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第二十四話 涙の理由

 俺が趣味で寺社仏閣巡りをするのにこれといった理由はない。

ただ何となく周りより空気感が落ち着いていて、いるだけで

自然と心が安らいでいくような心地が得られるからであって


 神というものを信じていない手前、

お賽銭の小銭は基本的に、1円か5円しか使わないし、おみくじを

買って運勢を試したりもしない。


 なんてケチ臭さを露呈させつつ現在11時12分ーー

三人は昨日のにわか雨によって出来た水溜りがまだ蒸発しきっていない、

滑りやすい石段の上を一歩一歩地道に上っていた。


 そして以下は、そんな最中に生じた会話だ。


「康太くん! お賽銭っていつも何円くらい入れる?」

「まぁ、ご縁という語呂もある通り、5円玉が多いかな。

そういう七瀬はどのくらい使うんだ?」


「うーん..。私はどうなんだろう..。

でもそういう言葉遊びみたいなのは、確かに良さそうだしね..。

使うとしたら、私も康太くんと同額くらいかな」


 「バカね! 

  いっぱい入れた方がご利益があるに決まってるじゃない!

  私だったら千円札から一万円札までのいずれかの額を入れるね!」


「いるいる。たまに賽銭箱の中にお札放り入れる奴。

ちゃんと隙間に入らなくって詰まってる紙幣、いつみても面白いよなー」

 「ふふ..。そうよ! それこそが富と権力の証!!」


「は、拝金主義者め..。でもお前は今無一文なんだからなー。

俺の細い金に取り付くしか他はないんだ。散財はさせないから我慢しろよ」

 「わ、分かってるし!!

  で、でもオリーブオイルだけは毎日飲ませてくれない..?

