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響と宇宙の客人

作者: 折田高人

 その日、空が瞬いた。

 漆黒の上天を切り裂く一筋の光。

 赤々とした火球が堅洲を囲む境の森へと堕ちていく。

 すわ隕石か。それを見た男は、しかし認識を改める。堕つる星にしては余りにも不規則な動きであったからだ。

 彼は宇宙へのロマンを持ってはいたが、宇宙に住まう知的生命体の存在に対しては懐疑的だった。未確認生命体、宇宙人と言ったものはSF作品の中の出来事だと思っていたのだが。

 もしかしたら、認識を改める日が来たのかもしれない。宇宙人の存在を必ずしも信じてはいない彼だったが、もし本当に目の前に現れたらと考えると胸が熱くなるのもまた事実。

 好奇心の赴くまま、宇宙に思いを馳せていた少年時代の胸の高鳴りを再び宿して彼は境の森へと向かった。

 そこで出会ったのは血生臭い現実だった。

 足下には巨大な鋏によって切断された見知らぬ男の首。辺り一面に漂う鉄臭。

 踏み入れた森の中、彼は薄桃色の甲殻類を思わせる怪生物による人間への残虐行為を目の当たりにしたのだ。

 あれだけ熱かった胸の高まりは、今や冷たい恐怖にとって代わっていた。

 館長の言っていた事は事実だった。宇宙はこんなにも恐怖に満ち溢れていたのだ。

 何時もはあれだけ優しく感じていた心安らぐ星々の輝きすら、森から逃げ出した今の彼には酷く厭わしいもののように感じられた。


 地を照らす僅かな木漏れ日を頼りに四人の少女は薄暗い森を散策していた。

 周囲の茂みが時折騒めくが、人の姿を認めた動物達はそそくさと踵を返していくようだ。

 そんな中、少女の内の一人である宮辺響は光を反射して煌めく何かを地面に見出した。

 拾い上げて、繁々とそれ見つめる。

 指輪だ。暗い木陰の中でもはっきりと目立つ黄色い石がはめられている。石には奇妙な文様が彫り込まれていた。限りなく歪だが、どことなく三つ巴を思い起こさせる文様だ。

 カア、カア。

 響の頭の上で、烏が鳴いている。その視線は響の手の中。煌めく指輪に注がれていた。よくよく見ると、指輪の落ちていた地面には鳥の足跡。これを見つけた際に羽ばたきを耳にしたのは気のせいではなかったようだ。

 それを見つけたのは自分が先だと言わんばかりに恨めし気な目を向ける烏を無視し、響は他の少女達を呼び寄せた。

「響さん、何か見つけましたか?」

 真っ先に駆け付けたのは滋野妃。大財閥のお嬢様である。白磁の肌と金糸の如き美しい髪は、暗い森の中でも非常に映える。青玉を思わせるその瞳は、好奇心に駆られて生き生きと輝いていた。

 遅れてやってくるのは小学生にしか見えない容姿の女子高生、加藤環。そして、くすんだ金髪を持つ人の良さそうな少女、来栖遼である。

「こっちにはアライグマさんしかいなかったよ」

 環の声に応えるかのように茂みの中からアライグマが姿を現す。警戒心はあるようだが、それ以上に好奇心が勝ったようで、やや離れた位置から少女達の姿を眺めていた。

「どうしよう? 外来種だし、捕まえた方がいいのかな?」

「ほっとけほっとけ。捕獲器具もないんだし、今は三千円よりも稼げそうな方を優先しようぜ」

 しっしっと響が手で追い払う仕草をすると、その意図が通じたのか否かは分からないがアライグマは後ろを振り返って歩き出し……突如、足を止めた。

 何をやっているのかと少女達が疑問に思っているとアライグマは再び向きを変え、彼女達の目前を横切る形で森の奥へ中へと姿を消した。

「何だったんだろ?」

「さあな。それよりこれだよこれ。見てみろよ」

 響は手の中の指輪を妃に差し出す。

「……? 不思議な指輪ですわね。この黄色い石は何なのでしょう?」

「だろ? 見た事ないよな?」

「ええ。私にもさっぱり……」

「キサキちゃんが分からないってよっぽどふしぎな石なんだね!」

 環の言う通りだった。

 世界有数の資産家であり、かつ著名な冒険家でもある滋野清玄の孫娘である妃は、若いながらも貴金属や宝石類の目利きに優れている。そんな彼女が正体が分からないと言う石のはまった指輪。これは自分達が探し求めていたものかもしれないと、響の期待が膨らんだその時。

 がさがさと茂みが揺れた。さっきのアライグマが戻ってきたのか? そう考えて身構えていると、奥から姿を現したのは異形の存在だった。体つきは人間に酷似しているが、身につけた和服から覗く肌は毛で覆われている。爛々と光る目が備わった顔は、猟犬を思わせる精悍さだ。

 食屍鬼。人の死肉を食らう化け物を前にして、彼女達は……。

「よう、久しぶり」

「やっほー、やっくん」

 普段と変わらぬ調子で挨拶したのであった。

「どうにも森が騒がしいと思ったら……お前達、何してるんだ?」

 若干呆れたような調子で頭を掻く食屍鬼の青年、夜叉丸。環の幼馴染でもある彼は、普段は堅洲の地下で過ごしているのだが。

「そう言うお前はどうしてここに?」

「雅の手伝いだ。最近、この近くに火の玉が落ちただろ? 境の森は武藤の管轄だから、異変があると様子を見にいかざるを得ないんだ。俺達としても、近くに住処に通じる地下通路の出入り口がある以上は他人事じゃないからな。協力して森を調べている真っ最中だ」

「怪異だけじゃなくUFO騒ぎにまで駆り出されるのか、あいつ……」

「大変だねえ」

 遼は武藤の魔王の普段の様子を思い出す。いつものほほんとしていて物静か。とても裏で激務をこなしているようには見えなかった。

「まあ、それだけならば落下物を探し出してはいおしまい、ってなるはずだったんだがな。全くもってその落下物が見当たらん。見つかった物と言えば、身体がバラバラになった多国籍な仏さん達……とりあえずはうちの共同墓地に埋葬したけど、本当に何があったんだか?」

「一気にきな臭くなったな」

「私達、邪魔にならないように帰った方がいいかも……」

「そうかもな。しっかし、何だってこんなに人が集ってるんだ?」

「何って、こいつだよこいつ!」

 鼻先に突き出された携帯電話の画面。そこには「宇宙人の痕跡求む」の文字。

「何々? 『今の社会は情報戦の世の中! 宇宙人の魔の手が地球に迫る今、我々は奴らの情報を少しでも多く集めて対抗しなければならない! ついては昨今堅洲に堕ちてきたUFOらしき物体に対する情報を求めるものである。宇宙人に関わる情報を持ち帰った者には、その重要性に見合っただけ謝礼を出すものとする! どうか、地球の未来を護る為に君達の手を貸して欲しい! 宇宙の脅威研究所所長喜林より』? また変な仕事してるな、お前。で、収穫あったのか?」

 胡散臭げな表情の夜叉丸に対し、響は拾った指輪を突き付けた。

「見ろ! 正体不明の石がはまったこの指輪を! きっと地球外からもたらされた石に違いないぜ!」

 得意げな顔の響に、夜叉丸は憐れむような顔を向けた。

「何だよ。その可哀そうな奴を見る顔は」

 夜叉丸は答えず、懐から何かを取り出す。それは、響の手の中にあるのと同じものと思しき指輪だった。

「んな! お前それ何処で見つけた?」

「さっき言ったよな。この森でバラバラにされた仏さん達が見つかったって。そいつらの指にはまっていたんだよ」

「……そいつらが宇宙から来た可能性は」

「ない。絶対ない。どう見ても地球人だった。食屍鬼の俺が太鼓判を押してやる。この指輪は間違いなく地球産だ」

「そんなあ……」

 力無くだらりとぶら下がる響の両腕。それをクイクイと引っ張る烏。

「結局お前は報酬に釣られてUFOとやらを探しに来たって訳か。全く、嫌なタイミングで変な催しが開かれたもんだ。安寿姉さんに頼んで人除けの結界でも張ってもらった方がいいかもな」

