ある晴れた日に
ある晴れた日…。
爽やかな風が吹き、さわさわと木の葉の擦れる音の気持ちいい昼下がり。こんなにいい天気の日ならば、どれだけ機嫌の悪い人も笑顔になるだろう。
そう、ただ一人を除いて…。
場所はとある洋館。何年か前までは幽霊屋敷と呼ばれていたこの建物は、一年程前買い手がついたにも関わらず未だにそう呼ばれている。
しかし、変わっていないのは外見だけで内装はかなり快適にリフォームされている。
その一室、いつも彼らが仕事をするときに使う応接間に、この洋館の住人計三名が揃っていた。 ただ、その並びは異様で一番小柄な人影がソファーにだらしなく座り、残り二人が床に正座させられているというものだった。
ソファーに座った少年は、完璧に据わってしまった一対の夕陽色の目を冷ややかに二人に向け、言う。
「さて、説明してもらおうか、庵さん、春姫さん?」
黒髪の方が庵、白に近い金髪をしている方が春姫だ。
二人とも、青い顔をして、体をガクガクと震わせている。
「ぬ、鵺、落ち着いて、話を、しようよ、ね?」
ひきつった笑顔で必死に訴えるが、鵺は聞いてくれない。
「落ち着いてるよ、僕。それより、僕を一人仲間外れにした理由を教えて欲しいなっ!」
ニコッと可愛らしく笑う鵺。何故だろう、部屋が寒くなってきた気がする…。
まだぐちぐちと二人が言いあっているが、そんなことはどうでもいい。
この寒さは異常だ。尋常じゃない。
部屋の壁や床、家具がうっすらと白くなっている。
「おい、おかしいぞ」
「「何が!!今取り込み中!」」
見事に息ぴったり。…じゃなくて。
「いいから聞けってば。この部屋、寒くねぇ?」 春姫が眉間にシワを寄せ、
「それが?」
「いや、それがじゃなくて。寒すぎるだろ?」
やっと納得したのか、部屋の中を見渡す春姫。鵺は部屋のドアや窓を調べている。
「ヤバいですね。完璧に凍ってます。どうする?壊す?」
言ってる顔は無垢な子供だが、言ってる事はデンジャラスだ。首を傾げたので海色の腰まである髪がサラリ、と落ちる…はずなのだが。
「…鵺、髪、凍ってるよ…?」
「…ホントだ。さっき洗って乾かさなかったからかな」
「全く、ちゃんと乾かしなさいと言ったでしょう」
「はいはい、次から気を付けまーす」
「よろしい」
さっきまでの剣呑な雰囲気はどこへいったか。一気に和やかに…。
「ってそうじゃねぇだろ!何で最初にそれ!?もっと他にあるだろ!?」
流石にツッコミを入れると、二人はやれやれと顔を見合わせる。
「もう、ただのジョークだよ。ねぇ?」
「そうそう。ちゃんとわかってるって。」 くいっと眼鏡の位置を調整する鵺。
「やっぱりドライヤーはマイナスイオン入りだよね?」
「そうそう、鵺は髪長いし、ちゃんと手入れしないと、枝毛ができちゃうよ?」
「いや、別にオレはどうでもいいと…」
「どうでもいいとか言わない!一番髪に気を使わなきゃなんないのは庵なんだからね?ホント、凄い猫っ毛なんだから」
そうか、こいつらあれか。わざと話そらしてるよな?何でだ?
