クルクル
おびただしい量の血の付いた【赤狼】は鋭い牙を剥き出し、唸り声を鳴らして威嚇する。その威嚇は老体一行に向けられている。
「……イズ、メリー……2人とも動くなよ?……良いな?……」
「……フッ……ッ……ッ……」
「……ななな、なん……なのよ……一体……」
小声で話す老体に震える小さな声で返すメリー。イズに至っては不規則な呼吸の速さで震えているのが分かるほど恐怖してしまっている。横目で見るとメリーも魔導杖を持つ手がガタガタと震えている。
「……マズイのぅ」
(まさか【赤狼】に出くわすとは……〈特級〉の中でもトップクラスに強い魔獣じゃ……どう切り抜けるかのぅ……)
赤狼の、人の頭ほどある大きな瞳は老体から目を逸らさない。先ほどとは違い唸り声を止め、無闇に近づくことはせず値踏みするようにジッと老体を見つめる。
『…………………………』
頭が良く、馬鹿デカいこの狼は〈狩りの天才〉。獲物の匂いを覚え、強さを見極め、殺す方法、順番を決め、そして完璧な狩りをする。凍てつく雪原に生きる白雪狼は極寒に生きる生物の頂点、【赤狼】はその突然変異種。孤高で気高く、一線を画すその強さはまさに天災。大陸で一体しか確認されていない【この特級】に今出くわすとは……。
「…………運がないのぅ…………」
本当に小さい声で呟いた。3人とも無事で済む方法を何度も模索するが……どうも難しい。
もし、この特級を倒せたとしても……最低でも……
【2人死ぬ】。
「…………………………」
『………………グルルル……』
【赤狼】は唸りを上げ、林の方へ視線を流した……。
「…………?」(なんじゃ?別の何かを警戒している?)
次の瞬間、視線の先から声がした。
【『ーーア・ヴォルグッッ!!ーー』】
直後、【赤狼】の腹部近くで爆発が起こり土煙が舞い上がって周囲の視界が悪くなる。
「ーーなんじゃ!?」
「ーーもう!今度は何!?」
「………………ッ!?」
3人とも突然起こった爆発の熱さと眩しさで顔を背けたり、手でかばう。その刹那、土煙から赤狼が牙をむいて老体目掛けて飛び込んで来た。
「しまっーー
『ーーガァルルゥゥゥゥ!!ーー』
『ーー随分と……デカい犬だなオイっ!!』
飛び込んで来た赤狼と老体に間に突然、【やけにしゃがれた声の大柄の男】が入ってきて、背丈程の大剣の一振りでその牙を弾いて見せた。弾かれ、横殴りされたように顔の向き変えられた赤狼は推進力を失い、一度後ろに飛んで距離を取った。
『…………グルルル……』
「なんだ賢いじゃないか……犬ころ」
【しゃがれた声の男】は大剣を一振りした直後に左手を前に突き出して、赤狼に標準を合わせるような仕草をとっていたが、距離を取った相手を見て手を下ろした。
『……………………………』
低く唸り声を上げていた赤狼はすぐ静かになり、視線をメリーに向けて思案するように後ずさる……直後、クルクルとその場で回るように振り返ったりを繰り返して一定の距離を保つ。
「……誘っておるのぅ」
「……誘ってやがるな」
老体は思わず【しゃがれた声の男】とハモってしまった。同じことを考えているのだろう、相当戦いに慣れていて場数を踏んでいるに違いない。
赤狼は前衛(老体としゃがれた声の男)を後衛から引き離し、自慢の速さでメリーを殺し、そしてついでにイズを殺す算段なのだ。最初から1番警戒していたのは魔導師のメリーだったのだろう。
正しい。
【しゃがれた声の男】を除いて……この中で赤狼を倒し得る攻撃力を持っているのは唯一、【メリー】だけだ。老体ごときの肉叩きで赤狼を仕留めることはちょっと難しい。
『…………………………』
赤狼は誘いに乗って来ないと見るや否やその場を離れていった。
状況を不利と見たのだろう。
なんにせよ、老体一行は難を逃れた。
「…………ふぅ」
「…………はぁぁああ」
「…………助かったぁ」
大きく息を吐く老体の側でイズとメリーは安堵の言葉と顔でその場にヘタりこんだ。




