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第四十五話 すれ違い

「あれ? 康太くん何してたの?」


 あの後、トイレで泣き腫らしすっかり眼下が赤みがかってしまった俺は、

洗面台で顔を濯いで涙の証拠を完全に隠滅してから渡り廊下に出た。


 するとそこにいたのは栄田ではなくいつの間にやら起きてきた七瀬で、

彼女はちょうど歯を磨きにここに訪れる真っ最中のようだった。


「あ、用を足してただけ..」

「そうなんだ。ごめんね、変な事聞いて..」


「い、いや別に..。ところで七瀬は何しに?」

「え、えっと、、私は歯を磨きにきただけだよ..」


「そっか..」


 俺はそう言って、さも興味深げに相槌を打った。

本当は彼女の返しを予想していて、それが的中した以上何の新鮮味も得られなかったが、

その事を敢えて口に出すよりも同調しておいた方が事は円滑に進む


「じゃあ、また朝ご飯できたら呼ぶから」

「うん分かった!」


 そして、朝っぱらから元気一杯にそう答える彼女の笑顔につられて俺も笑った。


「あ、でも..」

「まだ何かあるの?」


「うん。今栄田さん着替えてるからクローゼットは開けないで..ね..」


 と七瀬ーー


 彼女は俺と栄田が好き同士なのを知っているから、

少し含み笑いを浮かべながらそう言った。俺がクローゼットを

開けないと分かっていながらわざと念を押すその意図は分からなかったが、、


「了解..」

「ふふ、別に開けてもいーんだよ?」


「..。あんま揶揄うな」


 そう言って、俺は七瀬の頭を拳骨で軽くグリグリした。

あまり強い力は入れてないはずなのにそうするたびに、彼女は『痛い痛い!』

と大袈裟な素振りをしてみせた。


「もう..。暴力反対だよ!」

「ぐ..、それには反論の余地がないな..」


 と、これで会話の前置きは終わりで、ここからが本題ーー


「七瀬」

「ん?」


「七瀬も、今日のお祭りあるの、、行く..?」

「あ....」


 栄田も誘ったのだから、

ここは公平性を喫して七瀬にも声をかけておかないと申し訳ない気がした。

それに一人でこの家にお留守番させるのは彼女にとってまだ少々荷が重い。


 しかしいざこの提案を持ちかけた時、彼女は少しだけ表情を曇らせた。

そしてこうなった時の答えはもう、決まったも同然なのかもしれない。案の定ーー


「..。私は、いいや」


 と、七瀬は首を横に振った。


「どうして?」


 だから俺は理由を尋ねてみる。


「....」


 ただ、それに対し返ってきた答えは沈黙だった。

七瀬は黙り込んだまま、ちっとも口を動かす気配さえ見せてはくれない。


「お祭り、、嫌い..?」


 それゆえ、今度は俺の方から話しかけてみる事にした。

すると流石に何か話さないとまずいと思ったのか、

彼女もようやくその重い口を開けて言った。


「ま、まぁ..。確かに、あまり人混み多い場所は好きじゃないけど..。

だって、栄田さんと折角のデートでしょ!? 私が邪魔しちゃ悪いじゃん!」


 と七瀬ー


「またとない機会だよ。二人で楽しんで来なって!」

「でも、その間七瀬はどうするのさ..?」


「ま、まぁ〜お留守番かな..」


「....」


 そりゃぁそうだ..。行動を共にしない以上、七瀬は俺が不在の場合は

お留守番以外にするような事もない。でも本当にこれで良いのかはいささか疑問が生じる。


「..大丈夫? お留守番....?」

「うん! 安心して私に任せてよーー

変な人は家に入れない。火の不始末には気を付ける。他にも

掃除、洗濯、ゴミ出しとかでやる事あったら今教えてくれれば助かるかも..」


 前言撤回ーー七瀬なら安心してお留守番を任せられると、今確信に変わった。


「分かった..。じゃあ、お風呂掃除お願いしても良いかな。

洗濯は干してから出てくし、ゴミも下の階層に行くついでに持ってくから」

「了解ーーそれなら簡単なお仕事だね、、」


 そう言って、七瀬はポンと手を叩いた。その仕草がどこか可愛らしい。


「だけど、本当にお留守番で良いのか?

別に七瀬がいても全然気にならないし..。その、もし昨日の俺の発言とかを

気にしてるなら....、あれは本当にーー」


 と全てを語り終える前に、七瀬は「ううん」と、ため息混じりに

首を横に3回振ったのち、俺と目線を少し合わせてから言った。


「違う違うーー私はあのくらいじゃ気にならないから!

それにこれを先に言うべきだったのだけど、何で私がお留守番を選んだかの理由..」


「うん..」


「確かに..、、記憶喪失の時は色んな刺激を脳に与えるのも良いと思う。

でも同時に、一人でじっくり考えるような、そんな時間も大切でしょ?」


「そうだね..」


 俺は七瀬の考えに得心した。


「うん..。だから今日は一日使って、頭の中を整理したい気分なんだよね..」

「そうなんだ..。じゃあ無理に誘うのも悪いか..」


「ふふ、ありがとう。

というわけで、これは栄田さんにも伝えておいてくれないかな..」


「あ、あぁ..。分かったよ..」


 などと一連のやり取りを終え、俺と七瀬はひとまずそこで別れようとしたが

まだ何か伝えなければいけない事はあったかと悩み抜いた時、

俺はまだ彼女に一つだけ言い忘れている事があるのに気が付いた。


「七瀬!!」


「え..。どうしたの? そんな大声出して..?」


「..。別に大した事じゃないんだけどさ、今日のデートがもし

スケジュール通りに進めば、俺たちは多分、夕飯終わりの7時30分頃には

東京タワーの展望デッキにいると思うからーーもし留守番飽きたら七瀬も来いよ」


「....。いや、私は良いよ..」


 しかし、七瀬はまたもや食い気味に俺の提案を却下した。


「そっか、なら..。仕方ないな..」



 こうして、七瀬との束の間の対談は幕を閉じた


 そしてその後、俺は無造作に扉を閉める彼女の方を振り返る事もなく、

二人のための朝食の準備に取り掛かるために

むくみで下垂し、ぼやぼやする眼を擦るーー


 今日の献立は何にしようかな?? と考えながら、俺は

熱気と湿気のほとばしる熱帯雨林気候みたいな狭い渡り廊下を進んで行った。






 










今回語った七瀬のお祭りに行かない理由の信憑性は

8話の冒頭部分がもうほとんど答え合わせになっているので、

興味のある方は是非そちらも見返してみてください。


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