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第三十四話 robot

「じゃあ..」


 俺は七瀬が買ってきてくれたホールのケーキを開封し、机の上に置いた。


「食べようか..」

「そうだね。康太くん」


 ちょうど8等分したら良いくらいのサイズ感だったものの、

コーティングされた外側のチョコレートが硬いせいで肝心のナイフが通りにくかった。

ただ、一度刃を通して仕舞えば中はスポンジになっているのもありすんなり切れる。


 そんな所作を三回ほど繰り返し、不格好ではあるが一応、軽食としては十分すぎる

大きさのものが完成ーー


 ケーキに果糖入りの炭酸飲料は合わないから三人分の天然水を用意し、

三時のオヤツの時間にしては中々豪華な感じになった。


「うわぁ! 美味しそう!!」


 そのせいか、普段は控え目の七瀬も声を大にして喜んでいる。


 「康太! 私も食べたいよこれー!」

「栄田はダメだ。あくまで”形”としてって言っただろ?」

「でも..。栄田さんてそもそも何が食べれて、何が食べられないの..?」


 と、尋ねたのは七瀬だ。

確かにそれは俺も気になっていたとこだから、代弁してくれたのは有難い。


 「そうだね..」


 そして、彼女の質問にしばし逡巡した後、栄田は語り出した。


 「分かりやすい例を挙げるとするなら車かな..。

  私達の摂取する栄養素って主に五つあるけど..」

「五大栄養素の事か?」


 「そうそう。なら話は早くて助かるわ。

  とにかく、まずタンパク質。これは車でいう所の車体とかエンジンー

  次にビタミン、ミネラル。これは、潤滑油やオイルのようなもの」

「で、何が言いたいんだ?」


 「つまりね。こうした身体を”作る”為に必要なものとか、

  身体の調子を整える為に必要なものって、人間とは違って

  私には元から備わっているから、外部から摂取してわざわざ

  補わなくても問題無いのよ。ちょうど車の形が、

  経年劣化とか事故に遭わない限り崩れないのと同じようにねーー」

「お、オッケー..。まだギリ理解できる..」


 「....。とにかく、そういった動植物は私には不要なの。

  でもね、車がガソリンを補給しないと動けなくなるみたいに、

  私も活動を維持するためのエネルギーだけは外部から補給しないといけない..。

  そのために必要なものが油状物質で私の場合それは、食用植物油脂ーー」


「へぇ..。じゃあお砂糖入りのケーキなんて、絶対に食べられないじゃんか..。

だってその車の要領でいけば、燃料タンクに砂糖を入れると壊れるーー

それと同じ事が起こり得るんだろ..?」


 「うん..。多分そうなると思う..。『お母さん』にも禁止されてたし、、」


「ふーん..、、」


 本来であれば、ここで栄田の話のターンは終わるはずだった。

車に例えてまで懇切丁寧に説明した栄田の身体のメカニズムについて解説を受けた七瀬は

隣で呆然とした様子で頭がショートしているし、瞳孔が開いた良くエ○漫画とかで見る

レ○プ眼とは、ちょうどこんな感じだったなと彷彿とさせる表情を作っている。


 だからこれ以上の負担はかけるべきではない。そう思案した矢先の事、

不意に脳内にリプレイされた栄田のさっきの発言のある一箇所が心の中に留まった。

そしてそれを、俺はほぼ無意識で彼女に尋ねていた。


「栄田今ーー『お母さん』って..」


 「はっ....」


 言い終えてすぐに、自分がした質問を理解した。と同時に栄田の方を向く。


 すると彼女はまさに今、阿鼻驚嘆の顔を浮かべていて、吐息を漏らし、

肩はワナワナと震え出していた。まるで、衝動的に言ってしまった

もう取り返しのつかない発言を回顧しその過ちのデカさに発狂しかける時のようなー


 しかし、その取り返しのつかないものの正体とは何だろう?

