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第九話 風呂の場所

 さて、面倒な課題が増えた。

眼前にいる不法侵入者パート2にどう対処していくかだ。

見た感じ、クローゼットの中にずっと潜伏していた可能性が高そうだが..。


「ねぇ君、俺の家に勝手に上がり込んで何が目的?

というより、どうやって入ってきたの?」


「目的ーー・・ーー」


 女は複雑な、困り顔を浮かべた後にこう続けた。


「何かーー・・大事な目的があった気がするわーー

でもー思い出せないの・・」


 まるで機械のような、抑揚のない平坦な声で彼女はそう言った。


「思い出せない? 

少なくとも君のような赤の他人が人の家に上がり込む目的は、

ストーカーか強盗の二択だと思うんだけど。嘘ついてないよね?」

「ついてないーー私は・・嘘をつかない・・

でも・ここが貴方の家で・私がここにいるという事実から・・そう判断されて

しまうのは仕方ないよね・・」


「ただ・一つだけ言わせて欲しいーー私は気が付いたらここにいた・・」


 七瀬と全く同じ証言だ..。


「オッケー、、じゃあさ君は何者なのか? それについて知りたい。

今まではどこにいたのか? 名前は?」

「ごめんなさいーー・・ー記憶喪失に近い現象が起きているようで何も思い出せないー

頭にモヤがかかっているみたいな感覚ーー整備士さんにメンテナンスして貰った

ばかりなのに・もう故障かしら? ごめんなさいーー」


 整備士、メンテナンス、故障ーー

人間が自身の不調を訴える時には決して使わない単語の羅列を彼女は淡々と述べた。

表現方法がかなり特殊な子らしい。


 つまり、、


 整備士=医師

 メンテナンス=治療 と言ったところか


 じゃあ、故障は恐らく、彼女が先天的に患っている脳障害か何かだろうか?

でなければ『もう故障かしら』の、”もう”なんて言葉は出てこない。


「でもねーー貴方に敵意があるわけじゃないから・・ーー・・

それだけはわかって欲しい・ーー」

「わか、、った..」


 とは言っても、彼女を完全に信頼しているわけではないし、

もっと話し合わないと、この子の状況はまだ不透明ーー


「キャア!!!」


 するとその時、部屋の外から七瀬の悲鳴が聞こえた。


「どうした!?」 と言って部屋を飛び出す俺ーー


 水が冷たかったとかそういう用件かもしれないが、

さっき昼飯を食べている時に

自分用にお湯を沸かしておいたからそれはないはずだ。


 だとすれば、記憶が戻ったのか..?

そのショックで、絶叫した可能性も..。


 しかし、急いで浴室の外の扉まで駆けつけようとした時、

七瀬はどういうわけか、全裸でベランダの外にいたーー


 意味がわからないと思うかもしれないが、現状一番

パニックに陥ってるのは自分自身だ。


 とにかく、俺は彼女から反射で目を背け、そのままの状態で言った。


「な、七瀬..。どうしてそんな場所にいるんだ..??」

「え..」


 ここにきて、七瀬は俺が

自分の背後に立っている事に気づいたらしく、

声を発した後、すぐに気まずい沈黙が走った。


「ねぇ..」

「何..」


「私の裸、見た..?」

「見てない。君が叫んだから、どうしたのかと思って

目を隠した状態で外に出たから何も」


 俺は嘘をついたーーまた殴られたくなかったからだ。


「そう..。というかそれより、、お風呂ってどこにあるの..?

私てっきり屋外の天然温泉を使ってるものだと思っていて..。

外に出たら、何だか凄く高い場所にいたから..」

「おいおいーーわざと言ってるのか? 天然温泉なんて

こんな東京のど真ん中にはない....」


 あれ? 俺は、七瀬に浴室の場所を教えたか..?

いや、教えていない。それなのにいきなり「風呂に入れ」

と言ってしまった..。


「ごめん..。俺が風呂の場所教えんの忘れてただけだから..」

「そう..。じゃあ、お風呂はどこにあるのか教えてくれない..?」


「えっと、君が今立っている場所から、部屋の中に入って、

さっき通り抜けてきた渡り廊下があるでしょ..。そこまで来て貰うと、

右に扉が3つ、左には1つあるはずだからーー左にある扉を開けて貰えば..」

「うん..分かった..」


 そうして、彼女は歩き始めたのか、後ろからヒタヒタと

足音がし始め、その音は次第に大きくなっていく。


 しばらくすると、その音は俺の後ろで止まり、

今度はガチャリという音が聞こえた。


「七瀬、タオルは洗面台の横にある好きな奴使っていいからな。

あと、着替えは扉の外に置いておくーー」

「えぇーー分かったわ。キャ、足が沁みるぅ..」


「ごめん!! 絆創膏も置いとくから、足の指の

怪我した場所に貼ってくれれば..」

「はーい!!」



 やれやれ、七瀬の件は片付いたとして、今度は部屋の中の問題ーー


「あいつ..。まだいるかな..?」


 部屋の中に入る。そしてそこには、まだクローゼットの近くに

佇んだ状態の彼女がじっとしていた。


「今・・何があったのですか?」

「別に、大した用件じゃないよ。俺の家には今、

君と同じで記憶喪失を主張する子がもう一人いるんだ。

その子がお風呂の場所がわからないって言うから、

今教えてあげたところさ」


「はぁ・・話を聞く感じでは、全然大した事に見受けられますが。

貴方は非常に寛大な方なのですね・・感服致しますーー」

「おだてなくていいよ。それに、俺はそんなんじゃない。

今日の日暮らしで明日の事も手一杯って感じだからさ」


「そう・ですかーー?? たった今貴方の体温が1.3度上昇したため、

満更ではないのかと考察しましたがーー外れたようですねーー」

「ははは..。なんのジョークだよそれ..。

体温が上がってるなんて指摘あまり聞かないぜ..。例えにしても」


「例えじゃありませんーー本当に見えますよ・・」

「ははっ、冗談が好きみたいだね..」


「いえ・・ですから冗談じゃありませんよ?

<<サーモグラフィカルアイ>>を使えば見えるでしょう?」

「な、何..? サーモグラフィック云々だって?

俺はもう厨二病は卒業したんだ。そんな男心を

燻るみたいな設定は出さないでくれ」


「了解です・・ーー・・

貴方の命令を受理しました・ここにお暇させて頂いている

以上ーー断れる立場ではありませんからね」

「あ。あぁ、うん..」


「それよりーー」


 と、ここで改まった態度で、眼前の彼女はその小さな口を開き言った。


「近くにーーオイルはないでしょうか??」

「オイル..? サンオイル的な奴のことかな。日焼け防止のためのーー

それならあるけど、どうするの??」




「お腹が空きましたのでーー飲みたいのです・・」










 


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