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一章:アルフレッド王との邂逅

修正中のため急遽内容変更する可能性あり

テオドールがエルグレイン城の一室で、リディア姫の看病を受けている最中、城の廊下から重厚な足音が響いてきた。その音は堅固な石造りの床を打ちつけ、規則正しく、堂々としており、まるで城全体に威厳をもたらしているかのようだった。伴う鎧のわずかな金属音と、取り巻く従者たちの軽い足音が混ざり合い、城の静寂に独特のリズムを刻んでいた。足音の主が通り過ぎる度に、廊下の松明が微かに揺れ、その炎が作り出す影が壁の上で踊っているかのようだった。


足音は次第に近づいていき、テオドールの部屋の前で停止した。廊下に立ち並ぶ衛兵たちが敬礼し、その気配から、通常の訪問者ではないことが明らかだった。衛兵たちの鎧がこすれ合う音、剣の鞘が腰に当たる鈍い音、そして敬礼の際の一斉の動きから生じる緊張感が廊下に満ちた。やがて、部屋の重厚な扉がゆっくりと開かれ、蝶番が軽く軋む音が静かな部屋に響いた。その音は古い城の歴史を感じさせる独特の響きで、何世代もの王族や貴族たちがこの同じ音を聞いてきたのだろうと思わせた。


扉の向こうに立っていたのは、蒼と金を基調とした豪奢な衣装に身を包み、胸には王国の紋章が刻まれた王冠を頭に戴く、この王国の最高権力者であり、偉大なる君主、アルフレッド・ファークス王その人だった。王の衣装は最高級の絹と金糸で織られ、その一針一針が熟練の職人の技を物語っていた。胸元の紋章は、エルグレイン王国の象徴である鷹と剣が、複雑な文様の中に組み込まれており、太陽の光を受けて金色に輝いていた。


アルフレッド王は50代半ばで、かつての戦場での栄光を思わせる逞しい体格と、年齢を重ねた英知を感じさせる深い皺が共存する顔立ちをしていた。彼の顎には短く整えられた灰色の髭があり、その口元には厳格さと優しさが同居していた。数々の戦場と宮廷政治を生き抜いてきた経験が、その顔の一つ一つの線に刻まれていた。彼の鋭い灰色の瞳は部屋を素早く見渡し、状況を把握した。長い統治で鍛えられた観察力が、彼の一挙手一投足に表れていた。その眼差しは鋭く、しかし温かみがあり、特に病床のテオドールに向けられた時には、父親のような心配の色が宿っていた。


王は厳かに部屋に入り、従者たちを扉の外に待機させた。彼の姿からは重々しい威厳が滲み出ていたが、娘であるリディア姫と病床のテオドールに向けられた眼差しには、深い愛情と心配の色が混ざり合っていた。王が一歩踏み出すたびに、床がわずかに揺れ、部屋の空気さえもが彼の存在に反応しているようだった。


「リディア、テオドールはどうだ?無事なのか?」王の声は豊かで深みがあり、落ち着いておりながらも、その言葉の端々には抑えきれない心配の色が滲んでいた。彼の声は部屋に響き渡り、その低い音色が部屋の隅々まで届くようだった。彼の目は娘からテオドールへ、そして再び娘へと移り、二人の様子を注意深く観察していた。王の視線はテオドールの顔の青白さ、包帯に滲んだ僅かな血の跡、そして彼の胸の上下する弱々しい動きをすべて捉えていた。


リディア姫は父の到着に気づいて一瞬顔を上げ、驚きと敬意を表す表情を浮かべた。彼女の青い瞳には、父への愛情と、この突然の訪問による緊張が同時に宿っていた。そしてすぐに宮廷作法に則り、優雅に立ち上がり、丁寧に頭を垂れて答えた。彼女の動作には、幼い頃から叩き込まれた宮廷礼儀が自然に表れていた。彼女の細い手はまだテオドールの手を握ったままで、その温もりを断ち切ることを拒んでいるかのようだった。彼女の指先はわずかに震え、テオドールへの心配と父の前での緊張が入り混じっていた。


「はい、お父様。テオドールは目を覚ましましたが、まだ体が弱っております。高熱も続いており…」彼女の声には、普段の淑女らしい冷静さの中にも、心配と疲労が滲んでいた。リディア姫の声は柔らかく、しかし明瞭で、彼女の教養の高さを感じさせた。「それでも、医師の見立てでは、命に別状はないとのことです。昨日よりも熱は下がり始めており、傷の具合も徐々に良くなっているようです。御心配なく。」彼女は最後の言葉を付け加える際、わずかに微笑み、父に安心を与えようとした。


アルフレッド王はその報告を聞き、胸の内で深い安堵の息を漏らした。彼の肩からわずかに緊張が解け、顔の表情も少し和らいだ。長年の友であるマーク卿の息子が生きていることは、彼にとって唯一の救いだった。彼は力強く頷きながらテオドールのそばに歩み寄り、ベッドの端に腰をかけた。ベッドが王の体重でわずかに沈み、テオドールの体が少し傾いた。部屋の中の誰もが、王がこのように病人のそばに腰を下ろすことの異例さを感じていた。それは彼のテオドールへの特別な思いの表れだった。


