追手
老体は岩群の上の方を見上げながら歩みを進める。こちらを見ているだろう【何者か】の姿は見当たらない。
「……見えんのう、〈消える外套〉しとるんかのう……」
老体はお腹いっぱいの2人と充分に距離を取ったところで岩陰に入る。そして、うずくまった。
「痛たたた、歳を取ると色々痛くてかなわんのう」
あからさまに弱い老人の【フリ】をする老体は演技しつつも周囲の気配に神経を集中する。が実際、年齢が年齢なのであながち全部が演技というわけでもなかったりする。恵まれた体躯に血の滲むような訓練を経て得た魔力操作を応用した身体補助、及び強化が老体の強さを支えている。とはいえジジイはジジイである。よる年波には勝てないもので色々ガタついていることに変わりがないのが実情だ。
「ううう、……痛たたた」
ちょっぴり必要以上に【フリ】をしたのは、お腹いっぱいの2人の方へではなく……〈1人になった脆弱な老人〉の方が狙われやすいと思ったからだ。
程なくして、その効果が現れる。
『ーーなんだ、死にかけのジジイじゃねぇか……』
うずくまる(フリをした)老人の背後から声がした。振り向くと〈消える外套〉を脱ぎながら近づいてくる灰色ローブの男が1人。……見た感じ30代半ばから40前後でかなりの手練れ、雰囲気もある。
【渦】の構成員だ。
「〈デリケル〉が殺られたと聞いて来てみれば、こんなジジイに……まあジジイにしてはガタイが良すぎるか……それとも〈向こう〉の小娘が殺ったのか?まあどちらにしても〈デリケル〉もヤキが回ったもんだ」
「…………」
(〈デリケル〉というのは肉屋でイズを追って来た短剣を持った男のことか、それにしても……よくもまあこうベラベラと喋るものだのう……)
暗殺を生業とする者が標的を目の前に消える外套を脱いで話しかけてくるなんて……老人と見てナメてるのが見て取れる。
老体も〈フリ〉をしたかいがあったというものだ。
「…………」
「だんまりか?それとも介護が必要か?ハッハッハ!ん?何だその手に持っーーーー
《ーーーーゴッシャアアアアッッ!!ーーーー》
『ーーごがぁっっ!!!!ーー』
お喋り男はその場に倒れる。
短剣の男にしたのと同じように背後から肉叩きによる不意の一撃を側面後頭部に見舞ってやった。
「……ぁ……ぁあ……ぉま……ぇはっ……」
「おや、まだ生きとったか……」
短剣の男とは違って、すんでのところで身を捩って当たりをほんの少しズラしたようだが、即死を免れただけで瀕死には変わりない。
そもそも短剣の男の死因から背後の一撃を警戒していたのかも知れないが、それでも真正面にいる相手から背後の一撃をもらう想定はさすがに出来なかったのだろう。
「……な何……を……し………た……キサ……マァ…………」
「…………知ってどうする?そんな状態で何が出来る?小僧……」(ワシからしたらこんな雑な仕事をする30代40代なんぞ〈小僧〉と変わらん)
ポタポタと血が垂れる肉叩きを握り締めながらお喋り男に近づく老体は驚くほど温度のない口調で言葉を浴びせる。
「……ぁ……っっ……こ……の死に……ぞこ……ない……がぁ……ぁぁあ!!」
「……死にぞこないはお前だ、小僧……」
「……っく……ぁ……ぁあ……やめーーーー
《ーーーーゴッッ!!ーーーー》
「ーーっっぁぁ!!ーー」
《ーーーーゴシャッッ!!ーーーー》
「ーーぅっ!!ぁぁーー!!ーー」
《ーーーーグシャッッ!!ーーーー》
「ーー………………ーー」
《ーーーーグシャッッ!!ーーー!》
「…………………………」
老体は身動きの取れないお喋り男の頭を……
……何度も何度も肉叩きで殴打した。
物言わぬ肉塊が横たわる。
「…………嫌だのう……まるで【昔】の頃に戻ったようじゃ……胸糞が悪い……本当に嫌だのう……」
虚ろな目をする老体はしばらく動かない。
「…………ふーーーーーーっ…………」
大きく深呼吸をする。
「………………………………戻るかのう」




