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第四十三話 PTSD

「ところでーー」


 俺は栄田に聞いてみる事にした。

食卓上の皿を洗剤で全てピカピカに磨き上げてスッキリした後、

洗面台に移動して歯磨き粉を歯ブラシに塗りつけゴシゴシしながらー


「栄田はさ、、なんで俺の事なんか好きになったの?」


「俺の事なんかって、、自己評価低すぎ。

そんな自分を卑下しないでもっと自信持ちなよ」


 と、彼女もまたコップで口を濯ぎながら言う。


「でも、康太の好きなとこね..。

沢山あるけど一番はやっぱり、優しいとこ..かな..」

「お人好しなだけだよ」


「うー..。またそーいう事言う! それより康太はどうなのさぁ!?

康太は私の何が気に入ったわけ?」

「かお」


「は..」

「冗談に決まってんじゃん。でも栄田が可愛いってのは事実で、そこが

少なからず好きになった要因の一つであるってのは完全には否定し切れない。

だ、だけどな! 俺がお前の事を好きになった理由は、、」


「なになにー??」


「無遠慮なとこ。謙遜しないとこ。不躾で横柄なとこ。我儘なとこ..」

「ち、ちちちょっと待ったぁ!! ねぇ、さっきから私の事貶したいわけ?

そうでしょ!? 康太私の事貶したいんでしょう!?」


「いや、俺は寧ろそれは誇るべき素晴らしい個性だと思うんだけど..」

「え..??」


「だってさ、付き合っても互いにどこか一線を引いて、遠慮し合ってるとか、

なんかイマイチ心が開き合ってないっていうのかな..? そういうの、

ステータスとして誇示する分には問題ないと思うけど、一緒にいて楽しくなくない..?」


「ま、まぁ..。というか私はそもそも、そーいうのステータスとして

捉えている人の心情がよく分からないんだけど..」


「そ、そうか..。じゃあ分からなくても良いことだよ..。これは。

でもとにかく言いたいのはな栄田。俺はお前といて楽しい! 以上ーー」

「..。無遠慮で、我儘な私でも..??」


「はは、、そこが良いんじゃん。そりゃあこっちだって過剰搾取されるのは

ゴメンだけど、ああして欲しいってはっきり言ってくれる人の方が俺は好きかな..」

「へぇ..。なるほど、康太はそーいう私が好きなのかーー」


「ふっ..。でも、たまにはこの手の質問も悪くないな。

意外と自分では見えていない新たな一面を教えてくれるから」

「そ、そうだね..」


 俺は歯を擦る手の動きをいつもの倍以上の速度にした。

歯茎から血が出たのか、ブラシからほんの少し鉄の味がする。


「ところでさ..。栄田..」

「うーん? どうしたの..??」


「明日、近所で夏祭りがあるんだけど、一緒に回らない..?」

「あ..」


「け、結構楽しいんだぜ! 出店も色々あるし、、

スイカ割りなんかも出来るんだ! そ、それに..」


 ガラガラと、口の中のフッ素を吐き出しながら話したせいで、

水が気管の中に入り込みゴホゴホとむせてしまう。


 そして、栄田はそんな俺の背中をさすりながら笑って言った。


「ふふっ。そんな真剣に説明しなくても、私断ったりしないよ!