「あの、夜叉丸様。この森に火球が落ちてからずっと雅さんと一緒に森の中を探しておられたんですよね」

「おう」

「UFOは見つかりましたの?」

 期待を込めた妃の瞳に、しかし夜叉丸は渋い顔

「それがなあ。影も形も見当たらん。ここら辺は隅々まで調べたはずなんだがな」

「やっくん、ここら辺って落下地点に近いの?」

「ほぼ間違いない。間違いないはずなんだが……」

 探しても探しても見つからない。いくら何でもおかしくないかと疑問に思い、食屍鬼一同はもう一度念入りに調べようとしていたのだという。

 そんな話を不貞腐れた様子で聞いていた響。用済みになった指輪を烏に渡してやると、黒い鳥は嬉しそうにそれを加えて飛び去ろうとする。

「……何だ?」

 烏が羽ばたきながら宙に留まっている。まるで、その先に壁があるかのような振る舞い。烏自身も困惑しているようだ。

 響は足下を見る蟻の大群が列をなしていた。とある一点、その行進が不自然なまでな綺麗さで直角に折れ曲がっていた。

 また同じ方向だ。烏と蟻が不自然な動きを見せたのは、先程のアライグマが初めに逃げ出そうとした方向と全く同じ。

 響の頭にある疑念が浮かぶ。

「おい夜叉丸。人除けの結界って、まだ張ってないんだよな?」

「ああ。普段人が足を踏み入れないこの森に、これだけ多くの人間が押し寄せるとは思ってもいなかったからな」

「だったら、あれは誰が張ったんだ?」

 夜叉丸は指差された方向を凝視する。

「人除けの結界……確かに張ってあるな。通りで見つからないはずだ。この先に進めないように無意識に刷り込みが行われていたんだからな」

「って事はだ。この先にはまだ人の手が入ってないって事だろ? 一番乗りして情報を持ち帰れば、報酬がっぽがっぽって寸法だ」

「おい。死人が出てるって言っただろうが。危ないからはよ帰れ」

「それが無理な事はお前が一番分かっているはずだぜ? なあ皆?」

 夜叉丸は頷く少女達を見て溜息をつく。

 未知への好奇心に憑りつかれた妃。面白そうな事に目がない環。普段は良識派の遼ですら、UFOと言う未知のテクノロジーに触れられるかもしれないと期待している事が見てとれた。

「……自己責任だぞ?」

「言うまでもない。さ、行くぞ」

「でも、ケッカイはどーやってとくの? とかないとこのさきに進めないんじゃ?」

 環の言葉に、響は肩を竦める。

「解除の方法は分からん。だが問題はない。この手の結界は無意識に訴えかけて退かせるものだからな。結界がそこにあると認識している奴には効果がないはずだ」

「あ、ほんとだ。ハイレタハイレタハイレタ」

「だろ?」

「下手に解いてしまうと寧ろ他の人間に危害が出かねんな。誰が張ったのか知らんが有難く利用させてもらおう」


 折れた木々。抉られた大地。響達が求めていた物は、確かにそこにあった。

 地球産のものではあり得ない形の奇妙な物体。それが深々と大地に突き刺さっている。

「見ましたか、響さん! 見ましたか? UFOですわ! 本物のUFOですわ~!」

 未知との遭遇にテンションが天井突破したらしい妃は、鞄から取り出したカメラと携帯電話の二刀流でもって、中破したオブジェクトを写真に収め始める。

 入り口が無いかとウロチョロしだす環と、それを制する夜叉丸。煙を上げる箇所を興味深そうに眺める遼。

 各々が空からの墜落物に夢中になっていると、茂みの中から影が飛び出した。

 その数三つ。その姿を認め、妃の表情が歓喜に満ちる。

「グレイですわ! 宇宙人ですわ! 第三種接近遭遇ですわ~!」

 灰色の肌。アーモンド形の巨大な眼。小さな鼻と口。小柄な体躯に大きな頭部。

 オカルト雑誌の激写写真そのままの、有名なエイリアンがそこにいた。

 興奮に駆られて駆け寄ろうとする妃を響が制する。莫大な報酬確定な情報を前に、しかし彼女の顔は笑っていない。

 一体のグレイの手に握られた奇妙な物体。それは地球における、銃に似た物体だ。

 恐らくその考えは当たっていたのだろう。銃口らしきものをこちらに突き付けたグレイが口を開く。

「ちちち、近付くな! 少しでも動いてみろ! ズドンといくぞ、ズドンと! スーパーなビームで風穴開けるぞ! それが嫌なら手を上げろ!」

 震えた声での警告。グレイが流暢な日本語を話したと言う驚きも、銃口を向けられていると言う現実的な脅威の前に霧散する。

 距離がある上、迂闊な動きができない以上は呪文を詠唱する訳にもいかない。環ならば詠唱無しに魔術を使えるが、正直なところグレイが引き金を引く方が早そうだった。

 全員大人しくホールドアップ。こんな危機的状況にあるのに、滋野の御令嬢の顔はつやつやと輝いていた。

「おおお、おい! そこの地球人……地球人? 何を隠している! 手を開け!」

 天に向けられた腕の内、一つだけ握られたままの夜叉丸の手。それが開かれると、煌めきと共に地面に落ちる物体一つ。件の指輪だった。

 それを目にした途端、グレイ達は発狂した。

「来るな来るな近付くな! 撃つぞ! 今撃つぞ! ほんとに撃つぞ! こっち来るなあああ!」

「神様仏様ラム様! お助け! お助けえええ!」

「誰かあああ! 誰かあああ! 凶暴な原住民に襲われています! 誰かあああ!」

 喚き散らすグレイ達。どういう訳か非常に怯えているようだが、一向にスーパーなビームとやらは飛んでこない。

「なあ。撃つぞ撃つぞって随分と念を押すけどさ。その怯えよう、もしかして弾切れか?」

 ぴたりと動きを止めるグレイ達。ダラダラと流れ始める脂汗を見て、宇宙人も汗を流すんだなと至極どうでもいい事が響の頭をよぎる。

「そそそ、そそそ、そんな訳ありゃせんことですわよ? この光線銃からはそれはそれはスーパーでコスモでミラクルなビームが発射できるでおじゃる。エーテル切れだなんて、そんなそんな……」

 急に怪しくなった日本語と共に、大きな黒眼がぎょろぎょろと宙を泳ぐ。

 どうみても弾切れのようにしか見えないが、かと言って確証が無い以上は迂闊に動けない。

 奇妙な沈黙があたりを包んだ、その時だった。

 空を引き裂き飛来した礫が、グレイの手にしていた光線銃を叩き落とした。

 急な出来事に呆気にとられたグレイを、今が好機とばかりに夜叉丸が組み伏せる。

 捕まった仲間を助けようとしたもう一人のグレイが、慌てて銃を拾おうとすると。

「動かないでくださいね」

 鈴音の様な声と共に、首筋に突き付けられる先の尖った木の枝。

 一体何時の間に現れたのだろうか。黒い長髪を湛えた、端正な日本人形を思わせる小柄な少年に後ろを取られていた。

 音もなく現れた少年の声色は至極穏やかだ。華奢な細腕は脆弱な肉体のグレイであっても容易く振りほどけそうなのに。少しでも変な動きをすれば、首に枝が突き刺さるイメージしか湧いてこないのは一体何故か。

「別に危害を加えようと言う訳ではありません。今のところは、ですが。お話、聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 坂井の森に降臨した魔王の笑顔の前に、グレイ達は揃って降参の意を示したのだった。


