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一章:復讐者の誕生

修正中のため急遽内容変更する可能性あり

春の柔らかな日差しがエルグレイン城の窓から差し込む頃、数日の静養を経て、テオドールは徐々に体力を回復しつつあった。彼の頬にも血色が戻り始め、瞳にも力強さが宿り始めていた。かすかに残る傷跡は今も痛みを伴ったが、それは彼の決意をさらに固めるものでしかなかった。


アルフレッド王の命により、約束通り剣の師範がエルグレイン城に到着した。その男の名はレオポルド。王国中で名を知られる剣士であり、数々の戦場でその剣技を振るい、数多の英雄を育てた人物だった。彼の名は伝説となり、その技は民謡にも歌われるほどだった。


晴れ渡った午後、王は自らテオドールの元に現れ、師範の到着を知らせた。アルフレッド王は青と金の刺繍が施された正装に身を包み、その威厳ある姿はテオドールに安心感を与えた。


「テオドール、君の望んだ剣の修行のために、最高の師範を連れてきた。レオポルドだ。」王の声は穏やかでありながらも、確固たる自信に満ちていた。「彼の指導のもとで、君はさらなる強さを手に入れるだろう。」


王の言葉に、テオドールの心は高鳴った。彼は起き上がり、体を正して王に感謝の意を示した。まだ完全に回復していない体に鞭打ちながらも、彼の顔には期待と緊張が交錯していた。


扉が開き、レオポルドが現れた。彼は50代半ばの男性で、身長は平均よりもやや高く、肩幅の広い体格に筋肉質な体つきをしていた。数々の戦いで鍛えられた体は、年齢を感じさせないほどの強靭さを保ち、その立ち姿は堂々としていた。


レオポルドの顔には多くの戦場を経験した証である傷跡が数本あり、その一つは右眉から頬にかけて走っていた。しかし、それが彼の風貌に威厳を添えこそすれ、恐怖を与えるようなものではなかった。彼の鋭い灰色の瞳は、多くを語らずとも周囲を見通すような鋭さを持ち、短く整えられた髭と髪には白いものが混じっていた。


彼は飾り気のない深緑色の上着と、黒のズボンという実用的な服装で、腰には長年の相棒である剣を下げていた。その剣の柄は何度も握られ、使い込まれた跡が見えたが、手入れは行き届いており、主人の剣への敬意を感じさせた。


レオポルドはテオドールに向かって深く一礼し、言葉少なに「よろしく頼む」と静かに言った。その声は低く落ち着いており、多くを語らない人物であることを感じさせた。しかし、彼の瞳には強い決意と共に、テオドールに対する敬意も込められていた。彼は単なる子供ではなく、一人の未来の戦士として、テオドールを見ていることが伝わってきた。


テオドールはその礼に応えるように、まだ完全には治っていない体を持ち上げ、彼に向けて力強く頷いた。その瞬間、レオポルドの目が僅かに細まり、彼の中に何かを見出したような表情が一瞬だけ浮かんだ。


レオポルドは短く頷き返すと、さっそく剣の修行を始める準備を進めた。彼の素早く効率的な動きには無駄がなく、長年の経験から生まれた所作だった。これから始まる過酷な修行の予感が、静かな部屋に漂っていた。


翌日、城の東側にある訓練場で、テオドールの剣術修行が始まった。朝露が残る早朝の光の中、テオドールは木製の練習用剣をしっかりと握りしめ、レオポルドの指導に従って、剣術の基本動作を繰り返し練習していた。


「足の位置を直せ。重心を低く。相手の動きを予測し、常に準備を怠るな。」レオポルドの指示は簡潔で的確だった。


まだ完全に癒えきっていない体ではあったが、テオドールの動きには確かな鋭さと、剣士としての素養が垣間見えていた。彼の動きは初心者にしては驚くほど洗練されており、父から教わった基本が体に染みついていることが窺えた。


レオポルドは腕を組んでその姿をじっと見つめ、テオドールが並外れた才を持っていることを一瞬で見抜いた。彼の目がわずかに細められたのは、その才能を感じ取った瞬間だった。テオドールの剣さばきには、単なる模倣や機械的な動きを超えた、本能的な理解が垣間見えた。


「もっと流れるように。剣は体の延長だ。考えるな、感じろ。」レオポルドは時折、短い言葉でテオドールを導いた。


テオドールは汗を流しながら、何度も同じ動きを繰り返した。彼の青い瞳には強い決意が宿り、その集中力は驚くべきものだった。時折、痛みで顔をしかめることもあったが、彼はそれを押し殺し、黙々と練習を続けた。


