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第五十六話 失踪

 栄田が過去の記憶を取り戻した事を、知っていても聞かないでおいた。俺自ら口を出すのは、彼女が成仏しようと自ら決意した時で構わない。


「康太、お祭り楽しみだね!」


「うん....。そうだな」


 こんな生活をいつまでも続けたい。一生夏休みでも構わない。そんな感情を抱いている自分に驚いた。死に固執して、近い未来に全てを終わらせようとしていた過去の俺はもはやそこにいなかった。


 はずだったーー



 栄田愛華を見失ったのは、夏祭りの享楽に興じる最中であった。スイカ割りに失敗し、景品の花火を貰うと同時に目隠しを取る。ついさっきまで見物人に混ざっていたはずが、どこにも見当たらない。


 別の屋台で食べ物を買っているのかと周囲を散策しても、彼女と思しき人間は確認出来なかった。


「あ....」


 湿った空気が流れ込む。真夏の酷暑から一変、雲が立ち込め、ポツリポツリと、雨が勢いを増してきた。以前七瀬志穂と初めて出会った時のような、夕立模様だった。


「......」


 祭りは中止となった。法被を身に纏った、運営委員の男性たちが手際よくテントを片付けていくのを側から呆然と眺めていた。


「そこの君、こんな土砂降りの中突っ立ってたら風邪を引くよ! ビニール傘一本余ってるから貸してあげる」


「......」


「君だよ君! 聞こえてないの? ......。とりあえず、ここに置いておくから!」


「......」


 会話も上の空だった。30分くらいボーッとしていると、あらかじめ回る場所を伝えておいたからか、七瀬志穂が自分の奴の他に二本の傘を持ってやってきた。


「康太、早く傘ささないと風邪ひくよ!」


「....。最初に言うことが、それ......?」


 七瀬は戸惑っていた。俺が何を思っているのか、心底理解できないと言わぬばかりの顔をしていて余計に虚しくなった。彼女の所に行ったわけでもないのかーー


「あ、栄田さんはどこに行ったの? お手洗い?」


「違う。消えた」


「消えたって..、成仏したの?」


「分からない。ただ、いなくなっちゃった」


「え......」


「意味分からないよな..。俺だって謎だし..。いきなりいなくなったんだぜアイツ」


「......別に」


 七瀬は慎重に言葉を選んでいるようだった。俺を傷付けないようにしてくれているのか?


「栄田さんは、私達との生活が嫌で消えたわけじゃないと思うよ。実際、康太の事もあれだけ愛していて、それで急にいなくなるなんて不自然だと思わない? 止むに止まれぬ理由があったんだよ....」


「例えばどんな..?」


「うーん..。罪悪感を覚えたから、とか..? 私の推測に過ぎないんだけど、仮に彼女が私と康太に何か隠し事をしていたとして、最初は平然としていたけど、共同生活が思いの外楽しくて、罪の意識が芽生えた。なんてね..」


「隠し事....」


「何か思い当たる節でもあるの?」


「......。あいつの、過去だ」


「それは、思い出せないものじゃないの....?」


 七瀬の表情が一気に曇った。俺は何か、失言をしてしまったのだろうか?


「あいつがさっき、自分で思い出したって言ってたよ。きっかけも何となく察せる....」


「そうなんだ..。じゃあ、栄田さんの過去を私達が直接聞き出せない以上、何かしらの手段を用いて調べるしかなさそうね。彼女の行方の手がかりは多分、そこにあるはずよ」


「だな....。七瀬の過去も、ついでに調べるか?」


「......」


♢(七瀬志穂視点)


 それだけはやめて欲しいと、強めに拒絶した。私の過去は、掘り返してはいけない危険性を孕んでいる気がしてならないのだ。


 今は全部忘れているから呑気でいられるけど、もし知ってしまったらどうなるか考えなかったわけではない。だって私の中には常に姿形の見えない、でも確かに存在するもう一人の自分がいるから。


 それともう一つ。どうして康太は、私の過去を『ついでに』調べると言ったのだろう? 私は彼にとって、最愛の女性である栄田愛華の付属品くらいにしか映っていないのか?


 自分はそんなに価値のない存在なの? 何でこんな不快な感情を抱くのか分からない。私は彼の事を、どう思っているのだろう....。


 


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