  もう、あの味じゃないと満足出来ない体になっちゃったの..」


「そんなNTRヒロインみたいな台詞がお前の口から出てくるとはな。

でもそのくらいだったら良いよ。業務用スーパーの安い特売品を

ダースで買っといてやるからそれで良いな?」


 あまり気に食わないのか、恐らく『安い』とか『特売品』という

言葉が彼女の琴線に触れたのか確証はないが、栄田はムッと唇を

尖らせた。


『俺はお前を養ってやってる立場なんだから文句言うな』


 しかし、こっちには上記の通り、最悪で最強の切り札がある。

現状、この場で最もヒエラルギーの高い俺がこう言えば恐らく

気の強い栄田であっても黙らざるを得ないだろう。


 ただそうやって地位の弱い物を一方的に虐げ行動を強制するのは

為政者と何ら変わりは無いし、言葉には出さなくともそれを言った瞬間、

きっと栄田との信頼関係は瓦解し、もう二度と以前のような

対等な関係ではいられなくなってしまう。


「栄田」


 「......」


「毎日、昨日みたいな高級油を買えるほど余裕がないのは分かって欲しい。

でもそうだからと言って、安物ばっかじゃお前も飽きるよな。って事で、

三日に一回は特別な油の日にしよう。それで良いか?」


 「......」

「何も言わなくなっちゃった..」


 理由のほどは不明だが、その後も栄田は沈黙を続けた。

機械的な足取りで俺や七瀬の方はちっとも見向きもせずに

石段をドカドカと上っていく姿は、本当に彼女は人間ではないのだと

俺たちに再度思い知らせるには十分すぎる要素だった。


「康太くんってさ..。結構お人好しなタイプだよね」


 すると、七瀬が横から、真顔でこんな事を尋ねてきた。


「そうなのかもしれないな..」

「..。私さ..。康太くんには感謝してもしきれないから、これを

言える立場なのかどうか分からないけど..。なんか、少し怖い..」


「え..?」


 結局、七瀬のその言葉の真意を問いただすいとまはなかった。


 2分半ほど歩き続けた長くて急な階段もいよいよ最後の段に

足をかける段階まで来ていたのもあり、俺は目の前にある灰色の

鳥居に頭を下げた。石畳の床が社殿の方までぐっと伸びる本殿内に

とうとう足を踏み入れのだ。


「あれ..。栄田はもう参拝終えたのか..?」


 しかし前を見るとそこには、

お賽銭箱の前で既に一礼を終え、社殿から

足はやに去っていく栄田の姿があった。


 石畳の上を歩けば良いものを、彼女は脇の砂利道の上を

右へ行ったり左へ行ったりと不安定な千鳥足で進んでいく。

それによくよく目をこらすと彼女の顔面は蒼白で、纏っているオーラは、

今にも消え入りそうなくらい微弱な気がする。


「大丈夫かあいつ..。助けに行った方が..」

「待って」


 そんなはやる俺の心を静止し、俺の腕をギュッと力強く

握ったのは七瀬ーー


「そうやって何でも先回りして助けようとするから

舐められちゃうの。ここは少し、彼女が折れて自分から助けを

求めてくるまでは待たないと!」

「でもさ、あの足取りは明らかに可笑しいって..」


「演技かもしんないじゃん。ささ、私たちも早く

参拝を済ませちゃおうよ!!」


 何を焦っているのかは知らないが、七瀬の様子がどこか可笑しい。


「なんか分かんないけどさ..。実はここの鳥居を潜ってから私..。

ずっと身体中がヒリヒリするんだよね..」

「え..。本当に..??」


「油断してると意識ごと持っていかれちゃいそう..。

だから早く済ませーーーー」


「七瀬..」


 フワッと、全身の力の栓を抜いたみたいに衣服を上下させたかと思いきや、

彼女は砂利の上に重なるほんの僅かな音と共に地面と接地した。


 それはあまりにも一瞬の出来事だった。


 下半身と上半身をベッタリと付着させた地の上で、七瀬は

苦しそうな息を漏らし呼吸のたびにお腹がギュッと激しく上下するのが

衣服の上からでも観測出来た。


 どうしようもなかった。


 こういう場面に適した応急処置の心得があるわけではない自分は、

保健体育で習ったかもしれない人工呼吸とか心臓マッサージとか

そういう語句がただ頭の中を駆け巡るためで、やはりケースバイケースと

いうのも考えると、とりあえず実践あるのみという思考にはなれなかった。


 でも、慌てているはずの頭は一周回って冷静になっていた節があり、

急いで取り出した俺のスマートフォンの画面から開いたダイヤルボタンは

ほぼ反射で119の、11まで打ち掛かっていたそんな時である。


 七瀬と俺の現在地より数メートル離れた場所で、栄田も身体を

折り畳むようにして、ほぼL字型の姿勢で地面の上に横たわっているのが

視認できた事を含め、もう一つの変化は何の前触れもなく、突如として

俺の頭上に伸びた人影から発生したものだった。



「でも良いのか..。二人を一旦寝かしつけておくだけなんて..」

「はい。多分....暑さにやられて軽い貧血症状を起こしたのかと..」


「そっか..。あんまり暑くないみたいな事言ってたから..。

てっきり大丈夫なものだと思っていたけど..。俺とした事が..」

「ううん、康太くんは悪くないと思います。

それよりも、私は今みたいな他人を慮る康太くんの

性格含め、全部好きです!! やっぱり結婚しませんか!?」


 この神社のバイトで土産物コーナーの巫女さんをしているという

彼女は、前までは茶色みがかっていた髪をすっかり元の黒に戻し、

(彼女曰く、彼女の地毛は黒であるらしい)畳の上で足を崩しながら

七瀬と栄田を介抱する彼女の名は藤森光希ーー


 まさかこんなところで偶然の再会を果たすとは予想外だった。


「またそれかよ! 振り出しに戻ってるじゃないか!」

「ふふ..。それより、二人はここで

寝かしつけておくとして、少し外で話しませんか?」


「まぁ、そんくらいは良いけど..」


 と言うと、彼女は満面の笑みを顔に貼り付けた後に

『少し待っていて下さい』とだけ言い残し、六畳一間の小部屋の障子を開け

それから30秒くらいして戻ってきた。手には紙製のカップが握られている。


「何それ..?」

「鯉の餌です。参拝者が買ってあげるのに越した事はないのですが、

あんまり売れないので..。普段は私がお世話する事になっているんです..」


 ガラっと、ガラス製の窓から縁側に上がった所に俺の靴はあり、

そのさらに先には淀んだ色の汚い池がある。


 藤森は両手に紙コップを持っている状態で、俺はその半分を手渡された。


「餌やりのご経験は..?」

「ないよ。今日が初めて」


「そうですか。

じゃあきっと面白いと、そう感じてくれると思います!」


 次の瞬間、彼女は池の水面に向かって、

一握りの鯉の餌を放った。紙コップの中に入っているそれは

茶色く丸い形をしていて、昔家で飼っていた金魚の餌と

ほとんど同じ塩味の効いた強烈な匂いを放っている。


「見て下さい!!」


 俺は興奮入り混じる藤森に促されるまま、さっき彼女が

餌を放り投げた水面をじっと観察した。パクパクパクパクーー

多様な色彩を帯びる鯉たちが何十匹もひしめき合い、

口をパクつかせながら餌の争奪合戦をする光景だ。


 お世辞にも美しいものとは言えないな、と純粋な感想を

グッと飲み込み、


「あ、あぁ..。なんつーか..。結構粋だねー」


 などと、箸にも棒にもかからない曖昧なコメントをする。


「そうですよね! 

私、ここにいる鯉たちをお世話するためだけに

神社でバイトしているんですよ..。彼らを見ている間は、

嫌な事も辛い事も、、全部忘れて、ただ無心で、楽になれるので....」


 この時彼女が垂らした一筋の涙は、顎をつたい池の

上にツゥっと落ちていく。すると、水面には肉眼で捉えきれない小さな

波紋が浮かび、それが放射線状に広がっていった。











 


 

 




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