しかし、レオポルドの鋭い眼は、テオドールの手がかすかに震えていることにも気づいていた。彼の動きが滑らかでありながら、その剣を握る指先には、何かが囚われているかのような微細な震えがあった。それは一瞬の躊躇、わずかな迷いのような、目立たないがしかし確かに存在する不安定さだった。


レオポルドはその震えが、単なる肉体の疲労や力不足によるものではなく、精神的なものだと確信した。長年の経験から、彼は多くの若き戦士たちの内面を見抜いてきた。テオドールの目に浮かぶ陰り、その手の震え、それらは彼が内面で戦っている証だった。


テオドールの心の中には、あの恐ろしい夜の光景が今も焼き付いていた。燃え上がる炎の中で、自分の家族が次々と命を奪われたあの日。紅蓮の炎が家を飲み込み、ヴォルフの冷酷な笑み、両親の無残な姿—その記憶が、彼の心の奥底に深く刻まれており、その悲しみと恐怖が、まるで冷たい鎖のように彼の体を縛りつけていた。


剣を振るたびに、あの夜の映像が脳裏に蘇る。剣を強く握っているはずなのに、手は徐々に力を失い、まるでその剣が重荷のように感じられていた。それは無力感の具現化、あの夜の恐怖の再来だった。


「家族を守れなかった…」


その思いが、テオドールの心に何度も突き刺さり、痛みと恐怖が手の震えとして表れた。剣を握る手が自分の意思とは裏腹に震えるたび、あの夜の絶望と無力感が彼の心を再び襲ってくる。汗は単なる肉体的な疲労からだけでなく、内面の葛藤からも生まれていた。


レオポルドは無言のままテオドールを見つめていた。彼は経験豊富な剣士であり、弟子たちが技術を超えて内面の葛藤と戦う姿を何度も見てきた。若き日の自らもまた、同じような恐怖と戦った記憶があった。そして、それが特に新たに戦士の道を歩もうとする者にとって、避けて通れない道であることを知っていた。


だからこそ、レオポルドはあえて何も言わず、ただじっとテオドールがその瞬間をどう乗り越えるかを見守った。言葉ではなく、自分自身でその恐怖を打ち破る必要があることを、レオポルドは熟知していたのだ。彼の沈黙は、単なる無関心ではなく、テオドールへの尊重と期待を含んでいた。


テオドールは、自分の心の中で何が起こっているのか理解しようとしていた。心臓は鼓動を早め、額には冷や汗が浮かび、体は次第に重くなっていくように感じられた。彼は深く息を吸い、体中に力を込め直して剣を握り直す。しかし、どれだけ心を落ち着けようとしても、指先の震えは止まらない。その震えはまるで彼の内なる不安と恐怖が物理的な形を取って現れているかのようだった。


レオポルドは、静かにその震えを見つめ続けた。彼の目には厳しさと共に、どこか理解を示すような温かさもあった。訓練は一時間以上続き、テオドールの体力は限界に近づいていた。しかし、彼の心の葛藤はますます強くなるばかりだった。


そして、ようやくレオポルドは口を開くと、彼の声は冷静かつ穏やかだった。


「テオドール、無理をしてはならぬ。」


その言葉は、厳しさや失望を含んでいるわけではなく、むしろ温かささえ感じさせるものであった。テオドールが自らを責めすぎないよう、あえて優しく促すような声だった。レオポルドの表情は変わらず厳格だったが、その目には理解の色が浮かんでいた。


「君には、もしかすると剣の道ではない別の道があるかもしれない。」


レオポルドの言葉は、テオドールの心に鋭く突き刺さった。彼は一瞬、剣を握る手を止め、師範の顔を見つめた。その目には疑問と戸惑い、そしてどこか反発のような感情が浮かんでいた。彼にとって、この言葉は、自らが追い求めていた復讐と、剣士としての道を否定されたかのように感じられたからだ。


剣を降ろすことは、両親への誓いを放棄するように感じられた。彼の心は混乱し、迷いと抵抗が入り混じっていた。


「私は…」テオドールは言葉を詰まらせたが、再び震える手を握り直し、無理にでも剣を持ち上げようとした。彼の顔には汗が流れ、痛みと疲労が刻まれていたが、目には強い決意が宿っていた。「私は、この剣で両親の仇を討つと誓いました。今さら、他の道など考えられません。」