「よくここに辿り着けたな、雅。人除けの結界、何時気付いた?」

 夜叉丸の言葉に、武藤雅は申し訳なさげに苦笑した。どう見ても和風でおめかしした小学生女子にしか見えない少年である。

「ついさっきです。夜叉丸様が回収していた指輪を加えた烏が、不思議そうな様子で結界の周囲を飛び回っていたので、ようやく気付けました……それよりも」

「お、そうだな」

 グレイに向き直る魔王と食屍鬼。気の毒な程にガタガタ震えて正座する三人の宇宙人が揃って口を開く。

「「「何でも話しますから命ばかりはお助けを……」」」

 余りにも酷い怯えよう。疑問に思った響が口を出す。

「……何だってそんなにビビってんだよ。喧嘩売ってきたのはお前たちの方だろうが? 私達には別にお前らをどうこうしようって気は……ちょっとはあるかも……」

「今なんて?」

「……ナンデモナイナンデモナイ。お前達を引き渡して報奨金がっぽがっぽなんてオモッテナイッテ」

「やっぱり駄目だあああ! 俺達売られて解剖されるんだあああ!」

「神様仏様ラム様! どうか、どうかお慈悲をををを!」

「もう自動車の後ろを付け回して煽ったりしません! 人様の畑に落書きしません! 農場から牛を持ち去って勝手に焼肉なんてしません! だから助けてえええ!」

 絶叫するグレイ達を見かねたのか、環が助け舟を出す。

「もー。駄目だよヒビキちゃん。ウチュージンさんたち、怖がってるよ」

「いやこいつら、結構ヤバいことやってないか?」

「安心してください。納得のいく理由を教えてもらえるなら、こちらも手を貸すこともやぶさかではありませんから」

「は、はい。実は俺達……」


 グレイ達は上機嫌だった。UFOの運転免許を会得して幾年月、ついに初めての自家用UFOを購入したのだ。思い切って購入した最新鋭の新型だ。

 最初のドライブはどこにしよう? そう考えたグレイ達の脳裏に初めに浮かんだのは地球だ。幸い、地球の数か国の言語は話す事が出来る。なら、何かトラブルがあっても現地人に協力を要請できるかもしれない。

 そんな訳でやってきた初めての地球。様々な絶景スポットを回り、時には現地民にサービスを見せつけながら遊覧していたのだが。

 グレイ達のUFOは通りの少ない空を我がもの顔で駆け巡る。余りにも空が開けていた為、ついついスピードを出しがちになっていた。上がっていく飛行スピードがとある速度を指示した時、トラブルが発生した。

 ブレーキが利かない。他の機能はしっかり生きているのに、スピードを落とす事が出来なくなったのだ。必死で操縦をしている内に、推進機関が煙を吹く。

 制御を失ったUFOはそのまま、境の森に墜落したのだった。

 幸いにも、グレイ達は無傷だった。

 外に這いだし、煙を吹くUFOを見て「やっちまった」と頭を抱える三人。

 特に慌てはしなかった。飛行以外のUFOの機能は生きていたからだ。早速、近場の宙域にあるUFOの修理センターに連絡を入れると二つ返事で了承され、スタッフのミ=ゴ達がやってきた。

 示された修理代の高さに頭を抱えるグレイ達を後目に、ミ=ゴ達が仕事にとりかかろうとしたその時だった。奇妙な人間の集団に襲われたのは。

 敵対の意は無いと声を上げるグレイ達に対して、帰ってきたのは冷たい殺意。逃げ出したミ=ゴ達を追いかける一団もいれば、抵抗するミ=ゴの鋏の餌食になる一団もいる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。グレイ達は必死に森の中を逃げ回った。

 やがて訪れる静寂。周囲に散らばる人間達の残骸。その下には、奇妙な指輪が転がっていた。

 UFOの修理は終わっていない。早くこの場から去らなければ。

 グレイ達は再び修理センターに連絡を入れるが、派遣したスタッフ全員死亡した為、危険性が取り除かれない限りは新たにスタッフを派遣する訳にはいかないと返された。他の修理センターに連絡を入れたが、既に話が回っていたらしくどこに掛けても拒否される。

 自分達にはUFOを修理する為の知識はない。

 最早八方ふさがり。辛うじて生きていたUFOの機能である人除け領域を作動させ、グレイ達は引き籠る以外に行動がとれなかった。


「成程な。この指輪の持ち主に襲われたのか……」

「あの……あなた方はあの連中とは?」

「無関係だ。この指輪もそこらでくたばってた仏さんから回収したもんでな。何かの手掛かりにならないかと持ち歩いてただけだ」

「な、何だ……びっくりした……」

 へなへなと崩れ落ちるグレイ達。その腹の音が鳴り響く。

「安心したら腹減ってきた……あんだけあった携行食は事故のせいかどっか行っちゃったし……もう三日も水以外口にしていない……」

「わたし、おやつもってきてるよ。ウチュージンさん、良かったら食べる?」

「ありがてえ……ありがてえ……」

 環から手渡された一口大のパンケーキとクッキーを頬張り涙ぐむグレイ達。

「はあ……それにしても、どうやって宇宙に帰ろう……」

「……ハル、流石にお前でもUFOは治せないよな」

「う、うん。外から見ただけでもさっぱりだよ」

 大人顔負けの修理技術を身につけた遼であっても、やはり地球外の技術にはお手上げのようだ。

「皆様。えっと、お名前は」

「アギです」

「イガです」

「ノブと申します魔王様」

 環よりもやや背が高い程度の雅に深々と平伏する三人組。

 のほほんと穏やかな笑みを浮かべている姿はとても脅威には見えないが、先程気配が感じられないまま背後を取られたのを見た為か、逆らってはならない相手だとグレイ達も認識したようだった。

「有難うございます。先程、皆様はミ=ゴの方々に修理を頼んだと仰いましたよね?」

「ええ、まあ。そもそも、そのUFOを作ったのはミ=ゴの会社ですから」

「では、ガン博士に頼んでみましょう」

「誰ですか、それ? 地球人の科学力では流石に俺らの最新型UFOを治せるとは思えないんですが……」

 グレイ達の疑問に、夜叉丸が首を振る。

「ガン博士はミ=ゴだ。鉱石採掘の為に俺達の地下集落に居候している。うちで寝泊まりしていてあまり使っている様子はないが、本社直通の門も通してあるから宇宙に帰るのは案外簡単かもしれんな」

 夜叉丸の言葉に、グレイ達の瞳にはようやく希望が戻ってきたようだった。


 しばらくして、住処に助けを求めに行っていた夜叉丸が帰ってきた。

 薄桃色の甲殻類を思わせる複数のミ=ゴに加えて森の探索をしていた食屍鬼達も合流し、墜落したUFOを揃って眺めている。

 そんな中、異形達に混ざる人間が二人。

「おお~! 本当にUFOだ! あ、ほらあっち! グレイって奴だろ、テレビや雑誌なんかでUFO特集をやるとよく見る!」

「写真や映像ならともかく、実際に見てみると感慨深いものがあるな……」

 感心した様子で食屍鬼達に混ざっている少年二人に、待機していた響が声を掛ける。

「三原に檜貝か……今日も元気に土竜ごっこでもしてたのか?」

「まあな。そう言うお前はまた怪しげなバイトか?」

「似たようなもんだ」

 三原重治と檜貝孝高。彼らは響達のクラスメイトであった。どのような経緯があったのか響は知らないが、暇さえあれば食屍鬼と一緒に堅洲の地下に張り巡らされた地下通路を探索して過ごしているのである。

