

「だって、仕方ないです、、、。このままじゃ、どうにもならないし」

「松永に家に入られたらどうするの?」

ギョッとした。そんな事考えて無かった。あそこにいる松永さんを無視して、自分の家に入って仕舞えば何とかなると思った。僕の動揺が伝わったのか、渡辺さんは

「いいよ。俺の家に行こう」

「本当にすみません」

僕は渡辺さんに謝るしかなかった。 


 途中のコンビニで晩御飯を買った。渡辺さんはビールも2本追加していた。


 松永はどうしてこの子に執着するんだろう。正直、すごく可愛い訳でも、すごく綺麗でも無く、カッコいい訳でも無かった。まぁ、パーツの一つ一つは整っているし、配置もバランスは良いと思う。でも、フツーの子だ。もっと可愛い女の子も、魅力的な女性もうちの会社にはいる。なんとなく興味が湧いた。


*****



 渡辺さんの家は僕の家と違い、マンションだった。1人暮らしだから、2LDKで物は少なくて広く感じる。綺麗に住んでいて、素敵だなと思った。

「田畑、それだけで足りるの?」

って言われたけど、僕はコンビニのお蕎麦だけで充分だった。渡辺さんはガッツリ食べている。冷たいビールを一気に飲んで、カツカレーのお弁当をガツガツと食べた。最後にシュークリームを一つ、ゆっくりと味わって食べて、満足した様に

「上手かった〜!」

と笑った。

「あ、ビール飲んじゃった、、、」

「???」

それがどうしたんだろうと思っていたら

「飲酒運転になっちゃうから、今日はもう泊まりな」

「あ、そうか」

全然思い付かなかった。ビールを飲む渡辺さんは気持ち良いくらい美味しそうだったから、ついつい見惚れていたんだ。


 シャワーを借りて、渡辺さんの今日洗濯して、干してあったパジャマを借りる。肩幅とか、袖口とかダボダボしてる。ズボンの裾も長くて、折り曲げないと転びそうだった。

「ちっさ、、、」

まぁ、確かに小さいけど、一応平均身長で育ってます、、、。

「俺もシャワー浴びてくるから、ビールでも飲んでな」

と言われて、遠慮なくもらう。

1人になった他人ひとの部屋はなんだか静かすぎて不安になる。松永さんは帰ったかな、、、明日、会社に行くのが怖い。ビールを飲みながら明日の事を考えると落ち込みそうになる。

 シャワーから上がると田畑は、ソファに座りながらクッションを抱いて寝ていた。

(疲れてるな)

と思いながら起こそうかどうしようか悩んだ。

(エアコンもついてるし、このままソファで寝かすか、、、)

抱き抱えたクッションを枕にしようと、田端の腕から取り上げようとすると、眉間に皺を寄せる。クッションを取られまいとキツく抱く。

「田畑」

名前を呼んで起こそうとした。

「田畑、ちょっと起きて。クッション頂戴」

田畑は寝ぼけながらクッションを俺に寄越した。俺はクッションを枕代わりに肘掛けに乗せて

「いいよ、横になりな」

と、肩をそっと押すと田畑は倒れる様に横になる。

「こうちゃん、いたんだ、、、」

俺の手を握る。田畑は、寝ているはずなのに涙を流した。



(忘れられない人がいるって言ってたな、、、)

それが「こうちゃん」か、、、。一体どんな別れ方をしたんだか、興味が出て来た。



*****



「田畑、起きて。一度着替えに帰るだろ?」

一瞬どこにいるかわからなくなり、動きが緩慢になる。

「田畑?」

こうちゃんの手が僕の頭を撫でる。僕はこうちゃんの手を握り頬擦りをする。

「田畑、遅刻する、、、」

(田畑、、、?) 

ガバッと起きると、渡辺さんがびっくりした顔をしていた。

「おはようございます、、、」

「おはよう。一度着替えに帰るだろ?」

「はい、ありがとうございます」

(田畑、顔が真っ赤だけど、、、)

