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第五十一話 写真

 栄田が何か呟いた気がした俺は、彼女の方を振り返り言った。


「今、なんて..?」


「ううん何でもない。それより、今回はどこに行く気なの?」


 と、尋ねる彼女


 ここに来た理由は明確だった。


「栄田。そろそろレディースの服とか欲しくない?」


「ま、まぁ..ね。下着とかは、あるに越した事ないけど..。

いつまでもトランクスだとやっぱり、スゥスゥして変な感じだから..」


「うん了解。じゃあひとまずユニクロでも見て回ろっか。

あー..。あと、パジャマとかは新調しなくても平気?」


「平気。昨日の、凄い着心地が良かったから!」


「昨日..。って、あぁ、TENTIALのリカバリーウェアね。

あれは本当に良いよ。熟睡出来るし..」


「へぇ..。じゃあ、

私なんかじゃなくて、七瀬さんに着せるべきじゃないのあれ?」


「確かに..」


「..。本当に、何なんだろーねあれ..」


 そう彼女が言及しているのは七瀬の不可解な寝言についてであろう。


 『置いていってごめん』ーー昨夜の、七瀬のその悲痛な訴えは

俺の脳裏にへばり付いて離れそうにない。そしてこれは推測に過ぎないが、

七瀬は過去に、誰かを裏切るという経験をしそれが深いトラウマとなっているのではなかろうか?


 置いていくーー

俺と同じくらいの女子が置いていくのが、まさか物である訳はないだろう。

ならば、身近な人である。例えば、家族や恋人、そして、友人。


 そのいづれかを見捨て、何かから逃げようとしたものの結局死んでしまった。

というのはいささか理論が飛躍しすぎだし、そもそも置いていく事が彼女の結末に

直接的に絡んでいるなどという事は、現時点では手持ちの材料が少な過ぎだ。


「康太、なんか心当たりある?」


「いーや全くない。と、いうわけでも無いかもしれない..」


「え? それってどういう意味..?」


「うーん..。例えば、七瀬がここに初めて来た時に着ていた制服とかさ。

ネットで調べてみればどこの高校か特定出来るかもしれないじゃん..」


「そうだね」


「それでもし見つかったら、学校に直接赴いて、過去の卒業アルバムを

漁るなりやりようはいくらでもあるじゃん」


「そっか..。でもさ、もし七瀬さんの通っていた学校が、

廃校にでもなっていたらどうするの? それに、残っているかどうかも怪しくない?」


「え..? ちょっと待て栄田..。七瀬は多分、現役の女子高校生だ。

それなのに、通っていた学校が廃校? それに無くなってるってのは可笑しい、だろ..」


 俺はそう、すかさず反論した。


 栄田に、自分がもう既に死んでいる人間だと悟らせない為に誤魔化した。

目の前には赤と白の見慣れたロゴが見える今、店内の冷風に充てられ、顎にまでつたった

冷や汗を手持ちのハンカチで拭いながらーー


「あはは、もう着いたね! なぁ栄田! どんな服が」


「康太」


 しかし先導しようとして間もなく、栄田に裾を掴まれた為に俺は停止を余儀なくされた。


「康太さー..。七瀬さんが現役のjkって、本当にそう思っているわけ..?」


「え..」


 図星を突かれた。頭から足元にかけて、

雷に打たれたかのような衝撃が走った刹那ー

パニックのあまり言葉を濁してしまった事を悔いるまでもなく、


 彼女は畳み掛けるように言った。


「どんなバカでも、流石に可笑しいと思うよ。

知らない人がある日帰って来たら家に居るだなんて、ただの不法侵入じゃない?」


「でも..七瀬は..」


「二重ロック式。受付には管理人兼警備員が常駐している。

窓ガラスを割ったわけでもないし、そもそもあんな高層マンションを外から

よじ登っていくなんて不可能」


「そ、そうそう! だから不法侵入じゃなくて..」


「そうよ。その通り..。じゃあ、何でそこに疑問を持たないの..?」


「え..いや..」


「部屋の中から急に湧いて出た..? ゴキブリじゃあるまいし..。

ねー康太、、もしかして私に何か嘘ついてない..?」


「つ、ついてない..」


 俺はもう一刻も早くこの場から逃げ出したい気持ちばかりが先行し、

とうとう裾を掴む栄田の手を払い除けすぐに立ち去ろうとした。


 しかし、今度は後ろから思い切り飛びつかれたせいで、

身長差はあるものの体重の重い彼女の外力で重心が傾きよろける。


「逃げないで! 本当の事言って!!」


 これは余談ではあるが、栄田の声は何というか..かなり大きい


 女子特有のハイトーンで耳がキンキンくる感じでは無いのだが、

肺活量の多い事に裏打ちされた、腹から声を思い切り出すような勇ましい

声質のおかげで、周囲を歩く観光客は俺たちの元に降り注がれた。


「だから。嘘はついてないってば..。本当に..」


「嘘だ嘘だ..。だって康太..。

七瀬さんと本当は、元から知り合いだったんでしょ..?」


「そんな、わけ..無いだろ..」


「ちょっと! 嘘じゃ無いなら何で逃げようとするの!?」


「だって..。本当だって言っても信じてくれないだろ!

