第五十五話 観覧車
「康太..。
今から行く場所含め、
全部回るとなったら一箇所辺りに使える時間は
5分しか無いけど本当にそれで良いの?」
「え..? 5、5分..。それだけしか無いの..」
「うん。だから一つに絞って、
そこで存分に楽しんでから後はお祭りに行けば良いじゃん」
「そうだけど、じゃあどこにいくか悩むな..」
「観覧車....」
か細い彼女の声が、真夏の湿った空気の中に響いた。
「私、観覧車乗りたい..」
「でも、栄田って確か高い所が苦手なんじゃ..?」
「....。そうかもね..」
♢
栄田は言葉をはぐらかしたせいで、
彼女が観覧車に乗りたいと言い出した真意を測り損ねてしまった。
「どうしてか、気になる?」
「うん」
思わず聞き返さずにはいられなかった。
「えへへ..。なんでだろ..。
一番、それ(観覧車)が楽しいと思ったからかもしれない」
「はは。そりゃ目の付け所が良いねーー」
僕は彼女と共に開けた通りを歩き続けた。
ダイバーシティの近くにあるヴィーナスフォートと呼ばれる
ショッピングモール。当初の計画ではここで軽食を取る予定だったものの、
時間の都合上今回は断念ーー時間毎に変化する天井も、ヨーロッパにありそうな噴水も
お洒落でなかなか面白い場所だったのに、、
「康太、計画だとあそこ(ヴィーナスフォート)にも行く予定だったんだよね..?
じゃあさ、またここに来た時に、行けば良いよ!」
「そうだね..」
僕達は更に通りを進み続けた。
「うわぁ! おっきい観覧車だね!」
「あっはは..。本当だ、、来るの8年ぶりくらいだけど、やっぱり迫力あるなぁ..」
パレットタウンと呼ばれる、大規模な集客施設だ。
観覧車以外にも、車を運転出来たり、ボウリングや卓球も出来たんだけど、
チームラボという施設が新たに誕生した影響でレジャーランドは消えたんだっけ..。
久しぶりに来て、
すっかり様変わりしてしまったお台場の様相に自分はついていけなかった。
ここら辺は建物の入れ替わりが激しい故に、気に入っていた施設がなくなってしまうと
少し切なくもなるが、、
ここ(パレットタウン)は何があっても無くならないだろう。面白いしーー
「ねぇ康太..。いやに人が少ない、というか..。私たち以外に誰もいなくない?」
「ん..? あぁ、、本当だ..」
施設の入り口にあるエレベーターで上の階に移動して、その異変に気が付いた。
二つの歩道と柵の間にある隙間を覆うためのネット、
レーシングゲームをして遊べるトヨタの建物、
友達と終日遊んでいたレジャー施設まであったものの、
ここに至るまでに人っこひとり見当たらない。
いつもは奇抜な髪色をした人たちで大賑わいのはずなのに、
夏休みとはいえ平日だからか?
「可笑しいな..。今日ってもしかして休業日だったかな..」
「でも、観覧車のゴンドラは動いてるよ?」
そう言って、彼女が指を差した観覧車は確かにクルクルと回っていたものの、
ゴンドラの中にもやはり、人が乗っている気配は感じられなかった。
「まぁ、時間も時間だからじゃない? 平日の午前だし、大人はみんな働いてるよ..」
とはいえ、バカンスで日本に訪れた外国人観光客の需要もありそうなものだが、
彼らの姿でさえ見当たらず、まるでコロナが流行っていた時のようだった。
「とりあえず、行ってみよう!」
レジャー施設の隣にある、観覧車乗り場行きの階段を上ってみた。
ここにも人はいなかったが、上がり終えてから僕達は更に驚かされる羽目になった。
スタッフの姿が、どこにも見当たらなかったにも関わらず、回り続けるゴンドラー
うっかりミスで停止するのを忘れてしまったのだろうか?
「帰ろう..。今日は休業日みたいだ..」
しかしそうして立ち去ろうとする僕の服を、栄田は掴んで話さなかった。
「ううん..。動いてるし、、乗ろうよ!」
「えぇ..。とは言っても、スタッフの人いないじゃん..」
「別にいなくても良くない?」
「いや、それがダメなんだ。観覧車はゴンドラの扉を外からしか開けれないから、
乗る時に開けたままだと、一番上空でも開けっ放しの状態のままだ。危険すぎる」
「そんなの、別に降りようとしなければ良いだけじゃん」
あまりにも危機感のない栄田に、僕は続けた。
「じゃあ、もし乗っている間に突風が発生したら?
人がいない状態で、観覧車が急に止まったらどうするの?
