第三十六話 一度きりの質問
第一章スタート!
栄田が成仏するための要因は誰かを好きになる事だなんて、
チープな映画のラストにありがちなものではないと薄々勘付いてはいた。
だから仮に彼女がそう(成仏)出来なくとも
俺の精神は掻き乱されたりなんかしないし、
実際そこまで驕り高ぶっていた訳ではない。
それでも現状成仏しない彼女に対し少し思う節がある辺り、
つくづく自分の度量の低さを再認識させられる。
ただーー
「大丈夫..。少し立ちくらみしただけだから..」
今回はダメだった。それだけの事である。
学校の問題で間違えた所を解き直すみたいに、トライ&エラーの繰り返しーー
模索して、模索して、模索してーー
栄田、そして七瀬の二人を成仏させる方法を模索して、模索して、模索してーー
「ごめん..。まだ気持ち悪りぃかも..。ちょっとトイレ..」
模索して、模索して、模索してーー
シャワーカーテンを隔てた浴槽の反対側に備え付けられた洋式トイレに、
俺は込み上げてくる胃の中の残留物を思い切りぶちまけた。
水の中に溜まった吐瀉物の匂いを嗅いで、気持ち悪くなって、吐いて、
気持ち悪くなって、吐いてを繰り返し、一分格闘しようやく痙攣が治ってきたものの
今度は身体中から溢れる脂汗が止まらなくなっていた。
「ごめん..。ごめん..」
そうして、どうやら俺という人間は、酷い罪悪感を抱いているようだった。
二人の存在を忘れない為などとご都合主義的な名目を掲げ、単に生きながらえたいだけ
という醜い欲求を腹の中にしまいこみ、成仏させる方法を模索する。
そして今回は不発に終わり、栄田は成仏しなかった。
ホッとした。しかしそれと同時に俺はこうも思ってしまった。
『何故、成仏してくれないのだ?』と、そして
ほんの気の迷いに留めておくべきだったこの感情は徐々に膨れ上がり、
俺はついさっき七瀬に八つ当たりをしてしまった。そっけない態度を見せてしまった。
本当は大好きな栄田ともっと一緒にいられるのが嬉しくて堪らないはずなのに、
理性とはまた別の、俺の生存本能みたいなシステムがそれを否定してくる。
その事が気持ちが悪く、酷く不快で、自己嫌悪感をまとめて
吐き出した時、便器の中には醜い吐瀉物が残った。
でも、そういう汚いものをまとめて自認し排出したおかげかは
分からないが、トイレから出た時、何故か俺はスッキリしていた。
「康太..」
だから俺の部屋の外の扉にへばりつくように待機している栄田と対峙しても
そこまで狼狽する事なく、名前だけ呼んできた彼女を一瞥
「私、康太の事が大好きーー死んでもいいくらいに..」
「知ってるよ..」
「でもね..」
瞬間、彼女の眼光が俺を射抜く勢いを増した。
そしてその勢いを保ったまま彼女は次の言葉を紡ぎ出す。
「それだけじゃ、駄目、、なんだよね..」
「駄目? 駄目って何が..?」
「何て言うんだろう..。康太が私の事をどう思ってるか、、みたいな..」
「..つまり、、それを言ったら、
お前は死んでも良いくらいに、幸せな気分になるのか..?」
「うん。なるよ百パー」
「どう、、思っているか..か....」
「そうだね。でも、解答の権限は一回だけだよ」
「は..?」
「当たり前じゃん。数撃ちゃ当たる戦法でマグレの正解出されても
私は全然嬉しくないし幸せじゃない..。だから一回だけで、当てて欲しいの..」
「そっか、、解答制限時間は..?」
「ないよ。無限にある。だから今すぐじゃなくて良い。いつでも」
「ふーん..」
「すぐに出さないの?」
「いや..、、『お前の事を愛してる』とか、『好きだ』とか、
そういうすぐに出てきそうな答えを、お前は求めていない感じじゃん。
もし仮にそうだったら普通は制限時間が無限にあるなんて言わないだろうし..、、
だから出鱈目な事はしない。ちゃんと一度切りで当ててやるよ」
「ふふ..。ありがとう。康太ならそうしてくれるって信じてた..」
と、愛嬌溢れる表情を浮かべる栄田。
きっとロマンチックな展開になるのを想定して敢えてドキドキさせてくるような
質問を俺に投げかけてきただけなのだと、そう思った。
そして彼女の質問に答える分相応なシチュエーションはこんな薄暗い室内の中
ではなく例えば、もっと見晴らしが良く都会の街並みが一望出来るような、、
そんな場所が好ましいと、その程度の認識に過ぎなかった。
だからこれは思いもしなかったーー
そんな彼女が、、一度きりの解答権。そんな質問に対する俺の解で
成仏する事になるだなんてーー