「ところでだ。あいつら、何やってるんだ」

 不健康そうなクマが眼鏡から覗く、三原の怪訝そうな視線。その先には、妃達とグレイ達が何やら声を上げていた。

「危ないよ~! お願いだから降りてきて~!」

「ほらほら、おかしあるよ~! あまくておいしいよ~……ダメかあ……」

「散々っぱら人様の食料を食い荒らしておいてなんて贅沢な……山羊の血なんて流石に持ってないぞ?」

「一狩り行くしかないか……魔王殿、この森に山羊は?」

「残念ながら見た事がありませんね……」

「山羊の血は有りませんけど、牛のお乳は有りますわ! じゃ~ん! 足立乳業の"おいしいぎうにう"ですわ!」

「山羊はウシ科……それに母乳は血液から作られる……ギリ行けるか?」

「やってみる価値はありますぜ!」

 妃が取り出した紙パックの牛乳を、UFOの上にいる怪生物に向けている。

 シャーシャーと威嚇するそれは、どことなくグレイに酷似した生物で……。

「……チュパカブラって奴か?」

「グレイ君達のペットかい?」

 響は首を横に振る。

「何か知らん内にUFOの中に紛れ込んでいたらしい」

 一体何処から入り込んで来たのか。夜叉丸が救援に走った後、現状でのUFOの様子を確認していた一同の前に急に飛び出してきたのである。

 どうやら、グレイ達の携行食を食い荒らしたのもこの生物の仕業らしかった。

「お~い、お前ら。博士達のご到着だぞ!」

 響の声に、一同はようやく救援の到着に気が付いたようだ。

 小さな侵入者の件もどうやら一段落したらしく、件の怪生物も今では妃の腕の中に納まって大人しく牛乳を飲んでいる。

『う~む。土星十号……ガロの新型か。思い切った買い物をしたのう……これが若さか……』

 触手型のマニピュレーターが備わったバイオ装甲を身に纏う、他のミ=ゴに比べて頭部が肥大化したこの個体こそ、ガン博士その人である。

 博士は老成した印象を与える思念を送ってくるが、何処か呆れた様子が見て取れた。

「何か問題でもあるんですか?」

 三原の言葉に、少し太り気味なミ=ゴであるヤマが答える。

『ガロって会社のUFOはね。何て言うか、先進的過ぎるって言うか何と言うか……性能の高さだとか最新技術の投入にばかり気にかけて、ユーザーの使い勝手を余り考慮してない場合が多いんだよね。だから、UFOに慣れたユーザーなら発売してすぐに買わずないで致命的なトラブルが起こらないか様子見するのが普通なんだ』

「えっ? マジで?」

 当事者のグレイ達が驚いたような声を上げた。

「だ、だって……土星九号あんなにヒットしたじゃないか! それまで市場を席巻していたソアのカノンシリーズも新型のカノンⅦが鳴かず飛ばずで! これからはガロの時代だって皆言ってて……」

 ヤマが思念を送る。何処か苦笑しているような様子だ。

『うん。正直、土星四号以来やらかし続きのガロが何であんなに真っ当かつ優秀なUFOを生み出せたのか、古くからガロを知っている人達は随分困惑していたからね。でもあれは例外。過去にガロが出したUFOをちょっとでも調べればすぐに分かったはずだよ』

「そんなあ……それじゃ俺ら、高い金出して欠陥品買ったって事?」

『欠陥品、ていうか初期トラブルが多いのがガロのUFOの特徴だからね。性能の高さは確かだけど、買うにしても初期トラブルの対処が落ち着くまでは待つべきだったかな』

『大体、UFO初心者がいきなり新型に手を出そうってのが無謀だっての。性能の高さだの最新技術だのがユーザーに求められているものなのかは別だって事、九号もヒットした事だしガロはいい加減気付くべきだって!』

 細身のミ=ゴ、トロがヤマの思念に割り込んで来る。

『やっぱり初心者はソアのカノンⅥから始めるべきだよな! 発売から大分経っているのに今だにシェアの上位を維持し続けている怪物的傑作機だ! 運転も整備も維持も簡単で、無駄な機能は付いていないが拡張性の高さのお陰で欲しい機能は後付け簡単! 宇宙の殆どの会社も社用機に選んでるのはカノンⅥだし、やっぱりソアしか勝たんよ!』

『カノンⅦが大ゴケしたのも、結局のところカノンⅥで良くない? って評価に落ち着いたせいだからね……性能も高いし悪くないUFOだけど、カノンⅥから更新してまで乗りたいかと言うとそうでもないって感じで……』

「へえ……じゃあ、ヤマのところもそのカノンⅥってUFO使ってるのかい?」

 檜貝の言葉に、ヤマとトロは困ったような仕草を見せる。どことなく、苦笑いを思わせる仕草だった。

『うちはその一つ前のカノンⅤを使っているよ。創業時から騙し騙しね。ガン博士の腕があるとは言ってもそろそろ限界みたいだし、うちのもそろそろカノンⅥに変えてくれないかな?』

『無理だろ~。うちってば黒山羊様の祝祭日にすら社長共々働かなきゃやっていけない程の零細企業だしさ』

『でも、ここの人達の好意で堅洲の鉱脈を独占できてるおかげで、経営状態は目に見えてよくなったじゃない? それに、既存の鉱脈には門を設けて直接出勤できるけど、新しい鉱脈の開拓には足が絶対必要だし』

『そうなんだよなあ……ここの埋蔵量が破格だったのは嬉しかったけど、それでも鉱石は無限にとれるわけでもないしな。余裕なある時に設備に投資して欲しいところだよな』

『民間では土星九号への乗り換えが多かったから、おかげで中古UFOが大量に出回って価格も大分安くなっているんだよね。買い時だと思うんだけどなあ……』

 宇宙人達のUFO談義を興味深そうに聞いていた一同の中、響が疑問の声を上げる。

「なあ。何でUFOに日本語だの英語だのが使われているんだ? 私達への配慮で翻訳しているのか? それとも、単なる空耳か?」

『ああ、それね。まごう事なき地球の言葉だよ』

 何でも、UFOの製作に必須となる原材料が地球以外では纏った数が取れないらしい。

 当然の事、ミ=ゴ達宇宙人は地球から原材料を調達するようになったのだが、その際に仕事場を設けた地域の言葉を他社商品との差別化の為に用いるケースが多いとの事だった。

 宇宙人……特にミ=ゴ社会では現地民との関わりの中で浸透した地球の言葉が結構あるらしい。彼らにとっては未確認でもないのにUFOという言葉を使っているのも、地球から引き揚げてきた労働者の一団から広がった言葉が彼らの社会に浸透した為であるそうだ。

『さて、そろそろ仕事とに取り掛かろうかの? 安寿殿、よろしく頼む』

 ガン博士の思念に頷くのは、犬の様な耳と尻尾の生えた美少女。食屍鬼達の紅一点である安寿であった。

 安寿の唇から異様な言葉が紡がれていく。現実が何か異質なものに塗り替えられていくような違和感が一同を襲う。

 やがて、詠唱が終わる。

「人除けの結界、張り終わりました」

『ご苦労様。さて、若者達。鍵を貸してくれんかの。機能を停止させん事には安全に作業が出来んからの』

 成程な、と響は納得した。UFOの機能を止めてしまえば、当然人除けの機能も停止せざるを得ない。ここに居るのは異形の集団。姿を見られるリスクは避けるべきであろう。その為の安寿の魔術であった。

「はい、お願いします。えっと……あれ? あれ? あれ?」

 アギが慌てた様子で腰につけていたポーチらしきものの中身をぶちまける。

 響達の目には全く理解が及ばない品々を掻きまわしているが、アギはやがて青ざめた顔でこちらに向き直った。

「ヤバい……逃げてる最中に落したっぽい……」

『ふむ? UFO内が無人の場合、近くに鍵を認識していなければ諸々の機能は自動的に落ちるはずなんじゃが……』

「……チュパカブラが紛れ込んでたのが原因?」

「あ、それたぶん俺のせいかも。ほら、間違って持ってきてたスペアキー。旅行道具の中に紛れ込んでいたんだ」

 イガが取り出したのは金属製の小さなプレート。これがUFOの鍵らしい。

 ガン博士にスペアキーを渡しつつ、停止状態にする前にやる事があると言ってグレイ達はUFOに入り込んだ。


『う~む。推進機関が大破……エーテルバッテリーもオシャカになっておるのお……』

『土星四号でも似たような失敗してなかったっけ?』

『なんか、いつものガロが戻ってきたって感じがするよな』

「エーテルバッテリー……ですか?」

 ミ=ゴ達を修理作業を興味津々で見学している男女が二人。

 来栖遼は普段の人見知りする様子が欠片も見られず、異星の科学技術に魅入られながら博士に度々質問を繰り出していた。

『うむ。本来UFOは宇宙に無尽蔵に存在するエーテルを直接取り込んで動くんじゃがな。何かが原因でエーテルが届かない場所を航行するには、ここに蓄えたエーテルを使用するんじゃよ』