でもふーん..。夏祭りかぁ、、なんか、青春て感じだね..」

「そうだな..」


「康太..」


「うん..」


 鏡越しに、栄田と目線を合わせて3秒以上の沈黙ーー

もはやこれが意図を尋ねるまでもない相互認識、示し合わせのようなものだった。

そして実際に、そんな彼女のしたい事と、俺のしたい事は重なっていった。


 水で濡らしたばかりの唇を真剣に向かい合って重ね合わせながら、

二人はまた、好きだという気持ちの擦り合わせと、白昼夢に堕ちていった。

上気した互いの呼気が当たるたびに、目の前の人が愛おしくて堪らなくなっていくように。


「もう、、寝よう..。康太..」

「いやまだ..。もう少しこうしてたい..」


 そう言って、俺は首元くらいの丈しかない彼女を胸一杯に抱きしめて、

その温もりを感じながら泣きたくなる気持ちを必死で堪えた。


「でも..」


「早く、七瀬さんの所に行かないとダメなの..」

「どうして、、」


 焦るほどの事ではないだろうと俺は思った。


 それなのに、栄田はその場で必死に身を捩らせ組んでいた俺の手を

振り解いた後、今度は先程とは異なり、一瞬だけ俺に視線を送って言った。


「泣いてるから..。誰かがいないと、可哀想だから..」

「単純に記憶喪失で不安なんだろう..。七瀬も、栄田も..」


「違うよ..」


 しかし、栄田は首を横に振った。


「康太..。『置いて行く』って、どういう意味だと思う?」

「は..? それ今は関係ないだろ..」


「関係、あるよ....」


 と言って、彼女は一段下の渡り廊下にストンと足裏を接地させた後、

右に少し進んだ場所にあるドアノブに手を掛けた。


 後付けでもない、元から家に備え付けられていた球体型の木製ドアノブは、

持つと丁度いい塩梅で手のひらにシンデレラフィットする。


 それに内鍵は付いてないから、

後は外部の人間の意思次第で自由に好き勝手出来るはずなのに、

栄田はまるで、重い鉛の輪をリストに巻いているのかとでも思うくらいに

あまりにも鈍い手つきで扉を開ける一連の動作をこなした。


 現在時刻は、22時40分ーー


 ガタッという低い音と共に、室内へと通ずる扉は開放された。

とはいえ、辺り一面真暗闇に覆われたその中をカーテンのレース越しに照らされる

都会のビル群の光源を頼りに手探りに進むしかないのが現状だ。


 というのも、扉の隣に据え付けられた電気のスイッチを灯すと、

ベッドで寝ている(はずの)七瀬が起きてしまうのを配慮したからである。


 しかし、、


 グスッという嗚咽と共に、どこからかふと高い悲鳴が聞こえたのは

丁度その時で、その声の主は夜目が効いてきた今ならかろうじて観測する事が出来る。

俺がすぐさま視線を落とし、やや目線を右に移動させた場所にいる彼女の所ーー


 そう、七瀬志帆のいる場所に、俺は焦点を合わせたー

そんな彼女はサラリと伸ばした艶髪を月光に反射させながら、身体を横に向けていた。


「ごめんね、、ごめんねーー」


 と、そう何度も呟きながら、よく目を凝らすと彼女の閉じた瞼からは

一筋の涙が頬を伝っていた。それに唇も凍えるように震わせてーー


「ごめんなさいー・・!!ーー」


 今度は人一倍大きい声を発した彼女のその謝罪が、

冷気の立ち込める室内の空気を震撼させた。


「ごめんなさいーー置いて行ったりなんかしてごめん、、ごめんーー」


 と、ここに来て俺は横に立つ栄田を一瞥しようとしたが

さっきまで前にいた彼女はもうとっくに、七瀬の近くまで移動しておりーー


 そんな譫言うわごとを呟く彼女の手を優しくそっと握っていた。


 すると不思議な事に栄田の穏やかな胸中が伝播したのか、

さっきまであれ程の寝言を囁いてた七瀬のそれはぴたりと止まり、

かと思えば今度は、肺からスースーという寝息を立て始めた。


 しかし..、これは一体どういう事なのだろうか?

七瀬の謝罪は寝言という範疇をとうに超えていて、

あそこまで明瞭にはっきりと聞こえるのは初めてでーー


 そんな疑問を抱いた時、目の前の栄田はポツリと口を開いた。


「PTSD」


「は..?」


「心的外傷後ストレス障害ーーって、聞いた事ない? 康太..」


「あ....」


 と、ここにきてようやく俺は一つの結論に至った。

そしてもしそれが正しければ、恐らく七瀬はーーー


「そう..。多分、過去に何かしらの強いストレスを受けたのが

トリガーになって、こうして毎晩、悪夢でうなされているの..」


「だから、、側に居てあげないと..、私たちが..」


 PTSD


 もしかすると、過度な精神的負荷で七瀬は記憶を失っているのかもしれないーー



























 5月31日











次回から二日目が始まります。


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