王はじっとテオドールの顔を見つめた。その眼差しには、深い哀しみと懐かしさが混ざり合っていた。病床のテオドールは、まだ完全に意識が戻っていない様子で、目の焦点が定まらず、頬はまだ熱で赤く、額には汗が浮かんでいた。彼の黒髪は汗で濡れ、枕に張り付いていた。その顔の輪郭はかつての父親に似ていることが、王の胸に悲しみと懐かしさを同時にもたらした。マーク卿の若き日の姿が、この息子の中に生き続けているかのようだった。


アルフレッド王は、そっとテオドールの額に手を置いた。その手は剣を握ることで鍛えられた固さと、権力者としての温かさを併せ持っていた。王の手にはかつての戦場で受けた傷の跡が僅かに残っており、それは彼が剣を持って自ら戦った証であった。「テオドール、わかるか?私だ、アルフレッド王だ。」王の声は柔らかく、まるで自分の息子に語りかけるかのような温かさを含んでいた。


テオドールは王の声に反応し、ぼんやりとした意識の中から少しずつ現実に引き戻されていくように、目を瞬かせた。彼の長いまつげが震え、意識が徐々に霧の中から浮かび上がってくるようだった。彼の青い瞳が少しずつ焦点を取り戻し、目の前の偉大な人物を認識し始めた。彼の瞳孔が光に反応して縮み、より鮮明に王の姿を捉え始めた。


「陛…下…」テオドールの声はかすれており、言葉を発するのにも大きな労力を要するようだった。その声は乾いた風のように弱く、痛みと疲労がそこに表れていた。彼の唇は乾燥し、小さなひび割れが見えた。


アルフレッド王はテオドールが意識を取り戻し、自分を認識したことに安堵の表情を浮かべた。彼の厳格な顔つきがわずかに緩み、眉間の深い皺が少し和らいだ。彼は優しく、しかし確固とした声で語りかけた。王の声は部屋の空気を振動させ、その言葉の一つ一つに権威と思いやりが同居していた。


「テオドール、君が生き延びてくれたことが、この王国にとって、そして私にとって、何よりの救いだ。」王の言葉には、単なる慰めを超えた、真実の安堵が込められていた。彼の目には一瞬、涙の光が宿ったが、すぐに引き締まった表情に戻った。王の顔にこのような感情が表れることは稀であり、それはテオドールとその家族に対する特別な思いの表れであった。


「しかし、君の両親…マーク卿とエレナ夫人の犠牲は、私にとっても痛恨の極みだ。心から哀悼の意を表する。」王の声には、深い悲しみと真剣な思いが込められ、その言葉が部屋の静寂に重みを持って響いた。「マーク卿は私の最も信頼する友であり、臣下だった。幾度となく共に戦場を駆け、互いの命を預け合った仲だ。彼の死は、王国にとっても大きな損失だ。」王の言葉には真実の悲しみがあり、それは長年の友情によって育まれた深い絆を感じさせた。彼の声が少し震え、それが彼の心の動揺を表していた。


テオドールはその言葉を聞き、ぼんやりとした意識の中で現実を徐々に受け入れ始めた。両親の死という残酷な事実が、彼の心に再び痛みをもたらした。彼の瞳に涙が浮かび、それは頬を伝って枕に染み込んでいった。しかし、その涙の中には、悲しみだけでなく、怒りと決意の火種も宿っていた。彼の胸の内では、悲しみと怒りが渦巻き、それがやがて復讐という形で結晶化していくのを、彼自身が感じていた。


王が自分に向けた深い思いに応えようと、テオドールはかろうじて身体を動かし、なんとか起き上がろうと試みた。彼の腕は震え、筋肉は抗議するように痛みを発したが、それでも彼は上体を少し持ち上げることに成功した。彼の動きには、若さゆえの回復力と、強い意志が表れていた。彼の顔は痛みで歪んだが、その目には決意の光が宿っていた。


「お父様!」リディア姫が心配そうに声を上げ、彼を支えようとしたが、テオドールはわずかな力で彼女の手を押しのけた。彼は自分の力で、王の前で意志を示そうとしていた。彼の誇りがそれを求めていた。リディア姫は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにテオドールの意志を理解し、一歩下がった。


しかし、体の傷と疲労が彼を押し戻し、彼は再びベッドに沈み込んだ。軽い咳が彼の胸から漏れ、痛みに顔をゆがめた。それでも彼は、握り締めた拳を緩めることなく、かすれた声ながらも強い決意を込めて語った。彼の拳は震えており、その白い関節が皮膚を突き破りそうなほど強く握られていた。