その言葉には、自分自身に対する強い固執と、自分の心を奮い立たせようとする強烈な意志が込められていた。テオドールの声は震えながらも、その奥に秘めた炎のような熱意が感じられた。彼は死んでも剣を離すまいと、その握りを強めた。


しかし、レオポルドはその言葉を受け止めながらも、冷静にテオドールを見つめ続けた。彼の目には厳しさだけでなく、どこか哀しみのような感情も浮かんでいた。


「剣は、ただ振るえばいいというものではない。」レオポルドは言葉を慎重に選びながら続けた。彼の声は低く、落ち着いていたが、その言葉一つ一つには重みがあった。「心が伴わなければ、君の剣は無力だ。恐怖に囚われたままでは、戦場で生き延びることはできない。」


彼は一歩前に進み、テオドールの肩に手を置いた。その手は温かく、力強かった。「剣は恐怖を抱える者の手からは離れていく。それは君を守るためだ。」


レオポルドの言葉は厳しかったが、真理を突いていた。テオドールはその言葉を胸に刻みつつも、自分の心の中にある葛藤と向き合わざるを得なかった。彼は両親を失った悲しみと、自らの未熟さに対する苛立ちの中で、どうすればこの感情を乗り越えられるのかを模索していた。


その瞬間、彼は剣を握る手の震えが止まらない理由をはっきりと自覚した。恐怖と悲しみ、そして絶望が、今の自分の限界を形作っていることを理解したのだ。彼は見つめる目を伏せ、深く息を吐いた。


レオポルドはテオドールの表情に現れた小さな変化を見逃さなかった。彼は弟子がこの瞬間に何を感じ、何を考えているのかを理解し、静かに言った。「まずは心を鍛えることだ、テオドール。剣技はその後だ。」


その言葉は、テオドールにとってこれからの道を照らす指針となるだろう。彼は震える手をもう一度見つめ、少しずつではあるが、その震えを止めようと深い呼吸をした。彼の心には混乱と共に、レオポルドの言葉から生まれた新たな気づきが芽生えつつあった。


アルフレッド王は、テオドールの剣を握る手の震えを見て取ると、レオポルドの報告も考慮し、剣の道ではなく別の可能性を探るべきだと考えた。王はテオドールの未来を真剣に考え、彼の才能を活かすための最善の道を模索していた。


熟考の末、王は宮廷の魔法使いを呼び寄せることにした。その人物は王国で最も優れた魔法使いの一人であり、テオドールの潜在的な才能を見極めるために招かれたのだった。王は使者を派遣し、魔法使いの来訪を待った。


数日後、王城の一室に、白い長髪を背中に流し、鋭い青灰色の眼差しを持つ老魔法使いフィルスが静かに現れた。彼は70代の老人だったが、その姿勢は真っすぐで、動きには活力があり、長年の訓練から得た精神的な力強さを感じさせた。


フィルスの漆黒のローブには、古代の魔法紋が金糸で精緻に刺繍され、光を受けて微かに輝いていた。彼の首からは複数の護符や魔法の道具が下がり、腰には魔法書を収めた皮の鞄が結ばれていた。その全体の佇まいは、威厳と歴史の重みを感じさせる風格を漂わせていた。


フィルスは、テオドールの前に立つと、その鋭い目で彼をじっと見つめ、まるで彼の内面を探るように観察した。彼の視線はテオドールの体を隅々まで見渡し、時折頷いたり、眉をひそめたりしながら、何かを感じ取っているようだった。


「テオドール殿、」フィルスは低く、落ち着いた声で告げた。その声には年齢を感じさせる枯れた響きがあるものの、力強さは失われていなかった。「あなたはおそらく魔法の才能があります。それも、かなり強力な才能です。」


彼は髭をなでながら、さらに続けた。「しかし、その力がどのような属性に属するかをまず見極めることが肝要です。それによって、あなたがどのような道を歩むべきかが決まるのです。」


テオドールは驚きと戸惑いを隠せなかった。自分が魔法の力を持っているなど、これまで考えたこともなかったのだ。魔法と言えば、古い伝説や物語の中の存在、あるいは特別な血筋を持つ者だけが扱えるものだと思っていた。しかし、アルフレッド王が信頼する魔法使いの言葉に、少しずつその可能性を受け入れる心構えができつつあった。