「地球にはエーテルが届かないんですか?」

『理由はまだ分かっとらんがな。オゾン層が原因ではないかとの仮説を立てておる奴も居るが、真相は未だ闇の中じゃて』

「だったらおかしくないですか? このUFO、補給できるエーテルなしにどうやって結界を張り続ける事が出来たんです?」

 三原の言葉に、ガン博士はバイオ装甲のマニピュレーターを器用に動かしながら作業を中断せずに答える。

『地球には代替エネルギーがあるんじゃよ。植物が生み出すエネルギー……わしらは地球の言葉を借りてマナと呼んでおるが、お主等には魔力と言った方が通りが良かろう。マナはエーテルと性質が似ておってな。必要とあれば互いに融通し合えるんじゃ。とは言え、マナはエーテルと比べて微々たる量しか生成されんから、本来ならば救難信号を送るだけのエネルギーを確保するのがやっとじゃろうがな。魔力濃度が異常なまでに高い堅洲に墜落できたのは、あの若者にとっては不幸中の幸いであったのお』

 博士の話を夢中になって聞いている二人組を眺めながら、響は一人合点がいっていた。

 響はグレイ達の方に視線を移す。今、彼らは難しい顔をしながら一枚の紙を凝視していた。UFOを止める前に彼らがやった事……それは印刷であった。

 プリントアウトされる用紙の様子を見た響は随分とアナログな機能が積んであるものだと思ったものだが、成程。一度印刷が済んでしまえば、後はUFOの貯蔵エネルギーを使わずに済むというわけだ。車輪党の魔女達が高度な電子機器の記録媒体を持ちながら、今だに紙への記録に執着するのも分かったような気がした。

 牛乳を飲んで満腹になったらしく、チュパカブラは妃の膝の上で寝息をたてている。起こさないようにそっと横切り、響はグレイ達の広げるプリントを覗き込んだ。堅洲町の衛星写真のようだ。とある一点に赤い点が記されている。

「無くした鍵の在処か?」

 グレイ達は頷いた。

「流石に俺達の痕跡を残して地球を去るのは不味いだろうからさ。修理が終わるまでに何とかして取りにいかないと」

「ミステリーサークルは痕跡には入らんのか……なんて考えはこの際置いておくとしてだ。どうやって取りに行くつもりだ? 結界の外にはUFOを探しに来た連中がわんさか集まっているんだぞ? もし見つかったら、今度こそ解剖コース行き待ったなしだ」

「それなんだよなあ……どうすんべ……」

 頭を抱えるグレイ達。

「UFOの人除け機能を使って周囲の人達を一時的に追い払うのはどうでしょう?」

 チュパカブラを寝かしつけながら妃が出した案を、しかしグレイ達は首を振って拒絶する。

「うまくいくか分からないなあ……そもそも、想定された使用方法と大分違っちゃってるし……」

「何だよ、あの結界の想定された使用方法って」

「観光地の景観を現生民に邪魔されずに楽しむ為に使おうって説明書に書いてあった」

「くっだらねえ機能だなオイ」

「ねえねえ、ウチュージンさん。わたしたちそっくりにへんそーできる衣装とか機能とかはあのユーフォーにないの?」

「残念ながら……」

「観光を楽しむだけなら変な結界に頼るよりも変装した方がよっぽど手っ取り早いだろうが。本当に余計な機能しかついてねえな、あのUFO……仕方ない」

 立ち上がる響。その姿を見て、妃の顔に笑みがこぼれる。

「私達が取りに向かうのですね?」

「おう。それにこの写真の指し示した場所が確かならば、なおさらこいつらを連れて行くのはヤバいしな。鍵はあのプレートと同じ形なんだろ? タマ、博士に頼んでスペアキーの写真を撮ってきてくれ」

「らじゃ~だよ!」

「何から何まで……すまぬ……すまぬ……」

「乗り掛かった舟だしな。最後まで付きやってやるさ。その代わり、後で写真のモデルになって貰うぞ? UFOの接写写真なんざ、報酬確定待ったなしの大スクープだからな」


「間違いなく、ここだよな……」

 衛星写真の示す先。目の前の建物を見上げながら響は呟いた。

 清潔感のある白色の建物の前には、『宇宙の脅威研究所』なる看板が掲げられている。

 境の森から然程離れていない場所に立つこの研究所こそ、今回のUFO騒ぎに報酬と言う名の燃料を投下した張本人であった。

 中に入ると、ちらほらと人が見える程度。館内には展示物の隕石や、デブリの危険性を学ぶ為の教材等が並んでいるが、見学者は殆ど見受けられない。

 UFOに関する情報を整理しているのだろう。外来者の殆どが互いに携帯電話や写真を見せ合いながら、情報交換をしているようだ。

「おお、君達!」

 響達四人に声を掛けてきたのは、白髪が混じり始めた初老の男性だ。彼は龍門博士。この研究所の所長である。

「どうだったね? 何か手掛かりでも見つかったかね?」

 期待に満ちた眼差しに、しかし響達は答える事が出来なかった。まさか、グレイ達と遭遇して怪異と一緒にUFOを修復中等と真実を語る訳にはいかない。何故ならば。

「むむ……未だに決定的な証拠は見つからず、か……しかしそれも時間の問題よ! くくく……宇宙人共め……地球人の底力を甘く見るでないぞ! 必ずや証拠をつかんで、地球侵略の野望を打ち砕いてくれるわ!」

 博士は実に分かりやすい陰謀論者だった。宇宙人が地球を攻めてくるという妄想に憑りつかれ、此度の墜落事故で宇宙人を信用しない世間一般の目を覚まさせてやろうと躍起になっているのだ。

 こんな思想に凝り固まった男にグレイが助けを求めていると説いたところで、焼け石に水になるのは目に見えて明らか。口を噤むのが得策である。

「数年前、わしは確かに見た! 平沼山に消えて行く未確認飛行物体の姿を、しかとこの目で! 証拠の映像や写真だってある! 故に周囲の反対を振り切ってまでこの地に研究所を開いたのだ! 日夜起こる怪事件の数々! この町には間違いなく宇宙人の秘密基地があるのじゃ! 世間様は誤魔化せても、わしの目は誤魔化せんぞ!」

 勝手に興奮しだしたの博士を呆れた様子で眺めていると、遠くで一人の男が手招きしていた。響達がその場を離れたと言うのに、博士の口は全く止まる様子が無い。周囲の人間が全く気にしていないあたり、これがこの研究所の平常運転なのだろう。

 手招きしていた男はこの研究所の所員だった。白衣に取り付けられた名札には安童と記されている。

「厄介な人に気にいられたなあ、君達。宇宙人さえ絡まなければ本当に優秀な人なんだが……」

 何とも申し訳のなさそうな安童の様子に、響達も苦笑いをしない訳にはいかなかった。

 境の森への出発に際して、集まった参加者達の前で博士が概要を説明したのだが、今のように話が脇道にそれていったのだ。

 集まった参加者の九割九分がゲンナリしている中で、唯一目を輝かせていたのが妃であった。支給品を手に取りそそくさと探索に出かける連中が多い中、妃だけは博士の下に赴いて様々な質問をしてくれた訳で、普段白い目を向けられがちな博士としてはこの上ない喜びだっただろう。

 ちなみに支給品はアルミホイルだった。何に使うのか響には分らなかったが、妃曰く頭に被って宇宙人からの精神攻撃を防ぐのに使うのだとか。

 ワクワクしていた妃には悪かったが、アルミホイルは無駄使いせず御桜館に持ち帰る事にした。響の使い魔である燈子なら、これで美味しいホイル焼きを作ってくれる事だろう。

「あんたも私達の事を覚えていたのか?」

「まあね。うちの所長に対して好意的に接する部外者なんか、今まで一人も見た事が無かったからな。しかもそれが、見目麗しい女の子の一団ともすれば印象に残るに決まって……おや?」

