第二十三話 神社
アスファルトの歩道を歩くと、茹だるようなこの暑さが
地面から跳ね返った熱のような気がして億劫になる。
数メートル先の車道はガタガタとして歩道よりもっと
平坦で、午前の比較的柔らかな陽射しにも関わらずその
平面上をユラユラと揺れ動かす。
神社までの道のりで日陰の多い道を極力選ぶようには
していたものの、街路樹に覆われた並木通りを抜けた先の
直線道路はこの激しい太陽光を遮る遮蔽物はないせいで
体感温度はグッと伸びていく。
まさに血が沸騰しそうなほどの熱気に、代謝は悪いが
無駄に汗っかきな自分は主に首筋の汗が止まらずこまめに
ハンカチで拭わないともう手に追えないかった。
「ルンルンルン!! お出掛けお出掛け楽しいなー!」
「お前は元気で良いよな栄田..。
やっぱり機械だから暑さとかはあんま感じないのか?」
「いや、感じるよ。私の身体って結構精巧に作られてるから、
暑いとか寒いとかーーでも、感じるってだけで、嫌だとは思わない。
って、こんなん説明しても分かんないかー」
「分かんねーよ..。ったく羨ましい身体しやがって..。
ところで、七瀬もずいぶん涼しい顔してるみたいだけど..」
「うん。私意外に耐性強いみたい」
「逆に康太の部屋が冷えすぎなんだってば!
普段何度設定にしているのさ?」
「え? 21度だけど、普通じゃね?」
「ば..、寒すぎだよ!!
そうやって普段から寒い場所にいるから暑いとこに
出るとすぐに身体が可笑しくなっちゃうんだよ!!」
室温にまで口出しされて少しムッとなったおかげかは知らないが、
暑い一辺倒だった思考が僅かにそれたおかげで、半ば思い込みの
部分でかいていた汗は少しだけ引っ込んだ。
しかしそんなはずもなく、やはり暑いものは暑い。
昨日訪れたばかりの芝公園の前を横切りながらも、容赦無く
吹き付ける湿り気を帯びた熱風は、脆弱な青白い肌を焦がす。
日頃から、学校の夏期講習含め強制的に参加させられるイベントを
除けば恐らく一、二週間は平気で家に籠城していても厭わない俺は、
運動部に所属している奴らや、アウトドアで毎日ディズニーとか
富士急に行ってる人達と相対的に比較すると病的なまでに色白で、
線も細いし、お世辞にも健康そうには見えないだろう。
そしてそんな俺が今こんな炎天下で
死の行軍を続けていたらそりゃぁ、常人よりも体力を減らすペースは
早いだろうし、もうすでに息は上がっていて喉もカラカラだ。
もう少し我慢するつもりだったが、このままでは熱射病で倒れると
そう判断し、ショルダーバッグから持参した経口補水液を摂取する。
普段は気持ちが悪くてとても飲めた味じゃないのに、今や
すっかり甘く感じさせるそれは、俺の体内の水分が著しく枯渇
している事を鮮明に告げた。
「やばい..。私もだんだん暑くなってきたかも..」
「だ、だよなー」
さっきまで平然としていた七瀬はこの長い長い直線歩道の
直射日光に晒され続けたせいか、純白の肌は暑さで赤く染まり
ふとした合間に苦しそうな息を漏らしている。
「栄田、、その麦わら帽子七瀬に貸してやってよ。
お前、、暑さ感じないんだし大丈夫だろ..」
「だ、ダメだよー! 大丈夫だけど、頭だけは敏感なんだ!
あんまり熱が籠りすぎると故障しちゃうんだ..」
なるほど、俺の部屋を出る前、彼女が麦わら帽子の中に
冷蔵庫から取り出した保冷剤を2,3枚ぶち込んでいた伏線が回収された。
「康太くん私は大丈夫だから気にしないで..」
「お、おう..。でも水分補給はこまめに取れよ..」
と、これらのやり取りを交わして間もない時。
ピンポンパンポンという電子音と共に防災行政無線音声
が告げるのは、熱中症警戒アラートが発令されたという旨の内容だった。
俺は試しにポケットからスマホを取り出し、ホーム画面を横にスワイプ
するだけで自動で表示される温度計に目をやる。
結果はまだ午前10時24分であるにも関わらず気温31度、
湿度70%ーー知っていても何の気休めにもならず、寧ろこの暑さの体感に
拍車をかけるだけで俺は激しく後悔した。
「二人とも軟弱だなー・・ところでだけどさーー。
これから行く神社ってどんな場所なのさ!?」
「出世の階段ていう石造りの階段が有名なところ」
「......」
「へ、へぇー! じゃあ将来は出世して大物になるかもねー!」
「そ、そうだよ! 七瀬って案外社長とか向いてそうだもんなー」
「私..人間じゃないから人間の会社は入れない....」
「......」
「......」
恐らく芝公園を抜け増上寺の前まで差し掛かり再び道の片側には
生い茂る深緑色の草木が広がったのもあると思うのだが、この場で
栄田に返すべき言葉が思い至らなかったのもあり、三人の間を
絶妙な冷気が支配したーー
「えぇ!?