俺は立ち上がりながら、くすりと笑った。

「うわっ!」

叫び声と共に、田畑が胸の中に飛び込んで来て、あまりの近さに息を飲む。肌が綺麗だな、髪もサラサラで触りたくなる、、、と思いながら

「大丈夫?」

と言うと、

「パジャマの裾、踏んじゃいました。重ね重ね、すいません、、、」

「田畑小さいからな、気を付けな」

「、、、はい、、、」

パジャマの裾を気にしながら、渡辺さんの身体から離れる。渡辺さんからは良い匂いがして、しばらくドキドキした。


「こうちゃんって、忘れられない人?どんな人なの?」

アパートに向かう、車のなかで聞かれた。

「大学生の時に付き合ってました。こうちゃんには好きな人がいたんです。それでも、僕達は仲良くやっていたんですけど、ある日、こうちゃんに「やっぱり1番好きなのは、あの子なんだ」って言われて、、、。すごく好きで喧嘩をした訳でもないし、別れ話になった訳でも無いのに終わりました。自然消滅みたいなもんです、、、。だからかな?今でもたまに思い出しちゃうんです」

「もし、今こうちゃんに再会してやり直そうって言われたらどうする?」

「出来れば付き合いたいです。でも、、、無理かも。付き合っても、きっとあの言葉を思い出して、いつか振られるんじゃないかって怯えながら付き合ってたら、結局上手くいかないと思います」

渡辺は何だか、悲しい話だと思った。


 アパートに、松永さんはいなかった。ホッとして渡辺さんの車を降りて、着替えに行く。早朝だから、入り口の門を静かに開けて入る。

「田畑、、、。遅かったな、、、」

松永さんが柱の影から、僕の腕を引いた。柱の影の壁に背中を押しつけられて、疲れた顔で囁かれた。

「今まで渡辺と一緒だったのか?何もされなかったか?大丈夫なんだろうな、、、」

僕は引き攣り、何も言えない。

「シャワーを浴びたのか?」

僕の匂いを嗅ぎながら言う。怖い、、、。

「どこで浴びたんだ、田畑、、、」 

「俺ん家だよ、松永。付き合ってるんだから、当然だろ?」

渡辺さんが。松永さんの肩に手を掛けていた。

「渡辺、お前、、、」

松永さんの頭に血が昇ったのがわかった。

「やめて下さい!松永さん、やめて!」

後ろから松永さんを止めようとしたら、渡辺さんを殴ろうとした右手側の肘が僕の胸に当たった。ものすごく痛くて、息が出来ない。渡辺さんが手を伸ばして、僕の腕を掴んだ。そのままゆっくり引き上げてくれた。僕は短く息をするしか無くて、渡辺さんに支えてもらわないと立って居られなかった。

「松永、お前、もう帰れ。昨日の晩からずっとここにいたんだろう。ちゃんと寝て、飯食って、冷静になってみろ」

渡辺さんが僕を抱きしめながら、肩をさする。少しずつ、呼吸が出来る様になって来た。渡辺さんは松永さんに俺が見えない様に抱きしめて、隠した。

「俺の方が先に田畑を好きになったのに、、、」

松永さんはブツブツ言いながら帰って行った。

「、、、大丈夫か?田畑」

「はい」

「仕事、行けるか?」

「行けます」

「、、、じゃあ、車で待ってるから着替えて来い」

「すいません、、、」

「田畑、大丈夫だからな」

「はい、、、」

涙が滲んで来る。アパートの階段を登りながら、涙を拭く。鍵を開けて、ドアを開き靴を脱ぐ。自分の部屋に入ると安心したのか涙が溢れて来た。早く着替えないといけないと思いながら、涙が止まらない。泣きながら、涙を拭きながら、急いで歯磨きをしてシャツを替える。洗濯物を洗濯籠に入れ、新しい靴下を履く、涙も漸く止まり玄関を出る。どうして僕がこんな目に遭うんだろう、、、。


 

 車の中で考える。松永は執着し過ぎている。このままで大丈夫なんだろうか。かと言って、松永と俺は名前を知ってる程度の仲だ。2人で飲みに行って話しを聞くのも現実的では無い。どうしたら良いのかわからないまま、田畑を車に乗せる。