「陛下…両親の仇を…私が必ず討ちます。」彼の声は弱々しかったが、その言葉には鋼のような強さがあった。それは単なる子供の誓いではなく、魂の深い部分から湧き上がる決意だった。「どうか、剣の修業をさせてください。私は…強くなります。黒狼団を…必ず…」彼の言葉は途切れがちだったが、その内容は明確だった。


その言葉には、痛みと悲しみ、そして絶望から生まれた強烈な決意が込められていた。彼の青い瞳に宿る炎は、若い体の弱さを超えて、魂の強さを示していた。彼の声はか細くとも、その言葉の重みは部屋全体に響き渡った。彼の言葉は単なる約束ではなく、魂の奥底から発せられた誓いだった。


アルフレッド王は一瞬、目を見開いた。テオドールの若さにも関わらず、その目に宿る決意の強さと、その言葉に込められた覚悟に、王は驚きと敬意を抱いた。かつて彼の父親、マーク卿がその若き日に見せた姿を思い起こさせるものがあった。それは血が騙らないことの証明であり、王の心に深い感銘を与えた。


王は静かに口元を引き締め、テオドールの決意の強さを見極めるようにじっと見つめた。彼の鋭い目は、テオドールの心の奥底までを見透かすかのようだった。彼はゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩み寄った。彼の足取りは重厚で、床を踏みしめる音が部屋に響いた。そこから見える王都の景色を一瞬眺め、何かを決意したかのように再びテオドールの方へ向き直った。窓から差し込む光が王の輪郭を照らし、その姿をより威厳あるものに見せていた。


「テオドール、」王の声は静かでありながらも、部屋中に響き渡るような力強さがあった。それは何世代にもわたって王として統治してきた血筋からくる威厳だった。「その覚悟と意志は非常に尊重に値する。君の両親も、君がそのような強い心を持つことを誇りに思うだろう。」彼の言葉は重みがあり、それはテオドールの決意を認め、承認するものだった。


彼はゆっくりとベッドに戻り、テオドールの前に立ち、その姿勢からは王としての威厳と、父としての温かさが同時に感じられた。彼の背筋はまっすぐに伸び、肩は広く、その全身から権威が発せられていた。しかし、その目には温かな光があり、テオドールを見つめる視線には慈愛が満ちていた。


「しかし、まずは君自身の体を癒すことが先決だ。焦るな、」王は優しく、しかし確固とした調子で続けた。その声には、若者の熱意を理解しつつも、経験に基づく冷静さがあった。「君が剣の修業を望むなら、私が信頼する最高の師範を手配しよう。だが、その者が到着するまでは少し時間がかかる。それまでの間、しっかりと体を休め、傷を癒すことを優先しなさい。」王の言葉は厳格でありながらも、その奥には深い配慮が込められていた。


テオドールは王の言葉を聞き、静かに頷いた。彼の体は依然として痛みと疲労で動かないが、王の言葉が彼に与える安心感と、未来への一筋の希望が心の中に灯った。彼の目に宿る決意の炎は、弱まるどころか、より強く、より冷静に燃え始めていた。それは一時の感情の炎ではなく、長く燃え続ける意志の炎だった。


王はテオドールの肩に静かに手を置き、そして立ち上がった。その手には重みがあり、それはテオドールに力を与えるものだった。彼はリディア姫に向き直り、「彼の看病を頼む、娘よ。」と静かに告げた。その言葉には命令ではなく、信頼が込められていた。リディア姫は深く頷き、「はい、お父様。」と答えた。彼女の瞳には、父への敬意と、テオドールへの深い思いやりが混ざり合っていた。彼女の立ち姿は優雅で、その佇まいからは生まれながらの気品が感じられた。


アルフレッド王は最後にもう一度テオドールを見つめ、「休め、テオドール。お前の旅はこれからだ。」と言い残し、重厚な足音と共に部屋を後にした。彼の背中は広く、その歩み方には王としての確固たる自信が表れていた。扉が閉まる音が部屋に響き、王の存在感が去った後も、その威厳は部屋に残り続けるかのようだった。


扉が閉まった後、部屋にはしばらくの間、静けさが戻った。ただ窓から聞こえる鳥の鳴き声と、城下町から遠く伝わる生活の音だけが、この静寂を彩っていた。テオドールはじっと天井を見つめ、王の言葉を心に刻んでいた。彼の胸の内には、両親への哀しみと、復讐への誓い、そして未来への希望が交錯していた。それは単純な感情ではなく、複雑に絡み合った感情の渦だった。


やがて、リディア姫がそっと彼の手を握り、「テオドール、お父様の言う通りよ。まずは体を休めて…」と柔らかな声で語りかけた。彼女の声は優しく、まるで春風のようにテオドールの心を包み込んだ。彼女の青い瞳には深い心配と、言葉にできない何かが宿っていた。その目は澄んでおり、そこには純粋な思いやりと若さゆえの不安が混ざり合っていた。


テオドールは彼女の手の温もりを感じながら、静かに目を閉じた。

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