 安童の視線は、響の後ろに向けられる。そこにいるのは件の妃と環、そして。

「あ、どうも。彼女達のクラスメイトで檜貝って言います。森の中で彼女達と偶然出会いまして」

 整った顔を破顔させながら自己紹介する男、檜貝。

 森に探索に出た際に一緒だった遼はどうしたのかと言うと、ガン博士の下でUFOに関する技術の勉強中である。

 研究所に戻る際に声を掛けようとも思ったのだが、三原と共に余りにも熱心にミ=ゴ達の仕事ぶりを観察していたため、邪魔したら悪いと思って断念。代わりに暇そうにしていた檜貝を引っ張り出したのであった。

 さて、響達が求めるUFOの鍵はどこにあるのだろうか。

「なあ安童さん。UFO騒ぎ以外で最近何か変わった事は無かったか?」

「ここは堅洲だぞ? 変わり事ばっかりだよ。敷金がやけに安い物件ばかりで嫌な予感がしていたら案の定の事故物件。科学の徒がこう言うのも何だけど、本当に不可思議な事しか起こらなかった。おかげで殆どの所員は気味悪がって研究室で寝泊まりする始末でな」

「……真っ当な物件ないんだよな、堅洲」

 定期的に事故物件の掃除のアルバイトをしている響はしみじみとした様子で言う。

「……そう言えば」

「他に何か?」

「う~ん。身内の事だから部外者に言うのも何なんだけどさ、俺の同僚に有森って男がいてな。そいつの様子が最近変というか何というか」

 何でも、ここ数日間研究室に籠って出てこないのだそうだ。それだけならば何らかの研究に没頭しているのかとも思ったが、通信販売の荷物が届けられた際に部屋の中から現れた彼からはどことなく切羽詰まった感じがしたという。

 加えておかしく感じられたのは、彼の心境の変化だった。

 彼はどちらかというと現実主義者だった。宇宙人やUFOといったロマンを否定こそしないが、存在するかどうかも分からないものを研究するような事はしない質だった。

 それが、ここ数日になってやたらと博士の妄言に付き合うようになったらしい。博士は「有森君も漸く理解できたようだ」と満足げだったが、「科学者としての所長は尊敬するが陰謀論者の所長とは仕事以外で付き合いたくない」とまで言っていた有森の変わりように、違和感を拭い去る事はできなかったそうだ。

「時折届く通販の荷物を取りに来る以外は殆ど外には出てこない。何かに怯えた様子で研究室の鍵を掛けたまま、誰も中に入れようとしないんだ。一体何をしているのやら……と、そろそろ仕事に戻らんとな。君達も気を付けろ。宇宙人の仕業かどうかは分からないが、この堅洲には不可思議な何かがあるのは確かだからな」

 重々承知済みの響達。円陣を組んでヒソヒソと話し出す。

「数日前から様子が怪しくなった。所長の陰謀論を聞き入るようになった。どことなくオドオドしていて部屋の中を探らせない……怪しいさのオンパレードだなこりゃ」

「そのありもりさんがウチュージンさんたちの鍵を持っているのかな?」

「分からん……が、他の連中よりは可能性が高い。仮に所長が持っているとしたなら、あの性格だ。大々的に自慢してくるだろ」

「参加者のどなたかが拾って持ち歩いている可能性はないでしょうか?」

「なくもない……が、仮にそうだとしたら、何で所長に渡さない? 報酬が欲しくないのか?」

「宇宙の神秘に魅了されて、手放すのが惜しくなったとかどうでしょう」

「そんな感性の持ち主なら、最初の説明会でお前みたいに所長の妄想に聞き入っていたはずだろ」

 響が見渡して確認できただけでも、説明会中の参加者達の態度は、校長の長話に辟易している学生のそれであった。

「急に宇宙人の魅力に目覚めたとしても不思議ではありませんわ!」

「はいはい。しっかし、どうやって件の研究室を調べるか……荒っぽくはあるものの方法が無い訳ではないんだが」

「どうやるの?」

「ああ。それはな……」

 響の説明を受けて、環は頭を悩ませる。

「う~ん。できるだけ長く、けんきゅ~しつから人目をとおざける方法かあ……」

「なかなか難しいねえ」

 考え込む一同の中、妃の表情が明るく輝いた。

「思いつきましたわ!」

「あんま期待しないで聞いておくが、どうする気だ?」

「ふっふっふ……」

 自信満々に妃が提案した方法。それは。


 ざわめきが研究所内を満たしていた。

 予期せぬ来訪者は、まるで誰かを探しているかのようにサングラスに隠れた瞳を彷徨わせる。

 男の姿は異様だった。上下共に黒い衣服。室内でありながらも目深に被られた黒い帽子。黒い手袋を嵌め、黒い靴下を履き、黒い革靴が床を鳴らす。肌の色を隠そうとしているのだろうか。首元には黒いマフラーまで巻いていた。

 身体の全てを漆黒で覆い隠した怪しげな男の登場に、所員や参加者達が息を飲む。

 ただ一人、龍門博士のみが凄絶な笑みを湛えて男を見つめていた。

「とうとう来おったな」

「……所長、知り合いですか?」

「ああ、よく知っている。彼奴らがわしらを知るよりも遥かに前からな……」

 参加者一人一人の下へと足を運び、彼らがやり取りしている情報を覗き見ようとする不気味な男の前に、博士が立ちはだかる。

「何かお探しかね?」

『……それは君が良く知っているのではないかね? 龍門博士』

 変声機でも使っているのだろうか、機械音を思わせる不自然な声が返ってくる。

「わしの名を御存じか」

『ああ、よく知っているよ。君達が思っている以上にね』

「その言葉、そっくりそのまま返そうじゃないか。君達の目論見について、聞かせて欲しい所だが……」

『宇宙科学の権威と対話できるとは、光栄の至り。是非、語り明かそうじゃないか』

「うむ。では応接室へ……」

『何もコソコソと隠し立てする必要はあるまい』

 そう言って、黒衣の男はエントランスに備えられた椅子へと腰を掛けた。

『話をするならここでいい……否、ここがいい。彼らとて、私達の話を聞きたいだろうからね』

 遠巻きに男に視線を向ける周囲の参加者達。そんな彼らを一瞥しながら、男は不気味な笑い声を洩らす。

「お優しい事じゃの。我が協力者達に直々に警告しようという訳か。残念じゃが、わし等はそんな脅しには屈せぬぞ?」

『結構。その自信を圧し折ってやるのも、私の仕事故……』

 交差する視線と視線。息を飲む参加者達。今、博士の口から宣戦布告の言葉が紡がれた。


「……マジか。思った以上にうまくいってやがる……」

「でしょうでしょう! いいアイデアでしょう?」

「キサキちゃんすご~い!」

 龍門博士と男の周りは人だかりになっている。誰もが謎の闖入者に目を奪われており、研究室への通路はがら空きになっていた。

 妃の出したアイデア。それは、黒尽くめの衣装を身に纏った檜貝に研究所内で意味ありげに振る舞わせるというものだった。

 魔術と違って宇宙人に関する知識はそれほど持っていない響だったが、妃曰く「あれはMIBの変装ですわ」との事。

 MIB。何でも、宇宙人の目撃情報を抹消して回る怪人物がいるらしい。妃はあの姿ならば、陰謀論者の博士達を引き付けておけると太鼓判を押したのだ。

 実際、効果は抜群だった。博士はもとより、参加者達もそれなりの知識は持っていたらしく、宇宙人を探る自分達に警告しに来た黒衣の男を気味悪げに、恐怖に満ちた瞳で注目している。

