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第四十二話 おやすみのキス

 俺はまたやらかした。

失言に失言を重ね周囲の警戒を怠ってしまった。そして七瀬は今、

両手から掲げているビニール袋? のようなものをドスンと食卓の上に置いた。


「康太..。まず、これは前みたいに演技じゃないのは理解しておいてね..」

「はい....」


 昔、どこかで見た事のある金剛力士像ーー

所謂『阿吽の呼吸』で知られるそれは、鎌倉時代、運慶、快慶とう名の二人の兄弟

に作られたとして、有名な彫刻である。


 敢えて人間の本来の比率を用いず、頭部が大きくなるように構成する事で

下から見た時の迫力が段違いのそれは、鬼のようなその形相も相まり、


 あの嘘つきの手を噛みちぎる事で有名なイタリアの真実の口に並ぶ、

幼少時の俺のトラウマのうちの一つなのだが、


 今の七瀬の表情はまさに前者..


 というのは少し大袈裟で、寧ろ柔和な笑みを浮かべている。

しかし全身から漂う禍々しいオーラはあまりにも激しく、立っているだけで

俺に髪がズル剥けになりそうなほどの恐怖心を植え付けた。


「とりあえず、すわろーか..」

「はい..」


「ねぇ..」


 空気が震え上がる。

彼女の一言一言で、まるで大気中の構成分子が逃げているせいか、

ここら一帯の酸素濃度は低下したように感じられ、息が詰まりそうになる。

そんな気味の悪い閉塞感を感じながらも、これといった反論の余地もない自分は


「はい..」


 と、張り子の虎に徹する他はない。


「ふぅ..。聞きたい事は山ほどあるんだけど..」

「何でしょう..」


「康太くん..。私がいなくなってもどーでも良いんだね..」

「あ..」


「ううん。少し黙って聞いてて欲しいの..。

私、、もう邪魔なのかな..。だから、この家から出て行って欲しいんでしょ..?」


「え..?」


 そっか。七瀬はまだ、自分が幽霊である事も知らないから、

そういう風に解釈してしまうのか..。ならその質問に対する返事はノーだ。


「そんな事思ってないよ」


「そう..。じゃあ私の勘違いだったみたいだしごめんね..。

栄田さんと一緒にいて、楽しい空気をぶち壊しちゃって..」


 と、七瀬は案外、素直に折れてくれた。


「ううん。気にしないでよそんくらい..。

それより七瀬、何買ってきたの??」


「栄田さんの油、、スーパーで特売だったから、

500mLのオリーブオイルをボトルで3本くらい..」


「わかった..」

「うん..。良いかな..。あ、、私先に寝てるね..」


「お、おう..。おやすみ..」

「康太くんも、おやすみなさい..」


 そうして、もう身支度をある程度済ませいつの間にやら

寝巻きも装着している彼女に気が付いたのはちょうどこの時だった。

一体全体いつから帰ってきていた事なのやら..。


 しかし、同じような状況に陥るのはこれは最初ではない。

特に顕著なのは七瀬だが、俺がほんの少し作業に気を取られている合間に背後に回られる

なんて事はザラにある。つまり彼女からは普通に歩いていて、おおよそ足音と呼べるものが

聞こえない。とはいえ足そのものがないわけではないから今までは無視していたが、


 こうも偶然が重なると嫌でも考えざるを得なくなる。

何を考えざるを得ないのか? それは、、


 振り向き様に、扉の前でまた軽く会釈をする七瀬は、もうおやすみを交わしてから

数メートルは離れた場所に移動していて、それでいてまた足音が聞こえないのは..。


 幽霊には足がないーーあれ、本当なのかもしれな


「七瀬さん..。わざと難波歩きしていない?」

「は..?」


「ほら、康太の部屋に置いてあった漫画であったじゃない?

えっとタイトル忘れちゃったけど、、敵の背後から近づく時、

それを悟られないように音の出にくい難波歩きをするシーン」


「あ、あぁ..。あのシーンか..。

確か、右手と右足、左手と左足を交互に出す事によって、

衣服の擦れを抑えて音が出にくくなる歩法..。あれを七瀬が?」


「そうなの..。今部屋入ってくとこ見たけどしてたよ。難波歩きーー」


「マジか..。通りで全然足音がしないと思った」


「うん..。でももうとにかく、七瀬さんの話はあまりしない方が良いよね。

壁に耳あり障子に目ありだよ。いつどこで聞かれてるか分からない..」

「な、なんかそう言われると怖くなってくるな..」


 幽霊だしーーとは言えなかった。


「さて..。もう夜も更けているし、私達も寝よう!

