隔たり
「アレを見てみい、メリー」
メリーは視線を黒豹蛇に向ける。あの蒼炎の一撃を喰らって尚、健在。勢いが弱まる残火の中に見えるその姿を眉間にシワを寄せながら凝視するメリー。……よーーく見ると黒豹蛇と炎との間に物理的な【隔たり】がある。
「なんなのアレ……【水の膜】みたいなので……炎から守られてるわ」
「〈水の防護魔法〉の一種じゃろうな……あの炎を防ぐ程じゃから相当な魔力が注がれておるのう」
「アイツ、魔法も使えるってわけ……?」
「いいや、ヤツではなく別じゃ……此処に来るまでに話した事を覚えとるか?アクアリザード達に強化魔法をかけた【別の者】がおる、と」
「【人を遥かに超える魔力量を持つモンスター】のことね……」
「そうじゃ……〈水のヴェール〉だけでなく、〈強化魔法〉も重ねてかけてあるじゃろう、もはや……
ーー【特級を超えるモンスター】じゃ……」
「………………ごくっ」
息を飲むメリー。
プレッシャーを与えて心苦しいところだが、今は事実と状況を把握してもらう他ない。更に、老体は続けて言う。
「ダンキュリーさんはもう魔力も体力も底をついとる、ワシもあの特級に対して有効打がない……今、この現状でアレをヤれるのはお前さんの魔法だけじゃ、メリー!」
「…………ア、……アタシが……あんなの……どうやって……」
いつも強気なメリーが【特級を超えるモンスター】の脅威を目の前にして振える声で弱気を口に出す。
ーーその直後……
「ーーーー来るぞっ!!じいさん、ガキ共を頼むっーー」
……ダンキュリーが叫ぶのと同時に黒豹蛇が動く。踏み出したその一歩で起こる土埃と衝撃が黒豹蛇の身体能力の高さを物語る。ダンキュリーは後ろの3人を守るように自らも動き、両者は衝突するように距離を詰める。
《ーーガキィィィンッッーー》
ダンキュリーは自分より遥かに大きな巨体から振り下ろされる鉤爪を武器で受け止める。
「……くっ!!ぉ重てぇ……」
その刹那……
【老体が黒豹蛇の頭上に現れる】。
「武器が欲しいが仕方ないのう……」
文句を垂れながら、黒豹蛇の頭部を両手でガシっと掴む、すかさず渾身の膝を顔面に叩き込む。
《ーーーーグニュ……ーー》
「ーーなんとっ!!」
(水のヴェールの〈粘度〉が増して、打撃が殺されたっ)
「ーーだったらコレでどうじゃっ!!」
続け様に頭部の後ろに回り、がっしりと両手でホールドする。直後、渾身の力で首を〈へし折り〉にかかる……
「ーーぐっぬぬ!!ーー」
……が、ビクともしない。
「ダメかっ…なら!これはっ!!ーー」
ホールドした手を離さず、今度は〈首を絞め〉にかかる。
直後……
《ーーーードゴッッ!!ーーーー》
「ーーぅぐっっ!!ーー」(しまっ……!)
黒豹蛇の〈太く強靭な黒尾〉が鞭のように老体を叩きつけて自身から引き剥がし、飛ばす。
『ーーシュタイナーさんっっ!!ーー』
イズが叫ぶっ。
今まで聞いたことのない大きな声を張り上げて、飛ばされた老体のところへ駆けていく。
「ーーっっ!!来るなイズっ!!ーー」
叫ぶダンキュリーはイズに気を取られ……一瞬、力を緩める。受け止められていた鉤爪は、ここぞとダンキュリーの武器を強引に弾いて体勢を崩させる。続け様、またしても〈黒尾〉を使ってダンキュリーを横殴りに叩く。
「ーーがぁっ!!ーー」
老体とは反対方向に飛ばされるダンキュリー。
そして、黒豹蛇は……
【老体の方へ駆ける】。
「…………ぅゔ……」(肋骨がイったかも知れん……)
〈黒尾〉の衝撃に唸る老体はまだ体勢を立て直せず、迫る黒豹蛇に対して無防備な状態。その老体を庇うように〈イズ〉が覆い被さる。
「ーーなっ!!……イズ………離ーー」(まずいっ!!)
当然の如く、イズの存在に一切怯まず諸共といわんばかりに鋭い鉤爪は振り下ろされる。
「ーー〈多段結界〉っ!!ーー」
《ーーガキィィィィンッッ!!ーー》
寸前でメリーが間に入って、多重の結界を張って黒豹蛇を鉤爪を防ぐ。
【「ーーアタシの大切な人に何すんのよっ!!このクソトカゲ野郎っっ!!ーー」】
魔導杖を構えて大きく啖呵を切るメリー。それを見て老体は苦しいながらに小さく笑む。
「……ホ、ホッホッ……この国、最強の魔導師【ザビティ・グレン】の忘れ形見……メリーや……
【やっちまえ】」




