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第三十七話 ヒロインの崩壊

 現在時刻は17時50分ーー


 既に夕暮れどきに差し掛かり、橙赤色の空は真白い綿菓子を

画角内に散りばめている。


 そんな空を縦横無尽に旋回する鳥を見つめていると、

視線はやがて近くに大きく聳え立つ東京タワーに向けられた。

高さ333mのそれはかつてアナログ放送の電波塔として扱われていた

らしいが現在はお役御免となり、


 東京スカイツリーが万一電波を送れなくなった際の予備電波塔としての

役割くらいしか担っていないそうだ。


 そんな観光地としての意義しかなしていないように見える朱色の

長い建物も、俺が生まれる前に一度、先端部分が曲がってしまった事が

あったらしい。


 確か、東日本大震災の時だったっけ..。

自分はその時まだ1歳を目前に控えた赤子で当時の記憶はもうないが、

父曰く俺はその時から今に至るまでずっと母譲りの青みがかった瞳を有している。


 ちょうどそれは栄田と同じくらいの色合いなのだが、

俺は彼女のようにヨーロピアンな顔付きなわけではない。

 

 ただ、今も記憶の中で朧げに残る死んでしまった母の顔を想起するたび

浮かび上がってくるその顔はどこか日本人離れしていた。


 父曰く母はハーフでもクオーターでもないとの事だったが、

今考えてみれば明らかにあり得ないと、そんな気さえしてくる。


「ねぇ..」


 そんな時、掛け布団の上の狭いスペースを三人でシェアする状況下で、

栄田が不意にこんな事を俺に聞いてきた。


 「康太のお母さんって、どんな人?」


「え..? 昨日お前も会った、、いや..お前は透明化で隠れてたか..。

まぁでもとにかく、昨日の夜、俺と七瀬と一緒にいた人だよ」


 「へぇ..。綺麗な人だよね..」


「まーな..」


 「違う違う。私が言ってるのは康太の前のお母さんの事」


「え..?? 俺栄田にその説明したっけ..?」


 「ごめん..。昨日話してたの盗み聞いちゃったんだ..。

  それでたまたま近くにあったアルバム捲ってみたらビンゴ。

  それらしき人の写真が見つかったってわけ」


「懐かしいなアルバムーー

もう長い事見てなかったから存在も忘れかけてた..」


 そんな栄田とのやり取りに、目を丸く見開いた七瀬が横槍を入れた。


「へぇ..。ところで、康太のお母さんてどんな人なの?」


 そう尋ねられたので俺が答えようと思ったのに、

右手に座る栄田が応じるタイミングの方がやや早かったようだ。


 「もうね! すっごい美人な人なの!

  本当に..。外国の人かなって思うくらいで、、

  特にあのラピスラズリみたいな濃青色インディゴブルーの瞳..」


「ふーん..。でも康太くんの瞳もよく見ると青いよね..。

やっぱり母親譲りなのかな??」


 と、栄田の総評を受けた七瀬はポンと手を叩き、俺の顔をじっと覗き込む。


 それに対し一歩後ろにのけ反ることで

かろうじて彼女の伸びた腕が俺の顔に直接触れる範囲から免れたものの、

傍に座る栄田の目線は痛いほど伝わってくる。


 そして七瀬と俺の間に生まれた妙な空気を遮るかのように栄田は

スゥッと腹式呼吸で腹を膨らませた後、どでかいスピーカーのような声で言った。


「そうよ! 康太の目は私とお揃いなの!!」


 「本当だね..」

 「栄田うるさい..。近所迷惑だからやめて..」


「う..」


「と、とにかく俺の母さんの話はもう良いかな..?」

「うん! もう十分聴かせて貰ったし有難う、康太くん!

ところでー今日の夜ご飯は何にしようか..」


 「ふっ..。勝手に満足してすぐにご飯の話ですか..。

  食いしん坊さんですね (ボソっ)」


「栄田さん。何か言った..??」


 「本当は聞こえてるくせに、わざわざそう言う辺り性格の悪さが..」


「ストップストップ!! お互い言い合ってもキリがないだろ!!

