馬乗り女子
手紙が届いた。
【拝啓 死に際のジジイからジジイへ
久しぶりだねキュー君
元気にしてたかな?
旧友の君にこのタイミングで文を出したのは頼みがあるからなんだ。
ということでなので〈弟子〉を頼んだよ?キュー君。
君がとても尊敬している先輩より】
という内容。
雑だ。
一体何が『ということなので……』なのか全く意味が分からないし。〈弟子〉を頼んだ、とは一体なんだ?
差出人の名前は伏せてあるが、こんな老いぼれに向かって【キュー君】などと呼ぶ先輩面は【あの人】しか思い当たらない。
あと……一応は尊敬しているが本人から言われると……なんとなく敬いが霞む。
この差出人の訃報を聞いたのは数日前。死に際の願いなのだろうが……凄く断り辛い。恩もある。
「……ハァ、こっちの歳も考えて欲しいのぅ……」
ため息と愚痴を吐露する。
直後、手紙が入っていた封筒からコロっと何かが落ちる。
「ん?なんじゃ、石か?」
手に取って確認する。
「……ただの石じゃないのう……これは転送石か……」
これは魔法の補助具。対になるもう一つの転送石に同じ量、同じ質の魔力を込めて移動魔法を使うと石同士が引き寄せ合うようにその場に移動もしくは転送が出来る。移動距離と物質の重さや大きさは込める魔力次第で変わる。
「…………っ」(考え中)
【ほんのり光りだす石】。
「……あ」(嫌な予感が……)
《ーードサッ!!ーー》
『ーーーークッッッッソ!!なんっっっっなのアイツ等!!後で全員ぶっ殺………………あれれ?』
鬼の形相で口汚く暴言を吐く女の子はワシの上に馬乗りになる形で〈急に現れて落ちてきた〉。
その場にドサッと尻もちついた老体は腰と尻に痛みを賜る。
「あ痛たた……」
「ーー誰よアンタッ!!ーー」
「…………むぅっ?」(それはこっちのセリフなんじゃが……)
「ーーアンタもアタシとやろうっての!?てか、ここ何処よっ!?」
馬乗り暴言女子は魔導杖を老体の顔に向けて威嚇する。良く見ると涙目になっている。(ワシの顔が恐いのかのぅ)
ちょっと優しめに話そう……。
「……ここは肉屋じゃよ、お嬢さん」
「肉屋……なんで?」
「そんなん知らんわい(優しさ終了)、とりあえず……このじじいから退いてくれんか……」
「…………あ、はい。…………ごめんなさい」
ちゃんと謝った馬乗り暴言女子。
(……悪い……子……ではないのかのぅ?)
お互い状況を把握出来ていない様なので、肉屋兼自宅のリビングへ馬乗り暴言女子を案内しお茶でも出して、一旦落ち着いもらうことにした。
「……妻を亡くして2年くらいになるかのう……今ここに住んでおるのはワシ1人じゃ…………ほれ、お茶どうぞ……」
コトッと茶を置いてドッコイショと卓につき、身の上話を少々挟んだ。
ムスッとした顔で遠慮なく茶を啜りだす女子。
「………ズズ…………あぢぢっ」
ちょっと熱かったようだ。
大人しく卓について茶を啜る割にはチラチラとこっちを見て警戒している。
逆にこっちは堂々とガン見する。
ちょうど目の上ぱっつん前髪にストレートの綺麗なブロンドを肩まで伸ばし、外側に遊ばせた毛先は控えめにカールしている。アトワイズ魔導士に贈られるローブを身に着け(手を加えたのか……やけに丈が短い。ほぼケープだ)、その襟の片側には魔導師の等級を示す〈白の3本線〉が入っている。3本線は〈上級魔導師〉、アトワイズ魔導隊の隊長になれる等級だ。
見るからに若いが……その歳で上級魔導師とは……なるほど、この子が先輩の弟子か……。
そもそも魔力の消耗が激しい移動魔法ゲートを1人で使ってここへ飛んで来たのだ、末恐ろしい才能だ……。
「美味しい……アトワイズのハーブティーとは違う。ツンとしてなくて香ばしくて柔らかい苦みと甘さ少しある……ズズ………はぁ……うんまーー……
…………もしかして……ここアトワイズ国じゃない?」
「アトワイズじゃよ、王都から北西に2日ほど馬車を走らせたところにある、しがない村の外れにある肉屋じゃ……ちなみに、その茶は隣国ツェザールの交易品での。落ち着くじゃろ?」(この子……何かも知らずに飲んでおったのか……)
「……美味しい……です」
お茶のおかげなのか、少しずつ表情が柔らかなっていく。今度はチラ見ではなくこの子も老体をガン見してきた。
扉を少しくぐって入るくらいの巨体に鋭い眼光、口元全体を覆う白いヒゲ。いたずらに伸ばしきった白髪を前髪のごとかき揚げて後ろにまとめ一本の【三つ編み】にし、それを片方の肩から前に出し胸の辺りまで垂らしている。自分で言うのもなんだが……ちょっと怪しいジジイにだと思われても仕方ないが……
【三つ編み】に関しては変える気がないので慣れてもらうしかない。
老体の身体中を値踏みするようなガン見は不意にこちらの目をまっすぐ見つめてきた。
「……絶対ただの肉屋じゃない…………
……あなた……【魔術師】でしょ?」




