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小さな欲





 ……朝、ヒンヤリとした空気で目が覚める。



 周りを確認すると焚き火は消えているがメリーのかけてくれた〈魔物避けの結界〉と〈蜃気楼の障壁〉の魔法はまだ残っていた。結構な魔力を注いでくれていたようだ。

 戦闘の後だったというのにまだこれだけ余力があったのかと思うと称賛に値する。



 誰よりも朝の早い老人は……メリーの寝顔を見ながら……



 昨日、話をした〈自分の過去〉について……忘れてくれてるとありがたいなぁ。……なんて思っていた。



 次に、傍らのイズに視線を向けると……寝袋にくるまったまま、綺麗な瞳をパチクリしてこちら見つめてくる美少年の顔があった。



「おお、起きとったかイズ君……おはようさん」

「……お……おは……よう……ござい……ます……」



 まだメリーが寝ていたため、2人ともヒソヒソ声で挨拶する。



「顔色……良くなっとるの、体調はどうじゃ?」

「もう……大丈夫……です。め、迷惑……かけて……ごめ……んな……さい……」

「治ったんならええんじゃ」



 ポンポンとイズの頭を撫でる。その時、ムクッとメリーが上体を起こす。



『【もう1回、魔力の性質を〈元の性質〉に定着させればいいのよ!】』

「うわ!ビックリした!」



 メリーは急に叫んだ。老体は驚く。



「な、なんじゃメリー……起きとったんか……」

「もう1回、魔力の性質を〈元の性質〉に定着させればいいのよ!」



 今度は明確にこっちを向いて、全く同じ文言をちょっとテンション低めで繰り返すメリー。その目の下は黒ずんでいるように見える。更に言うと疲れているように見える。



 ……こやつ。



「……寝とらんのか」

「………………」

「ずっと、それを考えておったのか……」

「………………」

「……イズ君を救う手立てを」

「…………ぐぅ」



 老体に返答しないメリーは、白目半開きで垂れるよだれがキラキラと光っていて


 それはそれは……酷い顔をしている。



「……落ちたか……」

「…………ぐぅ……ぐぅ……ぐぅ……」 



 独特な寝息で上体を起こしているメリーに近づいて、毛布をかけてちゃんと寝かせてあげる老体。



「……ホッホッホ……全く、不器用な奴じゃ……」

「あ、あの……今の…………は、話……って……」



 イズにとっては知らぬことなので昨日のメリーとした話のやり取りを【自分の過去】のことを省いて説明した。



「………………」

「………………」



「……僕……死ぬ……ん……ですね……」

「……あんまり驚いておらんようだの」



 イズの自身の〈生〉を卑下するような考えを持っているだろう発言はこれまで何度もあったので……今更、動揺する内容ではないようだ。



「……のうイズ君……メリーは【ブリード】の話を聞いて…………〈気に入らない〉と言ったんじゃ……【一部の力ある者の思惑で人命をもてあそぶ】ようなこの世界に理不尽さを感じておる。……イズ君は……どう思う?」

「…………僕なんか……何も……出来ない……し、何の取り柄も……な……い……」

「……だから、理不尽に利用されても仕方ない、と?」

「………………」



 無言で肯定するイズ。



「……ではイズ君……何かしたいことはあるかの?やってみたいこと、なりたいものは」

「…………ない……です」

「………………そうか」



 生まれや環境がそうさせたのか……自身の命にすら欲を持たない子供を前に老体は困り果てる。

 そんな老体の見て心なしか焦るイズ。



「……あ、…………さ……〈魚〉……食べて……みた……い……です」

「おおそうか!そうかそうか……」



 イズがとっさに言った〈とても小さな欲〉は老体の表情を驚くほど明るくさせた。それを見たイズもなんだか表情が穏やかになったように感じた。



 老体はイズの頭を撫で真剣な顔する。





「イズ君は肉屋で短剣を持った男からワシを庇ってくれたのう、ワシはそれが嬉しかったんじゃ……だからワシを守ろうとしてくれた優しいイズ君が年相応に楽しいことや愛情を知らずに死んでしまうことを哀しいと思ったんじゃ」

「………………」

「だからワシもメリーの言った【解決策】を真剣に考えてみようと思うんじゃ……



 ……イズ君も【生きる】ことを真剣に考えてみてもらえんか?……いつか【うず】の件に片がついてイズ君とワシとメリーの3人笑顔で食卓を囲むなんて未来がこの先にあれば、このジジイはこの上なく嬉しいのう」



 諭すようにイズに語る老体は微笑む。



「…………そんな……夢……みたいな……」

「イズ君がそれを【夢】だと思うならワシは全力でーー



『ーー全力で叶えてやるわよっ!!このアタシが!!分かった!?絶対アンタを死なせない!だから【僕なんか】なんて言うのはやめさない!いい?イズっ!!ーー』



 老体の言葉を豪快に遮ったメリーはいつの間に2人の前で仁王立ちしていた。



「ーー返事は!?ーー」

「……え……え…………えっ!?」



 戸惑うイズ。



「……ほれ、返事」



 促す老体。



「………は……はい。」

「ーーーーっ良し!!じゃあ行くわよ〈シシレン〉へ!」






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