*****



 田畑と一緒に通勤を始めて1週間程経った。駐車場からの歩き道、挨拶をされた。

「渡辺さん、おはようございます」

「おはよう、相川」

あぁ、俺の問題を忘れていた、、、面倒臭いな。

「田畑さんと一緒なんて珍しいですね」

「おはようございます」 

田畑が挨拶しても、相川は無視をした。挨拶くらいしろよ、お前達のそう言う所が苦手なんだよと思う。

「おう、相川。俺と田畑、付き合ってるんだ、応援してくれよな」

思い切り、にかっと笑う。相川が引き攣る。 

「俺から告白したんだ、田畑を虐めるなよ」

「え〜、いいなぁ、田畑さん。私も渡辺さんと付き合いたい〜!」

相川はふざける振りをして、渡辺と腕を組む。渡辺はそっと腕を外し

「ごめんな、俺、田畑一筋だから」

と言って、田畑と肩を組む。田畑は俺を上目遣いで見上げる。え、可愛い。

「渡辺さん、遠距離の彼女とは別れたんですか?」

田畑の身体がピクリと反応する。

「田畑さん、知らなかったんですか?渡辺さん、遠距離の彼女がいるんですよ」

「知ってます」

「相川、、、。わざわざ言う事じゃないだろ」

「でも、ほら。田畑さんが浮気だったら可哀想だから」

相川はにっこり笑いやがった。イラっとするのを無理矢理抑え込む。田畑は不安そうに俺を見た。俺がイライラしてるのを感じ取っているみたいだ。

「アイツとはちゃんと別れたから」

「そうなんですか?すごく仲良かったのに、残念です」

会社に着いて、それぞれの仕事場に別れる。

「田畑、後でな」

「はい」

相川は俺達をジッと見て去って行った。


 昼休憩は、渡辺さんと一緒に取った。食堂の外がザワザワし始めて、誰かが

「女子更衣室で喧嘩をしている」

って話しているのが聞こえた。喧嘩って凄いな、、、なんて思っていたら、渡辺さんが

「まさか、アイツ等じゃないよな、、、」

とポツリと呟く。鈴木さんと相川さんの事かな?僕達は知らない振りをして、ゆっくりご飯を食べた。

 女子更衣室で喧嘩をしていたのは、やっぱり鈴木さんと相川さんだった。理由はよくわからないけど、原因は渡辺さんらしい。渡辺さんもゲンナリしていた。

「良い大人が、喧嘩なんてするなよ、、、」

一緒に晩御飯を食べている時にポツリと言った。外食で車の運転がある渡辺さんは、ビールが飲めなくてちょっと寂しそうだった。

「田畑、ビール飲みたくない?」

「???」

「ビール買って帰ろう。今日は泊まっていけよ」

明日は休みだから、飲みたいのかな?

「良いですよ。スイーツも買いましょう」

渡辺さんはアジフライをサクサク食べると、ゆっくりもしないで立ち上がった。どれだけビールが飲みたいんだろう。僕はくすりと笑った。

「何笑ってるんだよ」

渡辺さんがレジの前で僕の肩をポンポンと2回叩いて笑った。

 車でコンビニに寄り、ビールとカクテル、ツマミに乾きモノ、後はスイーツを買う。渡辺さんはスイーツ選びにかなり迷っていた。

「みたらし団子も食べたいけど、チーズケーキも捨てがたい、、、」

大人なんだから、2つ買えば良いのに、、、。随分子供っぽい所があるんだな、と思いながら

「2つ買わないんですか?」

と聞く。

「1回1個って決めてるんだ。その方が、身体にも財布にも優しいし、何よりご褒美感が増すだろ?」

嬉しそうに言う。

「じゃあ、僕がみたらし団子にしますよ。半分上げますね」

「マジで?やった!」

本当に嬉しそうにガッツポーズをした。渡辺さんも可愛い所があるんだな。


 渡辺さんの家に着いて、まず最初にシャワーを浴びた。明日、朝はゆっくりしたいから、急いで洗濯機を回すらしい。僕は先日借りたパジャマをまた借りる事にした。僕のシャツや靴下も洗ってくれると言うから洗濯籠に入れた。さっきのコンビニで下着も買ったので、洗える物は全部出せと言われて下着も出した。

 渡辺さんも急いでシャワーを浴びて洗濯をする。今干せばこの時期、朝には洗濯物が乾くと言って笑った。しっかりした人だなと思った。

 渡辺さんは本当に美味しそうにビールを飲む。ゴクゴクと飲む度に動く喉を見るのが好きだ。渡辺さんはいつも車だから、外では飲まない。急に飲みに行く話しになっても断るそうだ。

「だから、いつも家で1人で飲んでるんだ。今日は田畑がいるから嬉しいよ」

新しいビールを開けながら笑う。

「田畑はあんまりビール飲まないのか?」

「そうですね、まだビールはあんまり飲めません。どちらかと言えばカクテルの方が好きです」

「じゃあ、その内カクテル飲みに行こうな」

渡辺さんに誘われて嬉しかった。



 その後、松永さんは僕に近寄って来なかった。あの後輩がたまに来て

「松永さんと付き合えばいいのに、、、」

とブツブツ言いながら僕を睨んで行く。僕はあまり顔を合わせたくないから、彼の姿を見掛けると避けるか、下を向いて顔を合わせない様にする。

 鈴木さんと相川さんは相変わらず仲が悪くて、一緒にいる所を見た事がない。更衣室での喧嘩の噂がかなり広範囲に伝わってしまい、今は渡辺さんの近くには来ていないそうだ。渡辺さんはこのまま静かになって欲しいと言っていた。