と、フザケていた二人の顔色が変わった。それだけじゃない。
空気の流れが変わった…?前を見ると、二人が青い顔をして庵を凝視している。正確には、その後ろを。
「ま、まさか、後ろに誰かいんのか…?」
おそるおそる訊くと、二人はゆっくりと首肯する。これがただの侵入者だったら、間髪いれずに襲いかかっているはずだ。
さぁ、ここで思いだそう、この洋館がもともとなんと呼ばれていたか。きっと二人は予想していたのだろう。
ゆっくり、ゆっくりと振り返る。するとそこには…。
あまりにも薄い、向こう側が透けて見える男が、顔を歪ませて立っていた。
「いっくよーせぇーのっ!!」
庵の場違いな明るい掛け声と共に、ドアに向かって走り出す三人。数メートル前で跳躍し、それぞれの片足を出す。
ガチガチに凍っていたドアは物凄い勢いで倒れ、修復不可能なほどに破壊された。
三人がやけに揃った動きで再び部屋を見る。
すると、さっきより近くに…いた。
一斉に酸素を身体に溜める三人。二酸化炭素と共に出た言葉は、
「出たあああぁぁぁ!!!」 だった。十八歳の男二人と十四歳の少年だとはいえ、怖いものは恐い。 それが世界の理である。
それから数時間が経ち、状況は変わる気配を一向に見せなかった。
「おい、どうすんだよこの状況」
コソッと小声で右隣の春姫に話しかける。
「どうするって言われても…どうする?鵺」
ヒソッとオレの左隣にいる鵺に問いかける。パス1だよ春姫クン。
「さぁ…それ以前にあれは何なの?」 春姫が答えないということは、オレか?
「そうだな…幽霊?」 ボソッと思ったことを口にしてみる。
「そんなものがいると本当に思ってるの?」
鵺から、棘の生えた言葉が来た。
しかしそれに反応したのはオレじゃなくて…
「…でも、幽霊だと考えたら、対処方はあるよね」
春姫が腕を組んで言う。
「対処方?」
「そう。なんか強い恨みがある…とか。」
「それを知ってどうしろと?」
真面目に考え出したオレ逹を見て、鵺が面倒くさそうに口を開く。
「もう、その、何、恨み?みたいなのを、解決してやればいいんでしょ」
スッと軽やかな動きで立ち、ドアを開く。
「あ、今、クローゼットの中だから」
「へ?鵺、誰と話してんだ?」
その質問に見向きもせず、出ていってしまう。
「ほら、早く。出てきなよ」
「ちょっと待て…鵺後ろっ」
「は?」
鵺の後ろにいたのは数時間前に見た幽霊(?)。そいつが、鵺の頭に両腕を伸ばす。
そして…………触れた。鵺がピクッと動いたかと思うと、そのまま床に崩れ落ちる。
「鵺っ!!どうした?」
「待って、庵。様子がおかしい」
駆け寄ろうとした庵を春姫が止める。
カッ、カッ、カッ、カ…時計の音がやけに大きく聞こえる。
「フッ……あははははは、はははっっ!」
身体をガクガクと震わせながら腹を抱えてワラう鵺。やっと溶けてきてぐっしょりとした髪を鬱陶しそうに払いのけながらユラリ、と立ち上がる。
「ギヒッ、この身体はァ、この俺様が頂いたぜェ!?さァて、どっちから料理しちゃおっかなァ!?」 顔を歪ませ、下品にワラう、鵺。いや、鵺ではなくさっきの幽霊…でも身体は鵺だから…。
「庵、余計なこと考えない。来るよ」
ピシャリと春姫にたしなめられ、、頭を戦闘モードに切り替える。。
そして鵺は、腰を低くし、こちらへと攻撃を仕掛けた。
右アッパー、回し蹴り、一歩後退して跳び蹴り…、再び右…。
庵は鵺の動きを目で追う。なぜ、そんな悠長なことをしていられたかというと……。
「へ!?何で自分だけに!?」
鵺が、春姫だけに向かって連続攻撃を繰り出していたからである。
身体を操られているとはいえ、もともとの身体能力が高い鵺だ、かなり手強い。
……何で、あいつは春姫ばかりを狙ってるんだ?
