怒りのパンチ
「ちょっと店の方見てくるから、待っててくれるかの」
「アタシも行くわ」
「じゃあ一緒に行こうかの」
2人で肉屋店頭の方へ移動するとフロアの隅に灰色のローブを纏い、その上から外套を羽織ってしゃがみ込んでいる人影が見える。ローブの上からでも分かるほどの華奢な身体は小刻みに震えている。……この辺の土地柄が寒いのもあるが、何かに怯えているようにも見える。
「灰色のローブ!アンタあいつらの仲間っ!?またアタシを襲いに来たってのっ!!?」
激昂するメリーはツカツカと足音高らかにその者に向かっていく。
「ごご、ごめんなさい……すぐに……出て……いきます……から……」
低姿勢のまま顔上げてメリーに謝罪するがイマイチ噛み合ってない内容の舌っ足らずな言葉を返す。
見るに彼はまだ……子供だ。
「アンタ達アタシに何の恨みがあるってのよっーー!!返答次第ではただじゃーー」
「はいはい、落ち着くんじゃメリー。この子はたぶん襲撃のことは何も知らん……」
「ーーアタシを襲った連中と同じ格好をしてるのよ!無関係とは思えないわっ」
「ご……ごご、ごめんない……ごめんなさい……ごめんない……」
メリーの剣幕にますます萎縮する彼を不憫に思い2人の間に入った。
「ーーっ!なんで庇うの!不用意に近づいたらアンタだって危ないわよ!」
「落ち着けと言うとろうに……この子は魔法の対策もしてなければ武器も持っとらん、丸腰じゃ……戦意も何もないじゃろう?」
ギロリと射殺すような眼光を更に彼に向けるメリー。そして羽織っているものを指差す。
「その外套、〈隠密の効果〉があるものよ!【暗殺】でもしようっての!?冗談じゃないわ!」
「魔力を注ぎ込まねばその効果は出んよ、この子に魔力もほとんど残っておらん……じゃからその怖い顔をやめてくれんか」
「ーーなっ!!誰の顔が怖いって!?」
「お前さん以外に誰がおるんじゃ……」(お前さん以外に誰がおるんじゃ……あ!思ってたことが既に出てしもうてたわ)
「ーーこんのっ…………!!」
今にも掴みかかりそうなメリーから視界を遮るように自らの巨体でガードする。怯えてる少年に覆い被さるようにかがんでメリーに背を向けるが……その背中にドスッドスッと衝撃を感じる。それはメリーの怒りのパンチだった。幸いあまり痛くない。
……いや、ちょっと痛いな……。
「この!この!……なんで!なんでなのよ!」
鼻息荒く取り乱すメリーを諌めるのは一苦労だ。
だがメリーの気持ちも分からなくもない。
貴族でもない同年代のメリーに圧倒的な術師としての差を見せつけられた魔導院の生徒、特に貴族階級の者は少なからず敵意を抱いただろう。そんな中ずっと気を張ってきたメリーの唯一の理解者だった魔導卿ザビティ・グレンが亡くなって日も浅くない。そして魔導卿の庇護を失ったメリーへの騙し討ちするような襲撃。高圧的な姿勢と態度は心に余裕のない表れなのだと思う。
気がつくと少年は顔上げてジーッとこちらを見ていた。怯えた表情の中に不思議なものを見るような目を向けてくる少年は見れば見るほど綺麗な顔をしている。いわゆる美少年ってやつだ。
ちょうど美少年の顔の近くに自分の三つ編みが垂れていて、無意識なのか彼はそれを優しく掴んでいた。
「おお、気になるか。気が済むまで握ってて構わんぞ」
「ーーっ!あ、ご!ごめんなさい……」
「さて、少年……話を聞かせてもらっても良いかの?」
「僕なんかの……話を……聞いてくれるんですか?」
「ああ、もちろんじゃ……そっちの怖いお姉ちゃんは気にしなくて良いからのう」
「…………ふんっ!」
メリーは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
その直後ーー
ーーガシャァァァンッッ!!ーー
『おぉいっ!!イズっ!手間取らせてんじゃねぇぞコラァっっ!!殺してやるから出てこいっ!』
入口のドアを蹴破って灰色のローブの男が店に入ってきた。その手には抜身の短剣が握られている。