「魔法の…才能ですか?」彼の声には困惑と共に、かすかな希望も含まれていた。「私にはどんな力があるのでしょうか?」


フィルスは微笑み、「それを見極めるためにここにいるのです」と答えた。彼は手を広げ、「それでは、始めましょうか」と促した。


フィルスは、テオドールを厳かに飾られた祭壇のような場所へと導いた。その部屋は城の東塔の最上階にあり、大きな窓からは遠くの山々と青い空が見え、自然の力を感じることができた。空気は少し冷んやりとしており、部屋全体には魔法の力が満ちているような独特の雰囲気が漂っていた。


中央にある古代の石で作られた円形の台座は、何世紀も前から存在するかのような古さを感じさせ、その表面には不思議な文様が刻まれていた。台座は神秘的な雰囲気を漂わせ、周囲には七つの宝石がそれぞれの属性を象徴する色で輝いていた。風を表す透明な水晶、火を表す赤いルビー、土を表す褐色の琥珀、雷を表す黄色いトパーズ、水を表す青いサファイア、光を表す白いダイヤモンド、そして闇を表す黒曜石——それぞれがこの世界の根源的な力を表している。


「ここに立ち、心を静めてください。」フィルスは柔らかく、しかし力強く指示した。彼の指先からは微かな青い光が放たれ、空気中に魔法の力が広がっていくのを感じた。「あなたの中に宿る力を感じ取り、心に最も強く浮かび上がるイメージに集中するのです。そのイメージこそが、あなたの魔法の源を示してくれるでしょう。」


テオドールは緊張しながらも、台座の上に立った。石の冷たさが足裏から伝わり、不思議な力が体内を流れ始めるのを感じた。彼は目を閉じて深い呼吸を繰り返した。彼の心はまだ混乱していたが、フィルスの落ち着いた声に従い、徐々に心を鎮めていった。


初めは何も感じなかったが、やがて彼の意識は変化し始めた。まるで体が軽くなったように感じ、周囲の空気の流れや、微かな音、匂いなど、通常では気づかないような感覚が鋭敏になっていった。彼の心は次第に静まり、内なる感覚に集中していった。


そして、頭の中に浮かび上がったのは、燃え盛る炎の光景だった。家が炎に包まれ、両親を奪ったあの惨劇——それが彼の記憶の中で鮮明に蘇った。炎の熱さ、立ち込める煙、その破壊力の全てが、まるで現実のように彼の感覚を支配していた。


しかし、今回は恐怖だけではなく、炎の中に宿る力強さ、美しさ、そして生命力も感じ取れた。炎は破壊するだけでなく、浄化し、再生をもたらす力でもあることを、彼は本能的に理解し始めた。


その瞬間、台座に埋め込まれた赤いルビーが、まるで呼応するかのように強烈な光を放ち始めた。その輝きは次第に増し、やがて部屋全体を照らすほどの強さとなった。赤い光が部屋を染める中、フィルスは静かにその光景を見守り、深く頷いた。彼の表情には、驚きと敬意、そして少しの懸念が混ざり合っていた。


「やはり、あなたは炎の属性を持つ者です。」フィルスは静かながらも重みのある声で言った。彼の目は輝くルビーから、テオドールに移り、その姿を新たな目で見つめているかのようだった。「そして、その力は並の者ではありません。非常に強大な炎の力を秘めています。このような反応を示す者は滅多にいません。」


テオドールはまだ目を閉じたまま、フィルスの言葉を聞きながら、自分の中に眠る力が目覚めつつあるのを感じていた。炎のイメージはただの記憶や悪夢ではなく、自らの内にある力の象徴だったのだ。彼の体は微かに震え、内側から温かい力が湧き上がるのを感じていた。


フィルスはさらに続けた。「通常、魔法の覚醒は10歳前後で起こるものですが、あなたの場合は特別です。強烈な体験——両親を失った悲しみと恐怖が、あなたの力を早期に覚醒させたのでしょう。そして、それが炎として具現化しました。」


彼は台座を一周し、七つの宝石を一つ一つ確認しながら話を続けた。「炎の力は最も原始的で、情熱的な力です。それは破壊をもたらすこともあれば、生命と再生の源泉ともなりえます。あなたの魂は、その両面と深く結びついているのでしょう。」


テオドールは、その言葉を聞きながら、少しずつ自分が炎を恐れるのではなく、制御すべきものだと感じ始めていた。あの夜の炎は、確かに破壊的だったが、今の彼にとってはその力を使いこなすことが、生きる意味を見出すための鍵だと悟りつつあった。彼は深く息を吸い、ゆっくりと目を開いた。


