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第五十三話 病

「それ、めっちゃ分かる」


「え..?」


「何で生まれて来たのかって、俺も良く考えるから」


「そうなんだ。じゃあ、康太なりに結論は出たの?」


「......」


 元来、仲が良いと呼べる人間の少ない俺は、

表層的な話ばかりで、誰かとこういった深い議論をする事が不得手だ。


 しかし今回の話題は話せなくもないし寧ろ、学生時代の俺の

鬱憤を体現したかのようなテーマ制である以上熱がこもり過ぎないか心配だ。




「..昔は、何で生まれて来たのか..。きっとそれには何か特別な意味が

あるからなんだってそう思ってた..し、学校の先生もそういうの好きだった..。

お前ら一人一人が、何かしらの大事を成し遂げるために生まれたんだって..」


 ただ実際に話してみると、出てくるワードもつっかえつっかえで、

というのもただ単純に語彙力が貧弱だからなのだろうが..、おまけに

吃ってしまい上手く纏まらないものの俺は続けた。


「でも..、、違った..。というより知っちゃったんだよ..。

中学の時くらいに、、テレビとかネットとかで、自分と同年代の人で、

た、例えば..、億再生されるような歌い手、、プログラミング極めて

アプリ開発した人、、全国相手に戦ってるようなアスリートはもういるって..」


「..それで、そういう人達はみんな..小学校の時から夢に向かって進んでた

人達で、俺には考えられないくらいの努力を積み重ねてたんだ..。でも、、

それに対し俺がやってきた事は一体何だったんだ..。中学受験対策の大手塾の

クラスの変動に一喜一憂してさ、並の小学生が知らない公式を頭に詰め込んで

自分は特別な人間だって錯覚してた..。それが、、毎月ウン万円って月謝を

払ってくれる親の経済力のおかげだとも知らずに、、

これさえやってれば、俺はオンリーワンで特別な人間になれると信じて疑わなかった」


「でも、、でもさ..。結局、何も変わらなかったんだよ..。

難関って言われてる私立の中学校に受かって、親からも教師からも褒められて、

同年代の生徒からいくら讃えられても俺は俺でしかなかった..。

前の自分とちっとも変わりはしない..」


「だからさ、生まれて来る意味なんて、有りはしないんだよ..。

大抵の人間が結局、特別な何者かになれずに天寿をまっとうしていくのが現実..。

だから結局、個人の努力なんて関係無いよ。大事なのは地頭、つまり親の遺伝ーー

顔が良いか、頭は良いか、足が速いか? 歌が上手いか? 全部、全部

遺伝で決まるクソゲーが人生だよ」





 こんな時が、たまにある。

自分の中の醜い感情を、無意識に吐露してしまう時だ。

俺は俯いたまま何を言ったか否か定かでは無いものの、ふと目線を上げ栄田の

表情を伺うと、彼女はまるで奇異なものでも見るかのような、呆気に取られた

と言わぬばかりの表情を浮かべていて、顔面からは血色が引いていた。


 しかし俺が目線を合わせると、彼女はすぐに元の笑顔を取り戻した。

そしてそれに呼応するかのように自然と自分の表情も和らいでいったものの、

相当険しい顔をしていたらしい。顔の筋肉をフッと弛緩させた時、ほうれい線の

出来る辺りとオデコに不自然な皺が寄っていたのが気になった。


「康太、休んでも良いんだよ」


「う..」


 確かに、今日の自分は昨夜の寝不足で少し疲れていたが、

それを今の今まで悟られないよう必死に取り繕っていたが栄田の目は誤魔化せなかったようだ。


「ごめん..。俺、寝不足で」


「そうじゃ無い」


 じゃあ、何だというのだ? 皆目見当が付かず、俺は首を傾げた。



 例の女性店員がおぼつかない足取りで二人前のざる蕎麦を持って来てくれたのは、

栄田とその後も二言、三言交え、お互いに出すべき話題が思い至らず少し気まずくなって

からだったため、タイミングとしてはベストだった。


 俺は目の前に置かれた蕎麦を眺めつつ、栄田の分を含めた割り箸を両方割ってやり、

その片方を彼女に手渡した。


 受け取った後、栄田は『丁寧にどうも』と言って笑ったが、

それは、俺の必要最低限の礼節に対する

半ば謝礼のような愛想笑いだとは到底思えなかった。


 栄田はたとえどんなに些細な事であっても、感情の表明を事欠かない。

なんていうのは彼女と少し時間を共有しただけでも分かるくらい、善意に満ち溢れた

彼女の深層は、無駄な猜疑心の取り除かれた純粋な感情の結晶体だった。


 ただ、これで仮にも彼女が自分を誉めてばっかだったら、俺は今ほど栄田の

好意を信用しきれていなかったかもしれない。

(単に自分が疑い深すぎる性格だからであるのかもしれないが..)

しかし実際そうはならなかったのは、栄田が俺の批判も感謝もひっくるめて、

全てを包み隠さずに評価してくれるからだったーー


「いただきます!」


「いただきます..」


 無駄にハイトーンな彼女に合わせるかのように、死んだ声で俺もそう言った。

というのも変声期に突入してから、ウィーンの少年合唱団のような美声から

途端に蛙のぶっ潰れたようなダミ声に変質した俺は、もはや以前のように

声を張り上げる事が出来ない。


 そんな歯痒さを覚えながら、まずは麺をつゆに浸さずに直接咀嚼した。


「ニーハチ..」


「え? 康太今なんか言った?」


「あぁうん..。蕎麦の、つなぎと蕎麦粉の割合が2:8だって..。

俺、小さい時から蕎麦好きだから、もう今では口に入れただけで

大体分かるようになった..」


「す、凄い! そんなのまで分かるの!?」


「ま..まぁね..」


 俺は昔から、人に褒められると気恥ずかしくって堪らなくなる。

しかもそれが蕎麦に関する割とどうでもいい識別法だったりすると尚更だ。


「うーん..。私には、全然分かんないや..」


「そうなんだ..。でも、俺にだって出来るんだから栄田にも出来るよ!」


 と、目の前の蕎麦を、ワサビ、白ネギの入れたお汁に浸し啜りながら、

わざとらしい明るい口調でそう言ったら、栄田はすかさず首を横に振った。


「ううん! 私は全然出来ないね! 絶対!!」


「何でそんな自信満々に宣言すんのさ..」


「...。康太が、凄いからだよ..」


「....」


 彼女の瞳に嘘は無かった。そのせいか、さっきから蕎麦を食べる手が止まっていた。


「そんなわけ、無いだろ..。俺は凄いとは真反対の凡人だよ」


「ううん..。康太は凄いんだって、私はそう思うなー」


「....。ところで、浴衣の話なんだけどさ..。ごめんな、俺の家の近くにあった

レンタル屋さん、今調べてみたらもう閉店になってたからその....」


「こら! 話すり替えないで! でもそっか..、浴衣の件は少し残念....」


「まぁな、、」


 ガックリと肩を落とし、悲嘆に暮れた彼女に対し申し訳なさの気持ちが勝った。


「それより、さ..。お台場デートで、昼食終わったら行く場所は、、

今伝えても良いかな? これでもう、最後だから..」


「うんOKだよ! でも最初はあんなに渋ってたのに、どうして今になって急に?」


「..その、、さ..。こっから、予定詰め込みすぎちゃったから..。

連れ回すってよりかは、事前に伝えた方が心にゆとりも生まれるかなって..」



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