 ちなみに檜貝が身に纏う変装セットと変声機は妃の自費である。

 響と共に怪しいアルバイトに精を出しているだけあり、それなりの稼ぎがある妃ではあったが、それでも学生の身としてはかなりの負担だ。

 財閥令嬢である妃であるが、身一つで冒険家から財閥総帥に成り上がった祖父の憧れている彼女は、実家の財力を自分の為にはあまり使いたがらない。堅洲高校の学費こそ払ってもらっているものの、それ以外の自由に使える資金等は社会勉強も兼ねてアルバイトで調達していた。

 そんな真面な金銭感覚の持ち主である妃だが、一方で買うと決めたものに対しては如何に高額でも全く金を惜しまない一面も持っていた。これは財閥の娘だからというよりも、祖父が冒険家として培った経験からくる助言を忠実に守っている為である。

 曰く、「必要と感じた道具なら予算の許す限りいいものを買え。不要な出費を抑えるは倹約だが、必要な出費まで抑えようとするのはただの吝嗇だ」との事である。

 確かに、安物買いの銭失いという言葉がある。安価な道具で済まそうとして肝心なところで不具合を出されたのでは、時として危険地帯にすら赴く事もある冒険家としては致命的な結果を招きかねない。必要経費とあらば支払いに躊躇しないのは、冒険家を目指す妃にとっては当たり前であるようだった。

「さあ、とっとと行くぞ。にわか仕込みの変装じゃ何時ボロが出るか分かったもんじゃないからな」


 地獄のような時間だった。墜落したUFOの周りで繰り広げられる殺戮劇。弾け飛ぶ血しぶきと肉片が、頭の中から離れない。

 崩折れそうになる肉体に喝を入れ、どうにかこの研究室まで逃げ込んだらしい。森からの道程は覚えていなかった。

 何故か手元にある指輪と手記、そして謎の金属片。あの森から持ち帰ったものなのだろうか。

 あれが現実だったとは思いたくもなかったが、震える手で捲った手記は、あの夜の出来事がまごう事なき事実なのだと告げてくる。

 ミ=ゴなるあの異星人の恐るべき企み。犠牲となった人々は、それを阻止すべく動いていたのだ。自らの命を犠牲にしてまで。

 その証拠に、この手記には持ち主に何かがあった場合の対処方法が記されていた。

 宇宙の悪魔に対抗する為の武器。それを完成させるのに必要な素材は、幸いな事にどれもがネットの海の中で手に入る物ばかりであった。

 とは言え、一気にそれを届けてもらう訳にはいかない。奴らはどこから見ているか分からないのだ。少しずつ、いつもの研究に必要な品に紛れさせる形で購入していく。

 もう少しだ。此度の買い物で全ての素材が揃う。後は武器を完成させ、あの異星人共を滅ぼさねばならない。

 死した彼らの意志を継ぐ以外に、目撃者たる自分が生き残る術は無い。最後の材料がカートの中に入っている事を確認し、購入ボタンを押そうとしたその時だった。

 気配を感じて振り返る。

 誰かいる。研究室の前、何者かの影がドアの下の隙間から差し込んでいる。

 影がゆっくりと立ち上がった。人型をしたなにかと目が合う。

 あれは何だ? 理解が追い付かない頭。硬直した肉体。

 小さな人影の目が、爛々と赤く光って……。


 ガチャリと音を立て、ドアが開いた。

 中から現れたのは、小柄な……それこそ、人間の乳児程の大きさの少女だった。

 彼女の名はシオン。響に仕える使い魔の内の一人である。

 シオンは親指を立て、得意げな顔で主人に報告した。

「響! 言われた通りに内部を制圧したぞ!」

「よくやったシオン」

 影に潜り込む事が出来るシオンに頼んで有森の研究室に侵入してもらい、部屋の主を魔眼で昏倒。その後に内部から鍵を開ける。全てはスムーズに進行した。

「じゃあ、妃とタマはここで見張っていてくれ。すぐ戻る」

「おっけ~だよ!」

「気を付けて下さいましね」


 侵入した部屋の中では、一人の男が椅子に座ったまま昏倒していた。この男が有森なのだろう。

 宇宙人達と地球人の血みどろの抗争を目撃して余程追い詰められていたに違いない。安童からは現実的な男と聞いていたのだが、今の彼の頭にはアルミホイルが巻かれている始末である。

 あまり時間は掛けていられない。ざっと周囲を見回してみると、写真に撮られたものと全く同じ形のプレートが机の上に置いてある。グレイ達の落とし物に違いなかった。

 それだけ回収して後にしようと思ったが、開かれた帳面と件の指輪が一緒に置いてあるのに気が付いて、響はその頁にさっと目に通す。

 何とも物騒な事が書き記してあった。ミ=ゴに特攻効果のある毒ガスの作り方らしい。よくよく室内を見てみると、その一角に毒ガスの材料として記された品が纏められていた。一つ二つ、材料が足りない。

 開かれたままのパソコンの画面には、ネット通販の決算ページが開かれていた。まだ注文を終えていないようだ。

 頼もうとしていた物品の中、残りの材料の名前が載っているのを確認すると、響は気絶している有森の頭に手をかざす。

「何するんだ?」

「あの森での出来事に関する記憶を曇らせる。そうすりゃこいつも元に戻るだろ。シオン、お前はその通販サイトの注文物をキャンセルして、無関係な商品を適当にカートにぶち込んどけ」

「消すだけじゃいかんの?」

「それだと何を買おうとしていたか思い出そうとしかねないからな。それより見慣れない商品がカートに入っているのを見て、何でこんな物を買おうとしていたかと考えるように誘導した方がいい」

「あそこの危険物はどうする?」

 纏められていた毒ガスの材料。シオンなら影の中の空間に回収する事が出来るが、響は首を横に振った。

「購入履歴が残ってる。それを全部確認して消去するには時間が足らん。それに、それらを購入しているのを他の所員にも見られているからな。無くなった事に気付かれると不審に思われかねない」

「分かった。んじゃあ、適当に……」

 シオンがパソコンのキーボードを叩き始めるのとほぼ同時に、響は呪文を詠唱し始める。長い文言が口を通り抜ける度、魔力が響の体の中を痛みと悪寒を伴って駆け抜けていく。

 ふう、と一息。呪文を唱え終わった響の額には、大きな脂汗が滴っていた。それを袖で拭うと、机の上のプレートと指輪、そして帳面を手にして、一仕事終えた様子のシオンに手渡した。

 シオンが影の中に回収品を仕舞う中、念の為にと目を通した通販サイトのカートの中はシール付ウエハースだのカード付ポテトチップスだのといった食玩で埋め尽くされていた。

 この毒ガスのレシピの書き写しがまだ室内に無いか不安も残るが、余り長居はしてられない。後は野となれ山となれ。

「よし、ずらかるぞ。ちゃんと鍵を掛けておけよ」

「了解了解! 任せとけって」


 境の森の入り口で響達が佇んでいると、全身黒尽くめの衣装を身に纏った男、檜貝がようやく戻ってきた。

「抜け出すのに随分時間が掛ったな……」

「いやあ、ごめんごめん。宇宙人の女性はどんな存在が理想かについて熱く語っちゃってさ。あの所長さん、超越者的な目線で全てを見通すクールな美女こそが至高っていうんだよ。分かってないよねえ。宇宙から堕ちてきた美少女といえば、地球の文化に興味津々の不思議ちゃんと相場が決まっているってのに……」