フィルスは彼の表情を見て、理解を示すように頷いた。「しかし、その力は未熟です。あなたには炎の魔法を扱うための訓練が必要です。」フィルスは言葉を選びながら、テオドールの顔を見つめた。「力を制御できなければ、あなた自身が炎に飲み込まれてしまうでしょう。だが、訓練を積めば、その力を真に自分のものとして使いこなすことができるはずです。」


彼の言葉には警告と励ましが同時に含まれており、テオドールの心に深く刻まれた。炎の力は諸刃の剣であり、使い方を誤れば自らを滅ぼすことになる。しかし同時に、その力は彼の運命を切り開く可能性も秘めていた。


フィルスは一歩前に進み、テオドールの肩に手を置いた。「これからの修行は険しい道のりとなるでしょう。炎の魔法は強力ですが、それだけに制御も難しい。しかし、あなたにはその素質があります。私がしっかりと導きますので、安心してください。」


テオドールは目を開き、フィルスの言葉に深く頷いた。彼の青い瞳には、新たな発見への驚きと、未来への決意が宿っていた。自らの中に眠る炎の力を受け入れ、それを制御するための修行に身を投じる覚悟が固まった瞬間だった。


数日後、テオドールは強い決意を胸に、謁見の間でアルフレッド王の前に立っていた。朝の光が大きな窓から差し込み、部屋を明るく照らしていた。王は玉座に座り、その横にはリディア姫の姿もあった。彼女はテオドールを見つめ、その目には心配と励ましの色が混ざっていた。


テオドールはしっかりとアルフレッド王の前に立ち、静かに口を開いた。彼の声は以前のか細さは消え、明確さと意志の強さが感じられるようになっていた。


「陛下、私は魔法を学び、そしてその力を使って両親の仇を討ちたいのです。あの日、炎に包まれた家族を救えなかった自分を許せません。その復讐が、私の生きる意味です。」テオドールの声は震えながらも、内に秘めた決意の強さが感じられた。彼の目は真っすぐに王を見つめ、その姿勢は堂々としていた。


アルフレッド王は一瞬目を伏せ、考え込むように唇を引き締めた。彼はゆっくりと息をつき、優しさと重さを含んだ目でテオドールを見つめる。王はテオドールの心にある復讐心を理解していたが、その道がどれだけ危険で、心を蝕むものかも知っていた。彼はかつて、同じ道を歩んだ者たちが、いかに自己破壊に至ったかを目撃してきたのだ。


「テオドール…」王は重々しい声で言葉を紡ぎ始めた。彼の声には深い思慮と、若き魂への心配が込められていた。「その決意を否定するつもりはない。君が家族を失った苦しみは、私には計り知れないものだろう。そして、君が力を求め、正義を追い求めることも理解できる。」


王は玉座から立ち上がり、数歩前に進んでテオドールの近くに来た。彼は少年の肩に手を置き、その温もりと重みが、王の言葉に説得力を与えた。


「しかし、覚えておいて欲しい。復讐は心に深い傷を残すだけだ。仇を討ったとしても、その虚しさが君を襲うだろう。何もかもが終わった後、その心に何が残るか、考えて欲しい。」


アルフレッド王の目には、過去の経験から来る知恵と悲しみが浮かんでいた。彼はテオドールの顔をじっと見つめ、彼の魂が感じている痛みと怒りを理解しようとしていた。


テオドールは目を見開き、王の言葉に戸惑いを感じていた。彼の幼い心には、復讐が終われば、それで全てが解決すると信じていた。両親の敵を倒せば、この胸の痛みが和らぎ、心が平穏を取り戻せると思っていた。しかし、王が語る未来は自分が考えていたものとは違っていた。その違いに、彼は混乱し、言葉にすることができなかった。


アルフレッド王はその黙った表情を見て、優しく微笑んで続けた。彼の声には、年長者の知恵と父親のような温かさが混ざり合っていた。


「君はまだ若い。復讐だけが生きる意味ではないんだ、テオドール。君はもっと多くのことを学び、見つけることができる。」王は少し間を置き、テオドールの表情を見守った。「だから、君には11歳になった時、王国の魔法学校に入学して欲しい。そこでは、魔法だけでなく、人生に必要な多くのことを学べる。君の力を、ただ復讐のためだけではなく、新しい未来を築くために使って欲しい。」