さぁ今日の夜ご飯は何にしようか..。三人もいるし、やっぱ餃子とか作るか..?」


 「..」


「餃子..良いね! でも具はあるの?」

「大丈夫だよ。田舎の婆ちゃんから送られてきた新鮮な葉物と

ひき肉もあるし、皮も余ってるから丁度良いの作れそうだなって、、」


「分かった..。じゃあ作業に取り組もう!

私も手伝って良いよね?」

「勿論。人手は多い方が助かるしね..」


 「..」


「栄田..?」


 「なに..」


「栄田も一緒に手伝ってくれないか..?」


 「え..。ななな、、私は、、良いよ..。

  手伝ったってどうせ自分が食べる訳じゃないし、、

  で、、でも康太がそこまでーーー」


「じゃあ栄田さんは手伝わないで良いよ。

餃子は私と康太くんの”二人”だけで作るから」


 「ぐ..」


「いや、だけど俺は三人で作りたいな。

栄田には食べさせてやれないのは申し訳ないけどさ、、

その過程だけでも楽しんで欲しいし、蚊帳の外は可哀想だろ」


 「康太..」


「康太くん..。そうは言っても本人が拒絶してーー」


 「作る!!」


「え..??」


 「私も康太と一緒に美味しい餃子作るから!!

  ねぇ康太!! 時間内にどっちのが数作れるか競争しようよ!」


「お! それ良いね! 七瀬もやる..?」

「あ、、う、、うんじゃあ私もやろうかなー」


 俺は、


 こんな平和なひと時が、今は楽しい。

三人で屈託のない笑顔で話し合って、たまに栄田が七瀬に突っかかってくる

のをフォローしたりだとか、ましてや両思いの人と一緒にーー


 晩飯の準備までしたりだとか、そういう時間が無限にあれば良いのに

なんて叶わない幻想を抱けど現実は無情で、三人の間に流れる共通の時間を

止めてくれたりなんかはしない。


 どれだけ充実した生活を送ろうとも一週間経てば全てが終わる。

ならば新雪の上に足跡を刻みながら猛吹雪の中をただ一人突き進むのではなく、

道中で出会う仲間と出会って過ごしたその過程を最高のものにしたい。


 なんて臭い妄想を胸に抱きながら、かなり匂いのきつい

餃子のタネを、俺たち三人は皮に包み込む作業を取り行っている。


 ダイニングテーブルの上に餡を入れたボウルを置き、

適当に三等分に配分した皮を一人一人の椅子の近くにあるテーブルの上に

セッティングし終えたらもう下準備は完成。そして、


 今朝と同じ場所に座った今、隣にいるのは七瀬で、真正面にいるのは栄田。


 だからできれば三人で楽しく話し合いながらのんびり作りたいと思ってはいたが、

七瀬はもう餡を包み始めた段階から職人の目つきをしており、息も忘れるほど

作業に没頭している為か眼は少し充血していて、時折鼻から漏らす吐息だけが

”ふっふっ”と一定のリズムを刻んでいた。


 というのもあり、話しかける相手は必然的に栄田となった今、俺と彼女の

二人は作業そっちのけで適当に手を動かしながらもうかなり長い事雑談を続けている

 