 渡辺さんと付き合うフリをして、そろそろ2ヶ月が経とうとしていた。あっと言う間だった。松永さんの事も、鈴木さんと相川さんの事も落ち着いて来たから、そろそろ関係も解消しないといけない。渡辺さんは相川さんに遠距離の彼女とは別れたと言っていたけど、あれは嘘だ。あの状況で言っただけで、本当はまだ付き合っていると思う。彼女にも悪いし、早く渡辺さんを解放してあげないと、と思う。渡辺さんは社内で僕を見かけると必ず声を掛けてくれた。時間が合えばお昼も一緒に食べたし、週末はほぼ毎週渡辺さんの家で飲んでいた。付き合うフリを辞めてもきっと今の付き合い方は変わらない。それはわかっているのに、僕は今のままでいたいと思う。イケメンは好きになりたくないのに、やっぱり好きになっちゃうんだ、、、。これじゃあ、鈴木さんや相川さんと変わらない、、、。


 渡辺さんがカクテルを飲みに行こうと誘ってくれた。土曜日の夜に、駅で待ち合わせした。6時を過ぎてもまだ明るいこの時期、土曜日は人が多くて賑やかだった。食事は先に済まそうとピザのお店に入る。渡辺さんは勿論ビールを頼み、ピザが来る前に一気に一杯飲んだ。あまりに美味しそうにグイグイ飲むから、僕はポカンと渡辺さんだけを見ていた。チーズたっぷりのピザを2人で半分ずつして食べる。熱々でトロトロで、よく伸びるチーズはすごく美味しくて、カリカリのピザ生地と相性が良かった。僕は今日こそは、関係解消宣言をしようと思っていたので、なんだか淋しくなって来た。でも、淋しいと思っている事がバレたく無いから、いつも以上にはしゃいでいたんだ。

 

 渡辺さんが連れて行ってくれたお店は地下にあった。地下に続く階段は、赤い煉瓦になっていて、降りて行く途中途中に、メニュー表やお勧めリストがライトで照らされていてお洒落だった。木の扉を開けると、少し中に入った場所に長いカウンター席があって、バーテンダーが1人グラスを磨いていた。渡辺さんが

「せっかくだから、カウンターにする?」

と聞いてくれたから、店内を見回してカウンターにしてもらった。テーブル席は豪華過ぎて、2人きりには勿体なかった。

 カウンター席に着いて、メニューを見ていたら

「瑛士?」

と呼ばれた。ふと顔を上げるとこうちゃんがいた、、、。

「こうちゃん」

渡辺さんの手がピクッと動いた。

「似てるなと思ったら、名前を呼んでたよ。違う人じゃなくて良かった、、、」

こうちゃんが恥ずかしそうに笑った。渡辺さんが

「何かお勧めありますか?」

と聞いた。こうちゃんは磨いていたグラスをしまい。渡辺さんと少し話しをしてお勧めを選んだ。

「田畑はカシスオレンジ?」

渡辺さんに聞かれて、いつも飲んでるカシスオレンジを頼む。こうちゃんがカクテルを作っている、、、何だか不思議な感じがする。先に渡辺さんのカクテルを出して、次に僕のカシスオレンジを作る。この仕事が長いのか手際が良くて、ジッと見てしまう。

「どうぞ」

と目の前に置いてくれた。こうちゃんの指には指輪が光っていた。

「ありがとう」

とお礼を言う。こうちゃんは僕達の邪魔をしない様に少し離れた場所で仕事を続けた。何杯目かのカクテルを飲んだ後、渡辺さんは席を立った。こうちゃんがゆっくり近づいて来て

「彼氏?」

と聞いて来る。僕は何て答えたらいいか判らずに、こうちゃんを見つめた。

「どうして離れちゃったんだろう、、、」

こうちゃんが言う。

(こうちゃんには1番好きな人がいたからね、、、)

口には出せずに返事をした。

「瑛士にずっと会いたかった」

(どうして?)