 すこぶるどうでもいい対話だったようだ。

「檜貝さん、御苦労様ですわ」

「やるじゃんへっぽこ。お前が皆の目を引き付けてくれたおかげで侵入から撤退まで楽々こなせたぞ」

「お役に立てて光栄の極みだよ、シオンちゃん。ところで、そろそろ元の服に着替えたいんだけどな」

「ほらよ」

 影の中から檜貝の衣服を取り出すシオン。

 茂みに隠れて着替えた後、檜貝はMIB変装セットを手渡した。

 一同がUFOの墜落地点まで戻ってくると、UFOが奇妙な音を立てながら待機していた。

「お帰りなさいませ、皆様」

 雅の出迎えもそこそこに、グレイ達が響の下へと馳せ参じる。

「どうだった? 鍵、あったか?」

「ほらよ」

「おおおおお! ありがとう! マジでありがとう! もうそれしか言葉が見つかんない!」

「まあ、そりゃいいが……UFO、治ったのか?」

『推進機関を弄ってとりあえずは飛べるようにはなった。今は宇宙に飛び立てるだけのマナを蓄えている真っ最中じゃて。それにしても……』

 ガン博士の思念からは、どことなく興奮した様子が感じ取れる。

『遼君。君は本当に凄いのう。こんな僅かな見学だけで、もうUFOの簡単な整備ができるようになりおるとは。色々教えてあげれば、わしらミ=ゴの作った道具の修復も難なくできそうじゃわい』

「来栖。さっきも頼んだが、博士達の助けになってやってくれないか? 博士達の会社では一世代どころではない程前の中古の発掘機材を騙し騙し使っているようでな。優秀な技師は喉が手が出るほど欲しいらしい」

「あはは……」

 照れくさそうに頭を掻く遼であった。

「もう暫くしたら、ようやく宇宙に変えれるよ」

「これで一件落着ってか……後は、と」

 響が影の中から取り出したのは一冊の帳面。有森の研究室から回収した謎の手記だ。

 ミ=ゴを殺す毒ガスの作り方が記されていたそれには、ミ=ゴ達を襲撃した一団の正体が書かれているはずだ。

 有森の手によるものだろう。幸い、重要そうな場所には付箋が貼り付けられていた為、読むのに苦労はしなさそうだった。


 手記の著者、J・ヨネムラの記すところによると、彼らはとあるカルトの団員らしかった。彼らの目的は、ミ=ゴの地球での暗躍を阻止する事らしい。

 曰く、ミ=ゴはカロンなる恐るべき兵器を用いて銀河を支配しようとしているらしく、その為には地球でしか取れない鉱石を必要としているらしかった。

 そんな手記の内容の読み上げに、集まっていたミ=ゴ達はポカンとした様子を見せていた。

『カロン? カノンじゃなくて?』

『銀河支配とか……今時そんな分かりやすい悪役、子供向けの特撮でも見ないだろ?』

 ミ=ゴ達が苦笑交じりの感想を述べあう中、ガン博士だけは何かを考え込んでいるようだった。

『カロン……カロン……はて、確かどこかで聞いた気が……』

『ねえ、ヒビキちゃん。他にはどんなトンチキな事が書かれているの?』

 記述を面白がって聞いていたヤマにねだられ、付箋の張られた頁を捲る響。

「お、こんな事が書いてある」

『なになに?』 

「グレイに関してだな。何々?『グレイとは奴らミ=ゴが生み出した生物兵器であり、有機機械に過ぎない……』だとさ」

 それを聞いて笑い転げるミ=ゴ達とグレイ達。地球人の妄想もここまでくれば立派な娯楽だと言わんばかりである。

 そんな中、ガン博士が思念を上げた。

『おお! 思い出したぞい! カロンといえば、過去にシンという企業が大々的に発表していた新型UFOの事じゃ!』

「マジか? どんなUFOだ? まさか軍用?」

『うんにゃ、れっきとした民生用UFOじゃて。残念ながら、会社と一緒にお蔵入りになったがの』

「何だ、潰れたのか?」

『うむ。とっくの昔にな』

 何でも、シンという企業はかつてはUFO市場を独占する勢いすらあった大手のUFOメーカーだったらしい。

 だった。その言葉が示す通り、時の流れは無常だった。当時は新規のUFOメーカーが乱立する時代。もたらされた新たな風に、しかし伝統に固執するシンは乗り遅れたのだ。

 低迷する経済状況、古臭くて見向きもされないシン製UFO。最早倒産は秒読みとなった彼らは、生き残りをかけた博打に出た。

 伝統に固執する社長を降ろし、幾つもの企業を復活させてきた手腕を持つ若き才子を社長に据えた。彼の下に始まった社運を賭けたプロジェクト。そこで計画された新型UFOこそカロンだったのだ。

「じゃあなんだ? カロンで銀河を支配するってのは……」

『再びUFO市場を一強時代に戻してやろうという意気込みじゃろうな』

「でも、そうはならなかったんだよな」

 カロンが完成していたら、果たしてシン社を救えたのだろうか、それは誰にも分からない。

 彼らの息の根は身内によって止められる結果となった。

 カロン発表の公の場で、調子を良くした新社長は有ろう事か記者会見の場で『グレイなど使い捨ての効く労働機械に過ぎない』と発言し大炎上。

 他人種であるグレイ達を低賃金で雇って重労働を科し、企業を立ち直らせるという彼の手腕が大々的に報道され、大紛糾の末に失脚したのである。

 その騒ぎが大きすぎて、発表会の目玉であるカロンの名は半ば歴史に埋もれる結果となったのだった。

 新たな頭を据えたであろうシン社のその後は、ガン博士も知らないらしい。

 労働者を低賃金なグレイに置き換える為に行われた大規模なリストラ。しかし、肝心のグレイが社長の失言でシン社を見限り自主退職が相次いだのだ。落ち目になったシン社にわざわざ入社しようという者は現れず、深刻な労働者不足に陥ったとはガン博士も風の噂で聞いていた。

 かつて一時代を築き上げたシン。その最後は、誰にも語られずにひっそりと倒産という、何とも侘しいものだったという。

「つまり、だ。このカルトの連中は、シンの社員の言葉を侵略計画と勘違いしてミ=ゴを襲ってるって訳か……」

『ねえトロ……もしかしてこの人達、堅洲に棲み付いている僕らを狙ってやってきたんじゃ……』

『だろうな。そう考える方がUFOの墜落現場にミ=ゴが来るのを予知していたと考えるよりは自然だろ』

 概ねトロの予測した通りだろう。修理センターのミ=ゴ達が襲われたのは全くの偶然。何とも間の悪い出来事だった。

『何とか誤解を解きたいとは思うが……出来ると思いかな、雅殿?』

「難しいでしょうね。この手の方々は、自分が信じたい事以外は信じようとしないものですから」

『じゃろうなあ。とりあえず、この連中の情報を得られたのはこちらにとっては好都合。会社に戻って注意を呼び掛けてもらうとするかの』

「こちらも鯖江道の方々に頼んで動向を注視してもらいましょう。無実の方々に被害が及ぶのは避けなければなりません」


 UFOがゆっくりと浮かび上がる。上昇、下降、右往、左往。重力を感じさせない軽やかな動き。

『どうじゃね? 問題は無さそうかの?』

『順調です! 各種機能もオールクリーン!』

 ガン博士の思念に対し、拡声器を通したグレイの声が返ってくる。

『ヒビキ、どうだった? 俺達のUFOの写真、かっこよく撮れたか?』

「おう、バッチリだ!」

 親指を立てて答える響。妃はUFOが目の前で動く姿に感動しているのだろう、大はしゃぎでカメラを連射していた。

『色々と世話になってかたじけない。いつか必ず恩返しに来るからな!』

『うむ。さっきも言ったが、わし等が行ったのは応急処置に過ぎんからな?』

『重々承知してます。宇宙に戻ったら、真っ先に修理センターに直行するつもりです』

『よろしい。気を付けての』

『それじゃあ、俺達はこれで! 君達にラムの加護が有らん事を!』

 グレイ達がそう口にするや否や、凄まじい速度でUFOは天を昇っていく。

 その光の軌跡を眺めていた響ははたと気付く。

 妃の頭の上に鎮座するチュパカブラ。この怪生物、あいつらについていかなかったのか。

 ミ=ゴと食屍鬼と人間と。各々が帰り支度をする中で、ごく自然な様子で妃の鞄に潜り込んだチュパカブラ。その姿を見て、また御桜館に変な奴が住みつくんだなと諦めにも似た表情で響は再び空を見上げるのだった。

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