あと、そんな強い力で腕回すな..。痛い痛い..」


「あ、ごめん..」


 すると、栄田は案外すんなり俺の事を解放してくれた。


「ジー」


「『ジー』って睨みつける動作をそのまま声に出すのか?」


「ジー 『康太が本当の事言うまで、私ここから動かない(裏声)』」


「ち、ちょっと待て! 俺は嘘ついてないし、それは困る!!」


「....」


「話もしないのか..。これは厄介だぞ..」


「....」


 とはいえ、これでは埒があかない。故に周囲を見渡し時間を潰してから、

再び彼女と対峙した俺はこう告げた。


「そっかそっかぁ残念だなー。でも裏を返せば、栄田は俺が本当の事を言わなければ

たとえ何があってもそこから動かないって事だもんなー」


 ここまで言い終えた時、栄田の眉がぴくりと動いた気がした。

しかしそれには構わず俺は続けた。


「じゃあ、今..。写真撮っても良い?」


「え..?」


「....」


 さっき、自分が周囲を見渡したのは近くにいて、そこそこ時間を持て余していそうな

人を見つける為だった。でも、実際そんな人が簡単に見つかるわけもなく、誰も彼も

円形の道を歩いて颯爽と通り過ぎて行ってしまうそんな中、ある一人の外国人女性が

偶然俺の目にとまった。


 彼女はついさっきこのフロアに訪れたばかりの人で、片手でスマホを弄りながら

チラチラと高級そうな腕時計で時間を確認しているのは、待ち合わせか何かなのだろうか?


 そして現に定位置に留まっているのは彼女くらいしかいないーー


 恐らく2,30代の成人女性だ。髪色が栄田と全く同じ金髪で少し親近感を覚えてしまう。


 そのため気づいた時にはもう、俺は話しかけていた。


「エ..エクスキューズミー! (す、すみません!)」


 すると外人女性は『ん?』と首を傾げたので更に続けた。


「Could you please take a picture of us ? 

(僕たちの写真を撮ってくれませんか?)」


「えっと..。写真..? 勿論大丈夫よ!」


「..? 日本語、話せるんですか? 凄い上手ですね!」


「うふふありがと! 旦那がこっち住みでね。来日してから長いのよ..。

っと、話が脱線しちゃうわね..。じゃ、とりあえず、スマホ頂いても良い?」


「あ、はい..。えっと、ここをこうスワイプで、このシャッターを..」


「ふふ。大丈夫よ。私も同じの使ってるから!」


「..はい」


 結局、写真は三枚撮ってもらった。

一枚目のは栄田が目を瞑ってしまっていたが、2,3枚目は良く撮れていた。

しかし全国展開の某洋服屋と、背景はいささか物足りないーー

だからもっとマシな場所で撮ってもらうべきだったと後悔しつつも、

わざわざデートを中断してまで、行く先々で写真を撮るような行為は億劫だったため

これでもまだ良いかなどと逡巡した挙句の果てに、栄田はとうとう動き出した。


「..。康太、もっと意地悪な事すると思ったのに、

私と写真撮りたいんだったらこんな場所じゃなくて

もう少しマシな所にすれば良いじゃん」


「..そうだね。同意見だよ、俺もーー

というか、もう動いてくれるんだね。嘘ついてないって、分かったからか?」


「ううん..。これは確信だよ。康太は私に嘘をついてる。

でも、私だって、、康太に..何でもないーだから、もう良い」


「そっか..」


「ねぇ康太..」


 この時栄田はいつになく真剣な顔付きだった。普段の溌剌とした笑みでは無く、

俺をその場に据え付けて決して逃さない捕食者のような鋭い眼差しを向けてきた。


 芯の強い女性の顔だ。あまりの美しさに、思わず見惚れてしまった。


「私、服はもう要らない。康太の昔着てた私服で大丈夫..。

だけど今日一日だけで良い..。『浴衣』って奴..、私も、着てみたい!」


 浴衣ー


 彼女がそれを、突拍子もなく言ったわけではない。

というのも、さっき写真を撮ってくれた外人女性はこれから夫と二人で浅草に赴き、

そこで『浴衣』をレンタルしてもらってから、街を散策するのだとかー


 他愛もない話ではあったが、栄田は案外それを真剣に聞き入っていたのだろう


「良いよ」


 だから拒否るまでもなく、俺は彼女の要求に応じた。

普段は着ないような珍しい衣装を身に纏うのも良い経験になるかもしれないーー


「あと、康太」


 しかしまだ何か要件があったのか、いつもの表情に戻った栄田は言った。


「康太に我儘言うのも、これで最後かなーー!」


「まっさかー? そう言ってる人で本当に最後になる奴、俺みた事ないよ」


「えへへ..。そう、かな..?」









 











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