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第二十六話 生と罰

「ふじ、、もり..」

「ふじもり? 誰の事ですか..? 

私は七瀬ですけど....」


 と、背部から七瀬の声が聞こえてくると同時に、

先程まではまるで夢心地のようだった自分の自意識は

急激に現実へと引き延ばされていった。


 しかしそれよりも気になる点があるのは、、


「七瀬って..ですます口調だったっけ..?

もっと砕けた感じで話してたよね今まで..」

「あーー」


 と七瀬は恥じらう様子を見せた。

無意識のうちにどこか他人行儀な口振りになる癖があるようで、

品の良さが垣間見える辺りが可愛らしい。なんて考えていると、

途端に俺の腕辺りがむず痒くなってきた。


「な、七瀬..」

「な、何ー? こ、康太くん..」


「その、、もう一人で歩ける..?」

「あ、、ごめん! 大丈夫だよ..!!」


 またがる重量感がどっと消え、たとえでも何でもなく、

地に足がついた彼女は、すぐに俺の正面に移動する。


 童顔で、少しクリっとした瞳をこちらに向けながら、

あどけない少女のような笑みを貼り付ける七瀬ーー


「七瀬..。ところでさ、さっきはどうして急に倒れたりなんかしたの?」

「分かんないや..。深い眠りにつく時みたいに本当に一瞬の出来事で、

ずっと康太くんに抱っこされてたなんて気付いたのは、、、」


 しかしここで、彼女は後に続く言葉を何か発しようとし、それでも

躊躇したのか、エヘヘと曖昧な笑いで誤魔化された。


「ところで!! 栄田さんは..?」

「あぁ、、そういえば..」


 彼女の存在を完全に忘れていたわけではないし、

蚊帳の外という言い方も酷い。だとしてもそれを認めざるを得ない程に、

俺は七瀬、そしてさっきの藤森との会話に気を取られ過ぎているようだった。


「おーい!! 栄田ー!! 起きろー!」


 「ムニャムニャーーオリーブオイル..」


「畜生全然起きねー」


 そんな栄田は今、鳥居の近くにある石垣にもたれかかり、

口を開けた状態で何やら寝言のようなものをブツクサと語りながら幸せそうな顔を

していて眠っている。それに機械の癖に一丁前に涎を垂らしているから不思議だ。


「どうする..? タクシー使う..?」

「大丈夫だよ。こいつ一人くらい俺がおんぶして歩けるだろ。

それにもうそろそろお昼時だぜ。近くのお店で飯でも買って食おうよ」


「でも..」

「いーのいーの。金に糸目はつけない。

普段使わないのはこういう非常時のための布石なんだから」


 などと柄にもない台詞を発し、七瀬をランチに誘おうとしている自分ーー

大袈裟な身振り手振りだったり、明るい表情、声音だったり、

根暗であまり表情筋を使わない自分の本質と乖離しすぎていてうんざりする。


「うん! じゃあご厚意に甘えて..。お願い、康太くん..」

「りょーかい!!」


 とにかくやるべき事は決まった現状。まずは七瀬を担がないといけない。



 少し大きめのリュックサックに、パンパンに教科書を詰め込んだくらいの

重量感の栄田はずっと持っていると腕は痺れるがかといって重いというわけでもない。


 恐らく身長も低い方で華奢な体格である以上むしろ軽いと捉えるのが必然的だ。

機械の割には、、それは尚更だろう。肌の質感、体温、実際におんぶし触れる事で

分かったが、栄田の身体構造は本当に人間と酷似している。


 これで目が光っておらず怪しげな能力を人前で使用しなければ、

彼女を一目見て機械だと看破する人間は果たして存在するのだろうか?

少なくとも俺には不可能だ。ヨーロッパ系の血を引いた、超絶美少女の

女子中学生あたりと、そう考察するに決まっている。


 「うーん..。やめてーー」


 そしてフゥと、彼女が寝言と鼻息を漏らすたびにそれが俺の首筋にかかり、

背骨の近辺がこそばゆくなってくる。


 「オリーブオイルが襲ってくるーー」


「全く、、どんな夢見てんだが、、」


 なんて独り言のように呟くのもこれで三度目。


「きっと怖い夢を見ているのよ」


 と、それに対し感じた事を即座に付け加える七瀬には一言居士の気が

少しある。当人の気質、とでも言うべきか??


 彼女の意外な弱点。それはスルースキルがない事だ。

基本的に会話を続けていき、こちらが1を言ったら必ず1以上の事を返す。

ただ黙っていても勝手に話し出すから要するにお喋り好きな人なのだろう。


「ところでさー。私前から気になってたんだけど、

御守りの中身って何が入っているんだろうね..?」

「大体は白色の厚紙、

高い奴だと鬼の顔が印字された木片が入ってたりするよ」


「え..。康太くん見た事あるの..?」

「いや、あるって普通あるもんじゃない?