パジャマはどれを着れば良いかなーー??」


「俺の部屋にあるの、どれでも良いよ」


「あぁそっか..。昨日のあのクローゼットね?」


「イェス。栄田服のセンス良いし、わざわざ俺が選ばなくても

自分で好きなの着た方が良いと思うよ」


「え、、あ、、褒めてくれたの?」


「褒めた。センス良いって」


「あ、ありがとう..」


 と、少し恥じらう風を装いながら答える栄田。

しかしそんな彼女には、照れると横を向いてしまう癖がある。


「顔見せて」

「やーだ。凄いニヤケヅラしてる。恥ずかしい」


「そっか..」


 興味本位で聞いたが、丁重にお断りされてしまった。残念ーー


「でも..。こうすれば見えないでしょ?」


 そう思ったのも束の間。意味深な台詞を発した栄田に注目した

俺が最後に捉えた映像は、後ろを向いて水を口に含んだ彼女が、

上半身をこちらに翻し、膝下をクロスさせた事だけである。


 そして視界がブラックアウトし、

伝わってくるのは生暖かく柔らかい彼女の舌から

唾液ではない、さっき彼女が口に含んだぬるま湯を直接口腔内に流し込まれた事。


 プハっと、唇を離した彼女の嘆息が聞こえた。


「康太..。寝ている間は水不足になりがちなの知ってるよね?

だから今から水分補給ーーそれと、おやすみのキス? みたいな..」


 と、栄田の声を聞きながらもどこか上の空の自分は、

さっきキスしたばかりの唇ではなく、どういうわけか頬を触れていた。


「私達、、好き同士じゃん..。

だから恋人の真似事? ジャないけど..、こういう事、毎日一回はやりたい..」


 普段、小さい子供のようにグイグイ自己主張するタイプの栄田の

要求を俺はその都度突っぱねてきたはずなのに、今の彼女の要求を

断る理由はどこにも無い、それどころか、こっちが願う所でもあったからーー


「ワンモアタイムプリーズ..」


「駄目..。これ以上やったら多分止まらなくなるでしょ..?

私ももう今がギリギリーーでもこのもどかしい感じが良いの..」


 なるほど、確かに悪く無いかも..


「だからもう寝よう康太」


「一緒に..?」


「う、うん..。そう、、だね..」


「どうしてはぐらかすんだよ? 一緒に寝るくらいだったら問題無いだろ?」


「そうなん、だけどさ..。隣同士で寝るのは、、」


「七瀬の事か? それならあいつは俺のベッドで寝かせて、

俺たちは下の掛け布団で良いだろ?」


「違う、、」


「何が..??」


 俺は餃子の皿にこびり付いた油汚れを水で洗い流しながら、

片手間に栄田に尋ねてみた。まさか栄田もかなり理性のタガが外れかかっているのか?

なんて甘い妄想をしながらーーしかし実際に帰ってきた返事は予想外だった。


「えっと、なんて言うのかな..?

七瀬さんその、凄い寝言がうるさいタイプの人で..」


「ま、マジ..」


 あまり、そんな風には見えないがーー


「口開けて寝る感じ? それとも歯軋りする感じ?」


「どっちも違う..。だからなんて言うのかな..? 寝言に近いんだろうけど..。

あんなやわなもんじゃなくて、もう本当に誰かと話しているみたいな..。

酷く怯え切っている感じで、、、」


「あぁなるほど。怖い夢でも見てたんだと思うよ..。

俺でもたまにそうなる時あるから」


「うーん..。そんなもんなのかな..?」


 そんなものだろう。寝言なんて大抵、夢の内容だったりする。


「怖い、夢ね..」

「栄田はそういうの見ないの? 

というか機械でも夢は見るものなのか??」


「うん..。一応そういう風に作られてるから、、でも..。

昨日はその、、結局一睡も出来なかったの..」

「不眠症?」


「違う..。”今夜”もだったら、康太の部屋に入れば、わかると思う」

「そ、そうなの? じゃあそうしよう。皿洗いも終わったしね..」



「うん....」





 











 



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