「おい!なんで自分しか狙わないんだよ!!」
「なんでだってェ?アンタの方が弱そうだったからさァ?」
「はっ!何を根拠に」
「ギヒヒッ、俺様は乗っ取ったヤツの記憶を見れんだよォ?こいつの記憶だと、あんたは魔術師だ。魔術師っつーやつは、体術が苦手なヤツが多いんだよなァ」
「ふぅん……?」
スッと春姫の両目が細められ、黒曜石の瞳が怪しい光を湛える。
物凄いスピードの左アッパーが鵺の顎を捕らえた。ゴプ、と鵺の口の端から赤黒い液体が溢れる。
それを確認した春姫はチロリと唇を舐め、高らかに言い放つ。
「自分が体術に弱い?鵺の記憶から?つまり、常日頃、その身体乗っ取られているバカガキは、自分のことを弱いって思ってるということだよね……?」
反撃しようとしていた鵺の動きが止まる。
「…どうしたァ?なぜ動かないィ?」
「お、おい…早くそこから逃げた方が…」
春姫のあの顔と話し方はヤバい…あれは相当頭にきてるな。
「そろそろ飽きたし、もういいよね…?」
「な、にがだ!このヤロ…」
春姫の作り笑いが一度消え、本来の酷薄な笑みが表れる。
人間だということを忘れそうになるほどの、ダッシュ。正面から、と思いきや天井を蹴り鵺の背後へ。後ろから手刀を打ち、昏倒させる。
「ふぅ」
「…お疲れ。相変わらず、鮮やかなお手並みで」「んー、そうかな?やっぱりちょっと鈍ってたかな」
あれで…。鵺、可哀想に。
それからオレ逹は鵺を椅子に縛りつけて、ほどけないことを確認してから肩を揺さぶって起こした。
「あん?なんだ…?」
「やぁ、幽霊さん、で合ってるよね?」
「ああ、そうだ、俺様は幽霊だ」
もっと抵抗すると思ったが、やけに素直だな。よくよく見ると、目に怯えの色が浮かんでいる。「自分は優しいから、死に際くらい選ばせてあげるよ。どうされたい?」「やっ、ちょっ、ちょっと待っ」
ジロ、と春姫が鵺を睨む。鵺は小柄な身体をさらに縮こませて、涙目で春姫を見上げる。
「み、見逃してくれよォ、頼むからさァ」
「あ゛ー?聞こえないな」
春姫…それじゃ悪役みたいだよ…。
いつもの彼からは想像出来ない鬼のような笑顔で、言う。
「…冗談は置いといて。」
「ってお前本気だったろ!!」
叫ぶとキョトンとした顔でこっちを見てくる。「え?この程度で自分が本気を出すとでも?と、そろそろ教えてくれない?どうして鵺に憑いてるの」
「す、すまねェ!許して」
「え、聞こえないなぁ?誰が命乞いをしろと言った?」
「す、すみません…これは俺様の本意じゃねェんだよ!頼むよ…じゃねぇと俺様…」
そこで言葉が切れる。鵺は血走った目で二人を見、乾いた唇から音を絞り出す。
「殺されちまうよォ」
そう呟き、ワラう。まるで自分を見失ったように。ただひたすら、ワラい続ける。まるで、何回も同じテープを聴いているかのように同じワラい方。 彼は延々とワラい続け、やがてぐったりと、糸の切れた人形のように、ワラうのを止めた。
「…は…き…ん、…おりさ…?」
「鵺っっ!?」
数時間ぶりの鵺はやつれていて、青白い顔をしていた。まるで病人だ。「なんか…身体中が痛いんだけど…」
もんの凄い勢いでそっぽを向く春姫。
「春姫さん?どうしたの…?」
「いや、別に。それより、無事でなによりだよ」 ジトーっと春姫を半眼で見つめる鵺。
視線はやがて春姫の手へと落ち、天使の微笑みを浮かべる。
「ねぇ、ぼく口の中が切れてるんだけどね」
「…………」
「その手に付いてる血痕は誰のだろうね?」
春姫も負けじと笑みを浮かべる。ああ、これは…第2ラウンド開始だな…。
ある晴れた日の夕方。どうしてこんなにいい天気の日に喧嘩なんかするのだろうか…。 庵はただ、時が経つのを待つしかなかった。
…結局あのゆうれいみたいのはなんなんだ、というラストになってしまいました。
話を続けていくうちに謎が明らかになる予定です。
えー次がいつになるのかは気分次第。
庵は救われるのか!