フッとこうちゃんが僕の後ろを見て、僕から離れて行った。渡辺さんが戻って来て

「そろそろ行こうか?」

と言う。会計をすませて、渡辺さんがドアに手を掛けると

「またのお越しをお待ちしております」

こうちゃんが言った。


 帰りの電車は何となく2人で無言だった。渡辺さんがもうちょっと飲もうか?と家に誘ってくれて、僕は関係解消の話しをしなくちゃと了承した。



*****



 渡辺さんの家に着いた。冷蔵庫から前に買ったビールとカシスオレンジを出して来る。渡辺さんは

「こうちゃんに会ってどうだった?」

と聞いて来た。

「、、、心臓がバクバクしました、、、」

素直に答えた。こうちゃんにこうちゃんの声で「瑛士」と呼ばれて、時間が巻き戻ったみたいになった。

「かっこいい人だね。バーテンダーが似合ってた。あの人、すごくモテたでしょ?」

「モテました。どうして僕と付き合ってくれたのか判らない位モテてました」

「そんな感じがしたよ」

「でも、こうちゃんの好きな人は僕じゃ無かったからな、、、」

「1番好きな人、、、でしょ?。こうちゃんは田畑の事もちゃんと好きだったと思うよ」

渡辺さんがビールを飲む。

「そうかな?」

僕はカシスオレンジの缶の淵を触る。

「でも、1番じゃなければ意味が無いと思う」

「どうして」

「何て言うか、心の中で浮気されてるみたいな、、、。ちょっと違うな、、、僕と一緒にいても、いつも1番の子の事を考えているのかな?って思ってた。美味しいものを食べても、「あの子に食べさせたい」とか「あの子を連れて来たい」って考えてるのかな?とか、映画を見ても、「あの子と観たかった」って思ってるかもって、、、。多分そんな事無いんだろうけど、僕は自信が無いから、いつも不安だった」

渡辺さんは静かに聞いている。

「こうちゃんがあの子を好きだって知ってたんです。それでも付き合いたかった。だから告白したんです。こうちゃんはあの子の事、諦めていたから僕を選んでくれた、、、。でも、あの子がこうちゃんを好きだったら、僕は選んで貰えなかったんです。心の中で、いつもそんな事を考えていました。そんな時こうちゃんに「やっぱり1番好きなのは、あの子なんだ」って言われて、、、。例えそう思っていても言わないで欲しかった。付き合ってるのは、僕だから嘘でも1番って言ってくれれば、最後まで頑張れたのに、、、。ううん、やっぱり頑張れなかったかも、、。こうちゃんの1番好きな人は僕の親友だったから、、、」

渡辺さんは何も言わない。

「親友とも上手くいかなくなりました。こうちゃんが好きな子は、この子なんだと考えてばかりで一緒にいられなくなって、、、。彼からも離れました。」

カシスオレンジは温くなっていた。苦味を強く感じて一気に飲み干した。渡辺さんがもう2本ビールを持って来て、開けてくれた。今日は随分飲んだのに、冷静な自分がいる。

「渡辺さんとも、付き合ってるフリ、そろそろ終わりにしないといけないですよね」

田畑が小さく言う。

「僕、呪われてるのかな?好きな人から離れちゃう呪い、、、なんてね」

笑っているのに、泣いているみたいだった。

「田畑」

「はい?」

「俺、田畑が好きだな」

「何言ってるんですか?」

田畑が笑う。田畑の声が好きだ。仕草も、言葉の選び方も、ゆっくり考えて行動する所も、サラサラの髪も、綺麗な肌も、全部全部好きだと思う。3人掛けのソファはいつも田畑が泊まりに来た時寝る場所になっている。今日は人一人分開けて2人で座っている。でも、ちょっと手を伸ばせば田畑の指先に触れる事が出来る。もう少し近寄れば、、、ほら、キスも出来た。

「お姫様の呪いを解くのは王子様だっけ?」

田畑は泣きながら、俺の両手を握って言った。

「遠距離恋愛の彼女が1番でしょ?」



 田畑はポロポロ泣いた。声は出さない、こんなに人が涙を流すのは映画かドラマの中でしか見た事が無い。

「田畑、、、」

「僕、絶対渡辺さんの事好きにならないって誓ってました。渡辺さんはイケメンだから、自分がカッコいいって知ってるし、本当にモテるから僕が頑張っても1番になれないし、、、」