王の言葉には、テオドールの将来を本気で案じる気持ちが込められていた。彼は王として、また人間として、この少年が単なる復讐に人生を費やすのを見たくなかった。彼の中には、より大きな可能性と未来があることを感じていたからだ。


テオドールは王の言葉に一瞬戸惑いを感じたものの、彼の心には新しい希望が芽生え始めていた。魔法学校という言葉は、彼にとって未知の世界を開く鍵のように思えた。それは、単なる復讐の道具としてではなく、自分の中の力を真に理解し、成長させる場所かもしれなかった。


しかし、それでも両親の仇を討つという思いは消えなかった。あの夜の恐怖と喪失感は、彼の心の奥深くに刻まれており、簡単に忘れることはできなかった。彼は、どうしてもその願いを叶えたいという思いを抱えたまま、再び王に向き直る。


「陛下…」テオドールは再び口を開き、声を震わせながらも言った。彼の青い瞳は真摯な光を放ち、その中には迷いもあれば、決意も浮かんでいた。「復讐の虚しさ、陛下のおっしゃることは分かります。しかし、私はどうしても両親の仇を討たなければ、自分が前に進めない気がします。両親を失ったその瞬間が、私の心の全てを支配しているのです。どうか、そのためにも力をつけさせてください。」


彼の声は小さいながらも、その言葉一つ一つには重みがあった。テオドールの心は揺れながらも、王に対して正直な気持ちを伝えようとしていた。


アルフレッド王は、テオドールの強い意志を感じ取ると、深く頷いた。彼の目には、若者が抱える苦悩が痛いほどに映っていた。彼自身もまた、かつて同じような葛藤を抱えていたからだ。彼は若き日に戦場で親友を失い、復讐に心を奪われた時期があった。その経験が今、テオドールを理解する助けとなっていた。


「わかった、テオドール。」王は静かに答えた。彼の声は穏やかでありながらも、確固たる決意を感じさせた。「君が望むのなら、復讐のために力を磨くことを許そう。フィルス卿の下で、魔法の訓練を受けることを認める。」


テオドールの顔に安堵の色が広がり、彼の体からは緊張が少し解けていくのが見えた。


王はさらに続けた。「しかし、覚えておいてほしい。力を持つ者には、それを正しく使う責任がある。復讐の後、君自身がどのように生きていくのか、しっかりと考えなければならない。そして、その時、君が迷わず前を向いて生きていけるように、私たちは君を見守り、支えるつもりだ。」


その言葉に、テオドールは少し驚いた。自分の復讐の道を王が許し、支えるとまで言ってくれたことが、彼にとっては思いがけないものだった。それは単なる許可ではなく、彼の人生全体を考慮した上での決断だった。テオドールはこの王の懐の深さと、自分への信頼に、胸が熱くなるのを感じた。


「ありがとうございます、陛下。」テオドールは深く頭を下げた。彼の目には感謝の涙が浮かんでいた。「私は、王国のためにも、そして自分のためにも、強くなります。そして、いつか必ず…黒狼団に復讐を果たし、この国の平和を取り戻します。」


アルフレッド王はテオドールの言葉を聞き、静かに微笑んだ。彼の瞳には、この若き魂の未来への期待と心配が混ざり合っていた。


「そうだ、テオドール。君はまだ若い。復讐以外にも、君には多くの道がある。君の両親も、君が幸せを見つけることを願っているはずだ。」


王はテオドールの頭に優しく手を置き、その温もりが父親のような愛情を伝えていた。「さあ、これからの道のりは長い。まずは基礎から始めよう。フィルス卿、彼の訓練をよろしく頼む。」


フィルスは深く頭を下げ、「かしこまりました、陛下。私の全てを注いで、彼の才能を開花させてみせましょう」と答えた。


リディア姫も、静かにテオドールを見つめ、彼に向かって小さく、しかし温かな微笑みを浮かべた。彼女の青い瞳には、友としての励ましと、何か言葉にできない感情が宿っていた。


テオドールはこうして、炎の魔法使いとしての第一歩を踏み出した。彼の心には復讐の炎が燃え続ける一方で、王とリディア姫、そしてフィルスの存在が、新たな光として彼の未来を照らし始めていた。


彼の道のりは始まったばかり。試練と成長、そして真の強さを見つける旅が、ここから始まるのだった。


復讐者の誕生——それは終わりではなく、真の旅の始まりだったのだ。

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