栄田をここまで困惑させるものの正体を

俺は単なる知的好奇心で掴みにかかりたかっただけだった。


 だから、そこから重ねて問うた。


「栄田もしかして、、記憶が戻りかけてたり..」


 しかし直後ーー


 「それはない!!」


 そう言って、栄田は鬼のような形相で俺の事を睨んだ。

眉間に皺を寄せ、目には殺気がこもっていて、、、きっとこれが、

彼女が演じられる最大限の怒りの表現である事は容易に伝わってきた。


 現に栄田の怒声を近くで聞いた七瀬は目を大きく見開き完全に

怯え切っているし、彼女の剣幕に直にあてられた俺とてそれは例外ではなかった。

好きな女性に対し初めて『怖い』という感情を抱いてしまったくらいだ。


 「..。それはない..。ないの..。

  『お母さん』なんて今パッと思い付きで出しただけで、

  私はそんな人の事知らないし知る由もない..。

  だって記憶喪失なんだから、、仕方ないじゃん!!」


 まるで、前言の失態を取り繕うよう必死で捲し立てる子供のように、

栄田は滑舌の良い早口でこれらの事を感情を込め、淡々と語っていった。

そしてそのまま押し切るつもりなのだろうが、俺は薄々勘付いてしまった。


ーーもしかすると栄田は、完全な記憶喪失の状態にはいっておらず、

  断片的ではあるが覚えている何かがあるなーーと


 そんな邪推をここはグッと堪え、俺は今なお青筋を浮かべる栄田と対峙した。

ここは俺が謝る必要はないが、ただ言い訳を連ね駄々をこねる彼女に同調してやる。


「そうか。ならそうなんだな..。変な事聞いて悪かった、、」

 「うん..。私の方こそごめんね..。ついカットなっちゃって、悪気はなかったの..」


 良かった。というか俺は結局謝る羽目になったが、

栄田が案外あっさりと食い下がってくれたお陰で、これ以上の悪化を防ぐ事が出来た。


「ねぇ..。今のって....」


「あぁ七瀬..。何でもないよ..」


 何でもない事なんてない、いたって的確な彼女の問いを誤魔化し、

栄田に怒鳴られすっかり傷付いた自分の感情にも封をした。


 だからそのせいかは分からないが、七瀬が折角買ってきてくれたケーキからは

全くと言って良いほど味がしなかった。これが美味しいのか不味いのか分からない。

ただ単純作業のように、フォークで一口サイズに切り分けたそれを胃に流し込んだ。


 「康太..」


 絵空事のような雑談をちょくちょく挟み、度々笑いは起こったが、何が

面白いのか、自分がどこで笑って良いのかも分からない。


 「康太!!」


「あ、ファイ!!」


 「七瀬さん今軽くシャワー浴びてるし、二人で何かして遊ぼうよ!」


「あ、え..」


 気づけば、俺はリビングから離れ自室に戻っていた。


 徐に室内の時計の針を見る。


 現在時刻は、、


 「康太..。やっぱり、、さっきの事だよね..」


「え、、いや、違う..」


 「良いの..。私が一番良く分かってるし、これはいつか言わなきゃいけない事..」


 時刻は、5時30分ーー


 「私が今持っている断片的な記憶について、、

  正確に言うなれば、ここにくる直前に、私の脳内に書き込まれた最後のプログラム..」


 栄田はそう言ってから、俺に紙とペンはあるかと尋ねてきた。


 だから紙はルーズリーフを一枚、ペンは普段使いしているクルトガを一本彼女に手渡す。


 彼女は、KOKUYOのサラサラかけるルーズリーフの紙面の上に純白の肌を重ね、

ペンを滑らかに滑らせ、一字一字、何かの文字を書き連ねていった。


「はい、、これがそのプログラム..」


 彼女が開示した


 そこには、


 You are a robot  =貴方はロボットです=


 と、その一文のみが記されていた。






 






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