「好きにならないって誓ってた、、、か、、」

渡辺は自分が思っているより、好かれていなかったのかと落ち込みそうになった

「でも、好きになっちゃったんです、、、」

「え?」

「好きになりたくなかった、、、。彼女がいる人を好きになってもどうしようもないのに、、、。また1番にはなれないんだ」

「田畑は俺の1番だよ、、、」

「ふふ、渡辺さん、優しい、、、でも良いんです。ちゃんとわかってるから。相川さんに彼女と別れたって言ったの、嘘でしょ?」

田畑が笑う。

「俺さ、始めから誰とも付き合ってないんだ」

田畑は首を傾げる。理解していないみたいだ。

「田畑、俺は、、、。!」

田畑が寝た、、、。何でこのタイミングで、、、?!。せめて、風呂に入ってから寝て欲しい、、、。はぁぁぁ〜。取り敢えず、俺はシャワーを浴びに行った。


 遠くで雨の音がする。雨、、、嫌だな、、、。ソファの上で身体を起こし、ここが渡辺さんの家だと気がついた。頭がフラフラする。流石に飲み過ぎたみたいだ、、、。


「起きた?」

「渡辺さん、、、」 

「田畑もシャワー浴びて来な」

「はい、、、お借りします」

田畑は酔っ払いの癖に丁寧で笑える。

「ちゃんと隅々まで洗うんだぞ」

「はい、ちゃんと隅々まで洗って来ます」

渡辺はクスクス笑う。田畑の後ろ姿を見ながら、、、。


 田畑がバスタオル一枚で、俺の部屋まで来た。勿論、あいつの事だから下着を身に付けている筈だ。

「渡辺さん、パジャマがありません、、、」

田畑が来ると俺はいつも、あいつ用の俺の貸出パジャマを風呂場に置いておく。俺は、自分のベッドの中で笑いを堪えた。

「渡辺さん?寝ちゃったのかな?困ったな、、、」

まだ酔っ払っているのか、独り言が多い。ベッドの淵に座りフワフワしている田畑が可愛い。

「田畑、風邪引くから入りな」

田畑は素直に布団に入ってくる。

「バスタオル濡れてるから、取ってな」

「あ、すいません、、、」

一度布団から出て、バスタオルを外し風呂場に持って行く。フラフラ、フワフワしている田畑は絶対酔っ払っている。下着姿で戻って来て

「渡辺さん、パジャマがありません、、、」

さっきと同じ事を言う。

「田畑、風邪引くから入りな」

もう一度言うと自らベッドに入って来た。俺は可笑しくて可笑しくて、声を殺して笑った。

 田畑は素直に俺に寄り添い、すやすやと眠った。


 ゆっくり目が覚めて行く。まだ夜かな?雨が止んだみたいだ、、、良かった。

「おはよう、田畑」

眠い、、、返事をしないと、、、

「起きた?田畑」

渡辺さんの声、、、が、、、?

一気に目が覚めたと思ったら、渡辺さんに抱きしめられた。しかも、布団の中で!

「田畑が俺を好きになってくれて、嬉しい。最高の夜だったよ、、、」

田畑は一瞬、言葉も出ない程動揺していた。

「、、、、、え?あの、最高の夜?何?何しちゃったんですか?僕。あの、、、服、服着てない?あれ?あの、、、わー!全部の責任は僕が取りますからね!」

俺は笑いたいのを堪えながら

「わかった。全部の責任な」

と言って布団の中で抱きしめた。


「渡辺さん、騙したんですね、、、」

ベッドの上に座りながら、布団に包まる田畑が可愛い。

「ごめん、ごめん。田畑が話しの途中で寝るからさ」

「それは申し訳ないと思っています」

田畑の機嫌がホンのちょっと悪くて可愛いな。

俺は田畑を抱き寄せる。

「田畑が大事な話しを聞かないから、意地悪したくなったんだよ」

「大事な話し?」

「そ、俺が遠距離恋愛してないって話し」

「相川さんに話した事が本当って事ですか?」

「違う違う。元々誰とも付き合って無いんだ。遠距離恋愛の話しは、鈴木や相川みたいなヤツから逃げる為のウソだよ」

「、、、」

「理解した?」

「あの、、、付き合ってるフリは、、、」

「もう、最初から本気の付き合いでどうかな?俺達、相思相愛だから」

そう言って、渡辺さんがキスしてくれた。

「最高の夜は本当だよ。田畑が俺を好きだって言ってくれたから」

僕は嬉しくて、渡辺さんを抱きしめた。


やっぱり最後はハッピーエンドが好きです

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