そうなりゃ俺たちは、断崖絶壁に取り残されたアルパカと同じだよ。おりれないからー」
なのに全て話し終え、再び視線を前に戻した時、栄田はそこにいなかった。
「え..?」
絶句した。彼女は自力でゴンドラの扉をこじ開け、中に一人で乗っていた。
「えっへへ! そうゆうのは、いざそうなってから気にすれば良いのよ!
ほら早くしないと私先に行っちゃうよー!」
「くっ..。くそ..、やられた..」
もう彼女ののるゴンドラは、陸を離れる寸前の所まで達していたと同時に
今から走ればまだ間に合う距離ーー
仕方がないので、俺は全速力で疾走し彼女のいるゴンドラに飛び乗った。
「危ないだろ! こんなバカな真似は..」
ガチャン
その時だった。説教して彼女をゴンドラから下ろそうとしたその時、
外側からじゃないと閉められないはずの観覧車の扉がひとりでに閉まった。
「あっ..」
「あっはっは! なーんだ、康太の憶測だったのね!
手動じゃなくて自動で閉まったじゃん! あははーー」
「マジか..。俺が来てない間にゴンドラが新しくなってる..」
スーパーもファミレスも今やセルフレジで会計を済ます時代だ。
観覧車も人が必要じゃなくなった。そう考えれば、自然と腑に落ちた。
「康太ーー康太は普段こういうとこ来たら、どんな会話するの?」
「別に、こういうとこ普段はあんまり来ないよ..」
「そうなの? じゃあ、いつも通りの雑談で良いか..。
あとさ、、嫌じゃなかったら隣に来て、私の手を握っていて欲しい..」
「..。高いとこ、やっぱり少し怖い?」
「うん。怖いーーけど、克服したいからお願い、握って」
俺は握った栄田の手を、ぶっきらぼうに自分のズボンの中に突っ込んだ。
「え..?」
「ほら、こうすりゃ震えても大丈夫。寒くないだろ..」
「そうじゃない..。康太の手も、震えてる..。もしかして、康太もーー」
「違う..。こんな狭いところで二人きりって、少し恥ずい..」
「あぁ、、それ、、実は私も..」
こうして置かれた状況を再確認する事になった俺たちは、
照れ臭くてお互いにそっぽを向いた。
「男の子も、怖いものなのかな..? それとも怖いのは康太だけ..?」
「いや、違うと思う..。男とか女とかあんまり関係なくて、、
人間である以上、初めての状況に身構えるのは無理ないよーー」
「..。じゃあ、どうやったら怖くなくなる..?」
「それはーー」
最後まで言おうとして、気恥ずかしくなってやめた。
一緒にいても怖くなくなる方法は、
「多分、もっと好きになれば良いんだと思う..。
そのために、互いを知るための会話が不可欠なんだ..」
「そう..。それじゃ康太にとって、過去の経歴も不明の女の子と
二人きりってのは、怖いのも当然って事..。なのね..?」
伝えたいのはそういう事じゃないのに、違った解釈をされてもどかしい。
会話下手な自分の、弱点だ。
「嫌だ! 私は康太に、私の事が怖いんだって思って欲しくない..」
「それは俺も同じだよ..」
「そっかぁ..」
また振り出しに戻りそうだ。この話はいくら続けたとてキリが無いし、
これを話しているうちに、ゴンドラはもう観覧車の頂上に辿り着きそうだった。
「康太、目を閉じて..。今から康太が私を怖くなくなる魔法をかけてあげる」
「魔法..?」
「うん。すっごいベタな魔法だよ。良いから目を瞑って..」
「分かった..」
♢
観覧車のゴンドラが一周し終えると、扉は自動で開いた。
「あのさ..」
「なに..? 康太ーー」
彼女の瞳は、まるでこれから言う俺の言葉をあらかじめ予期してるみたいだった。
「”さっき”のあれ..? 何?」
「記憶ーーねぇみてみて! なんか写真撮れるっぽいよー!
あっはは! でもスタッフさんいないから無理かー残念!!」
「話を逸らすなよ..。ただ、、いつから..?」
「..。ゴンドラが、頂上に達した時、康太に気持ちを伝えて、
全部思い出したよ。私の過去の記憶ーーさぁさ! それよりお祭りに行こう!」
よくわからなかったと思うので補足説明です。
今回のお話で登場したパレットタウン、お台場の観覧車は
実は2022年の8月に営業終了してしまい、康太が訪れた時点では
既に廃墟同然の状態でした(人がいなかったのはそのため)
にも関わらず、かつての状態のまま存在していたのは一体..