小学生くらいの時とか結構気になるじゃんそういうの。

ハサミで切るまでとはいかなくても、隙間から覗くくらいするって」


「やめなよ..。バチあたっちゃうよ..」


 と、結構マジなトーンで語るあたり、七瀬は信心深いタイプだ。

別に否定するつもりはさらさら無いが、俺の田舎住みの婆ちゃんみたいで面白い。


 婆ちゃんも良く似たような台詞を言うからだ。

「お天道様は見てるよ」とか「悪い事をしたら地獄に落ちるよ」とか、、

昔は子供を躾けるための便宜的なものとして捉え忌み嫌っていたが、

今ではなかなか面白い価値観のようにも思えてくる。


「バチかー..。本当にあったら怖いよなー」

「信じてないの?」


「え、そう言う七瀬は信じてるの?」

「私は信じてるよ! 悪い人は正当な報いを受けて然るべきってね!

私、勧善懲悪的なお話は結構好きだから」


 まぁ、そういうのが好きな人もいる。

そこに抱く感情があるかといえばそうでもなくて、単なる他者の価値観の吸収。

しかし今彼女の発言を受け、一つだけ消化しきれない点があった。


「..。でもさ、、悪い人って何だろう..。

結局そういうの決めるのって、当時の時代背景だったりーー」


 まるで水の栓を抜くみたいに、一度解放された言葉はスルスルと抜け落ちる。

人の意見を脳内で反復し、声に出して整理整頓するための作業。

これは七瀬に向けての発言ではなく、本当にただの独り言だ。


「......」

「あぁここだよ! うなぎ本丸 」


「うん..」


「七瀬?」



「あ、何でもないよ!!」

「そっか..」



 黒塗りの建物に、白色の暖簾。

店頭ではタレ付きの鰻が焼かれている真っ最中なのもあり良い匂いが漂ってくる。

一階はテイクアウトの受け取り口になっているのもあり、俺はその近くに立つ。

しばらくすると年のいった5、60代あたりの老店員が足はやに駆け寄ってきた。


「信長弁当二つください」

 「はい! 少し待っててね!」


 無骨な見た目に反し、穏やかで優しい口調の店員はそう言い残した後に

奥の方に引っ込んでいく。それを待っている間に、また七瀬と俺は二人きりの状態になった。


「良い匂い..」


「康太くんは、こういうとこ良く来るの..?」

「まぁ、、たまーに..」


 と空返事をした数秒後に、店員さんは再度こちらへ戻ってきた。


 「はいお待たせ! 5400円ね!」


「分かりました。じゃあ現金で」


 小学生の時から使っているアディダスの財布を取り出す。

バイト代の蓄えの数十万のうち数万円を無造作に突っ込んだだけのそれには、

細かいお金は10円玉が2つと1円玉が一つ


 ピッタで払わないと気が済まない几帳面な性格というわけでもないが、

それでも一万円札をポンと一枚だけ渡すのは少し嫌だった。


 「一万円ね..。じゃあお釣りは4千と600..」


 俺の手に握られていた前髪の禿げ上がった親父は、店員に手渡された

眼鏡をかけたふくよかな親父4人に置き換わる。後は、だいぶ前に変わった

500円玉が一枚と100円玉が一枚


 商品の鰻弁当は白いビニール袋の中に重ねて入れられていた。


「康太くん! 荷物私が持つ!」

「あぁマジ..? ありがとう。じゃあお願い..」


「....ねぇ、、康太くん。私聞いてなかったんだけどさ。

この鰻弁当って二人でいくらしたの..??」

「......」


 そういえば、と俺には思い当たる節があった。

というのも七瀬は先日訪れた某ファミリーレストラン含めこれから先、生じた

費用は自身の記憶が戻った際までの立替という体になっているらしい。


 先行きは不透明な現状どのくらいの経費が嵩むかは分からないが、

仮に一ヶ月、二ヶ月ともなれば相当な負債になるのが目に見えているし、

それにそこまでいけば温存していた俺のバイト代も尽きる。


 それまでに、何とか七瀬には自分で稼ぐ手段を作って貰いたい。

とにかくそれまでの猶予、期限は一週間と、彼女達が来訪した段階で俺は決めていた。



「えっとね。二人で1000円だから、一人500円だよ」



 

 昨日を基軸に一週間後、、つまり今から6日後に


 


 俺は自殺する。これは決定事項だからだ。














 


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