「栄田はさ、その片方の目結局どうなったのか分からないんだよね..?」

「そーそ..。なんか変なんだよね..。能力が使えないだけじゃなくって、

こっちの目からは涙も出てくるようになった」


「へぇ、機械なのにそりゃ可笑しいなやっぱり、、」

「でしょ..。どこに涙を流す機械がいるのって話..、てか思ったんだけど、

この街には私と似たような人は一人もいないんだね..」


「そりゃあいないよ。ここだけじゃなくて何処にも..。

だからお前が可笑しいんだよ..。マジで早く記憶を取り戻してくれよ!」

「へっへ、、今の所、、それはまだ出来そーにないかな..。

前にも話した『お母さん』だけがそれを知る手掛かりになるんだけどね..」


 『お母さん』と、彼女はダイニングに移動してから雑談を開始し、

このワードを発すのはこれでもう7回目だ。


「『お母さん』は多分だけどさ、私を作った人だと思うんだよね..」

「どうしてそう判断するわけ? 他に整備士みたいな人はいなかったの?」


「..。いたんだと、、思う..。

でも、私ってかなり複雑なシステムの上に成り立っているって事は自分でも分かるし、

そんな膨大なデータを処理出来る人間なんてまず一握りでしょ..」

「まーね..。そもそもお前みたいに自律思考型のロボットってのがなーー

確かこっちに来た最初に言ってたっけ..。深層学習ディープラーニングがどうのって..」


「そうそう。私の思考の基盤となっているものの概念ね」


「それなんだが..、一つ気になってた事があってさ..。

気を悪くしないんで欲しいんだけど、栄田、お前は本当に自我があるのか..?

もし無感情に、ただ俺が喜びそうな事を言ってるだけとかじゃないよな..」


「それはない!! 私が康太の事が大好きなのは本当の気持ち!!

ふぅ..。勘違いしないでよね。深層学習ってのはあくまで基盤となっているもので、

そこに人間しか持ちえない曖昧な感情を出力し意図的にバグを生じさせる事で

生まれたのが私! って訳だから、私は栄田愛華っていう独立した一人の女の子。

そこら辺に腐るほどいる”野良ai”と同じにしないで欲しいよね!」


「ちょっと待って..。また聞き慣れないワード。野良aiって何?」


「ふふふ..。人間の言う事に従順で、その通りにしか物事を実行出来ない

奴隷みたいなai連中の事よ。私の下位互換みたいな感じね!」

「そーいうのドヤ顔で語るか..。でも良かったよ。栄田は栄田だって分かって..」


「うん! なら良かった!」


 などと話していたその時、突如横で餡を皮に包む動作を何遍も繰り返していた

職人七瀬の手が止まった。


「な、七瀬..?」

「康太くん..」


 かと思えば、茹蛸みたいに真っ赤になった顔をこちらに向け、

直後俺の肩をいきなり掴んだかと思えば次は栄田の顔を見て、また俺の顔を見て、

口を金魚のようにぱくつかせながらやっとの思いで声を絞り出した。


「こ、こここここ康太くん..」


 とーー


 正直未だかつてないほどの狼狽っぷりに俺は驚きを隠せない。

こういう場面をいつもは薄ら笑いで楽しむ栄田も怪訝そうに伺う辺り、

いかにこの時の七瀬の様子がおかしかったかーー


「えええええ、、、えええええ」


 ぶっ壊れた機械みたいに同じ母音しか繰り返さない。


「えええ、ええ栄田さんが、、こ、こここ康太くんの事が好きだっってててーー」


「あーーそうだった。ごめん、七瀬にはまだ言ってなかったけど..。栄田とは..」

 「う、ううううん。わ、わわわわわ」


 栄田..。お前もそうなるのか..。


「へ、へへへへへへへへぇ、、は、、ははじめて知ったからちょっとととびっくりりり..」


 「そ、そそそそっかかか」


「う、うんんんんーー好き同士しししなんだねねねね。

もしかしてもうキスはしたりりりりーー」


 その動揺のあまり、通常は少し弄るか小馬鹿にする感じで聞くこのありがちな質問も、

七瀬が想定外の異常性を垣間見せるため全然煽りとして機能していないばかりか、

この問いへの返しによっては、七瀬を更に混沌の渦に陥れてしまうのも考慮するとなるとーー


 アレは伏せた方が良いし、そもそもおおっぴろげに言う物ではないからと無視したが

全てを察した七瀬にとって、その沈黙は寧ろ逆効果だったらしく、


「ガガガガガガガガガガガガ」


 かくして、七瀬は理性を失い本能の従うがままに生きる道を選んだ。


「ガァ..ガァ..」


「どうしよう..。七瀬が壊れた..」


 「ガァ..ガァ..」


 栄田、お前も壊れるのか。



 





 



 




 

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