でも栄田さんて人間と違って高度な思考が可能なんでしょ?
康太くんから聞いたよ!!」
「えっへへ..。照れるな〜〜」
しかし、場を取り持つ事に関しては天才的な
七瀬が真っ先に明るい返しをしてくれるおかげで、大分
さっきまでの気まずい空気は消え掛かってきた。
「ま、まぁ私に掛かればどんな会社だって目じゃないわ!
みんながあっと驚くようなアイディアは全部この頭の中
に詰まっているんだから!!」
「へぇ〜流石だなー」
「康太。まだ私のことちょっとバカだって思ってない?」
「いや思ってない。思ってないですよ誓って」
「嘘。今康太の心拍数が上昇した」
「だからその指標全然当てになんないだろ!」
「ううん。私のこの心拍数測定値は、
サングラスで紫外線をカットする事で
精度は飛躍的に向上するんだ」
そう言って、彼女は元来眼鏡を装着している人と同じような仕草で、
耳にかけられたブラウン色のサングラスを片手でクイッと持ち上げる。
俺の家を出てからずっと反復しているその動作の意図は恐らく、
単純にサイズが合わないとかではなく、眼鏡をかけている人はこういう
ものなのだと、彼女なりに個性を模索した末の結果なのだろう。
まぁ自分は裸眼だし、
そんな彼女の動作が眼鏡をかけてる人あるあるの
挙動なのかどうかは判断し難いが、aiが導き出した挙動なのだから
きっとそれで正解?なのだろう。
「てか、UVカットで精度が上がるものなのか?」
「もちろん。通常時40%の精度の測定器が、
サングラスをかけるだけでなんと99.9%の精度に!」
「何だよその某掃除機メーカーの埃の吸引率みたいな割合は..」
「くすくす..。何よその例えーーー
でも康太くんも私も、これで嘘つけなくなっちゃったね..」
「結構笑い事じゃないな..。そうやって考えると..」
これは俗に言う、嘘発見器という奴なのだろう。
体内の微弱な電気信号を頼りに発言の真偽を問うためのあれだ。
そのシステムを、栄田は口振りからして”目”に埋め込んだのだろう。
全くこいつの開発者も中々悪趣味な奴だ。
男心を刺激する見た目然り、油を嚥下する仕様然りー
それに今のところ確認出来た栄田の特殊能力はどれも超能力と
言って差し支えないほどの代物だ。
そうやって、栄田と七瀬の二人とその後も雑談し合い、
気づけば慈恵医大病院の近くまで差し掛かったところで、もう
周囲は完全に大きな建物に囲まれているおかげかとっくに日が
ささなくなった薄暗い通りを歩いていた。
ここまで来れば、もう到着するのに5分とてかからないだろう。
信号のない横断歩道の近くに1本だけニョキっと生えた俺の下半身
までくらいの高さの棒はあるだけ邪魔で、用途も分からない。
ただ、三人で歩道を通る分にはあまりにも道幅が狭すぎるため
必然的に誰か一人が車道の近くを歩かねばならないのだが、
唯一の男という事で車道よりを歩く事になった自分は、その謎の棒
の存在に気が付かず、激突してよろける羽目になった。
「だ、大丈夫康太くん!」
迷わず手を差し伸べてくれる七瀬、
激突の衝撃で膝を若干痛めたために、大変有難い配慮だった。
「康太ぁ。あとどのくらいで着く〜」
「この道路を抜けた先に鳥居が見えて来るはずだよ。
もう1分もかからないよ」
「あ!! もしかしてあそこにある奴?
大都会なのにあそこだけ鬱蒼としていてるねー」
「げっ..。本当に階段が..、私のエネルギー持つかな..」
そこには、真夏の熱気を吹き飛ばす緑豊かな自然の匂いを感じさせる
まさに都会のオフィス街の中のオアシスがあった。
紅色の鳥居は上方にいい具合に陽がさしているのもあり、
とりあえず信号を渡って正面に立ち、普通の携帯のカメラで
撮影しただけでかなり神秘的な写真が出来上がる。
「じゃあ、一回お辞儀して中に入ろうか」
眼前に待ち構えるはこの神社の名物出世の階段。
かなりの急勾配で手すりを使わないと骨の折れるのは目に見えている。
猛暑照りつける常夏の神社の、第一関門という奴だ。




