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第98話「互いに自身にとっては当然の事であっても、時には確認をした方が良い事もある」

 とはいえ、買い物の準備などと呼ぶとやや大仰にも聞こえるが、それは実際には財布や車の鍵等を回収するだけの事である為、別にわざわざ明確に意識を割く必要がある訳ではない。という事実に、俺はトイレから出て手を洗っている辺りで漸く気付いたのだが、まあだからと言って一度止めた思考に意識を戻す必要も無いので、手を拭いた後はそのままそれらの回収へと向かう。


 食堂を経由して財布やスマートフォンを回収し、玄関に置かれた車の鍵を手に取った所でその任務は無事に完了するが、そのままの勢いで外に飛び出ようとは思えなかった。いや、別に春菜と顔を合わせたくないだとか、本当は二人で買い物に行きたくないなどという事はない……というよりも寧ろその逆なのだが、だからこそ……なのか、本当にこのまま出発して良いのかという疑念が不意に湧き上がって来たのである。


 とはいえ、仮に本当はそうではない……則ちこのまま出発をすべきではないとしても、それを解決するには時間も手段も不足している事は自身でも理解している為、俺は開き直って扉に手を掛けると、例によって一度深呼吸を挟んでそれを開け放つ。開けた扉の隙間から吹き込む涼しげな風を感じながら、俺は少なくとも此処数年では覚えが無い程の回数には達したであろう、本日何度目かも分からない外出を果たすのであった。


「本当に歌わなかったんですね。その割には結構時間が掛かってたみたいですけど」


 そうして家から出た後、不要かもしれないとは思いながらも玄関の鍵を閉めていると、背後から春菜のやや不満げな声が聞こえて来る。その前半部分に関しては兎も角、後半については自分で急がなくて良いと言っていたと指摘したくなるが、まあ当然の疑問ではあるし、流石に本人も本気で責めている訳ではないとは思うので、此処では大人らしく我慢しておく事にする。


「……そりゃあ、人を待たせていた訳だからね。その割に時間が掛かったのは……まあ、色々と準備する事があったから」


 という訳で、その自らが立てた方針に従って春菜の言葉に返答をするが、正直……もとい嘘が吐けないと散々自称している俺であっても、流石にその春菜の指摘にありのままの答えを返す気にはならず、適当に誤魔化すという選択を取る。


「そうですか。それはそうと、高見澤さんはこっちに帰って来たばかりですよね? 先にお訊きしておくべきでしたけど、自転車ってもう用意出来てるんですか?」


「え?」


「えっ」


 その選択はどうやら正しかったのか、その俺の答えを聞いた春菜は即答でそれを軽く流……したのは良いのだが、続けて俺にとっては完全に想定外の質問を投げ掛けて来る。それ故に、俺は思わず疑問の声を上げてしまうが、それは向こうも概ね同様だったらしく、春菜もまた同じ様な声を出す。


 則ち、どうやら春菜は自転車で買い物に行くつもりだった様であり、交通手段という点に於いては最初から互いに誤解というか、勘違いによる齟齬があったという事なのだが、最初から完全に車で行くつもりでその為の仮眠まで取った俺としては、それを理解するまでには流石に少々の時間が掛かってしまっていた。


「……ああ、ごめんごめん。此方としてはもう完全に車で行く気だったから、ちょっと面食らっちゃってね。そういう訳で自転車は未だ用意してないんだけど、小回りも利くしその内買おうとは思ってるから、もし俺の車に乗るのが心配だったら今日は止めておこうか?」


 だが、幸か不幸か、それは春菜も同様だった様であり、結果として俺が先に状況の説明を口にする。尤も、良く考えれば状況的に説明をすべきなのはどう見ても俺の方なので、春菜は単にその説明を待っていただけという可能性もあるのだが、やや俯いて何かを考えている様な仕草からして恐らく俺の推測は外れてはいないだろう。


 ともあれ、俺はこの状況で春菜がわざわざ買い物に自転車で向かおうと考えていた理由を推測すると、その中で最も尤もらしいものを選択し、それを口実として今回の買い物を中止するという選択肢を、敢えて自分から春菜に提示する。


 無論、美少女とのデートだ何だという事は措いても、単純に幼馴染の家族との親交という意味でも正直に言えば惜しい機会ではあるのだが、まあ自身でも色々な意味で警戒をされるのも無理はないとは思っている事もあり、誘った手前断り辛いという理由で春菜に無理をさせるという事だけは避けたかった。


「いえ。別にそういう訳ではないですよ? ただ……その、良く考えれば高見澤さんはそれで帰って来たんだから当たり前、というかその瞬間を私は見ていたのだから尚更な話なんですけど、車に乗って出掛けるというイメージが全く無かったので、ごめんなさい」


 それらの推測の実際の正誤は不明だが、俺の言葉を最後まで聞いた春菜はやや慌てた様にそれを否定すると、続けてこの混乱を招いた原因、則ち自転車で買い物に行くつもりだった理由を説明する。


 だが、それを聞いた事でその一応の理由は理解出来たものの、当人の言葉にもある様に実際に運転していた所まで見られている以上は、その大元の、則ち車に乗って出掛けるという選択肢自体が春菜の中に浮かばなかった理由については、現時点では俺には想像する事も出来なかった。

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