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第94話「お湯を入れてからの三分は異様に長く感じられる法則」

 ともあれ、そういう訳でその件に関しては開き直る事にした俺だったが、では改めて次にする事を考えよう、と思っても、結局は例のそわそわとした感覚がこの胸から消え去る事は無く、その影響でその思考にもあまり集中する事は出来なかった。


 とはいえ、そうでなければこの様な感覚を抱いていない……とは言わないが、これ程までに、則ちまともな思考も困難になる程にこの胸の感覚が甚だであるのは、決して俺がこういったイベントに慣れていないからだとか、春菜という美少女とのデート(仮)に対する期待と不安がそれ程に大きい為である、というだけな訳ではなかった。


 則ち、俺のこの胸中を支配するそわそわとした感覚の、少なくともある一定の割合を占めている部分に於いての原因とは、先程春菜が約束の時間を告げておらず、俺もそれを尋ねなかった事にこそあるのだった。それがどの様な物事であれ、いつ訪れるか分からない何かを待つという事には、この様な一定の不安……の様な感覚が付きまとうものなのである。


 尤も、この感覚がこれ程甚だになっている事の要因としては、恐らくは先に述べた様な事の方が大きいのだろうが、その実際の所がどうであれ、既に明白な答えが出ている事もあった。則ち、何れの要因に関しても、事の発端を辿ればそれが春菜である事は確かなのだが、だからと言ってその責を負わせるのは違う、という事は言うまでもない事だった。


 というのも、春菜が時間をはっきりと告げなかったのは当人が不要だと思ったからである為、俺がそれを必要だと思うならば訊き返せば良かっただけであり、また当然ながらこの誘い自体が俺への悪意によるものでない事も明白である為、こうしてそれへの期待やら不安やらで俺が悩んでいるのも、言うまでもなく俺の勝手以外の何物でもないのであった。


 ともあれ、これまでは次にすべき事を探すという建設的な思考さえも碌に手に付かなかった訳だが、にもかかわらずこの様な余計な思考は随分と弾む事に対する自嘲の笑みを浮かべると、その瞬間、俺には急に随分と気が楽になった様に感じられた。


 尤も、それでこの胸中のそわそわとした感覚が完全に消え去った訳ではないのだが、少なくとも今は何も手に付かない様な状況ではなく、先程は困難だった次にすべき事への思考も容易に行える様になっている事は確かだった。


 という訳で、暫しの間それについて考えた結果、いつ春菜が訪れてもおかしくない現状ではゲーム機での遊戯でさえ悠長であるという結論に到った俺はスマートフォンを手に取ると、それを横向きに持って例のゲームを起動する。


 だが、それから暫し経ち、そのゲーム内で現状プレイ出来る……もといプレイする事に俺が意味を見出せるコンテンツの全てをやり尽くしても、未だ春菜が我が家のチャイムを鳴らす事は無かった。尤も、コンテンツの全てというとさぞボリュームがありそうに聞こえるものの、実際にはいつものデイリークエストと、現実の時間の経過によって回復する所謂スタミナを消費する為のものを行っただけなのだが、それでも未だ迎えが来ていない事は俺の感覚的には意外だった。


 それ故に、俺はゲームのアプリを一度終了させると、再度正確な筈の時計を確かめるが、そこで目にした時刻にまたしても我が目を疑いかける。いや、実際にはそこまで大袈裟に驚いたという訳ではないのだが、兎に角その時刻が自身の予想とそれなりに乖離したものである事は確かだった。


 則ち、画面上に表示された時計は未だ十五時前を指しており、たった今までプレイしていたゲームの方は兎も角、随分と悩んでいた気がしていたこの一連の思考にも大した時間を費やしていた訳ではなかったという事実に、俺は一定以上の意外さを感じたという訳である。


 ともあれ、無論探せばいくらでも見付かるとは思うのだが、これにて現状では本当にやる事が無くなってしまった俺は暫し考えた後、歌でも歌いながらその時を待っている事にする。まあ、普段であれば体力の温存も考えて恐らく別の方法を選ぶ所なのだが、先程の洗い物の際に割とその調子が良かったという事もあり、今回はそれが時間潰しの手段に選ばれたのだろう。


 などと、相変わらず自身の行動の選択の理由すらも理解していない事は兎も角、そうと決めた俺は再度例の耳掛け式のイヤホンを両耳に掛けると、今度は再生を始める前にもう楽曲を選んでおく事にする。そして、今回はと或る大御所……と今となっては呼ばれてもおかしくはないが、俺にとっては青春そのものと言っても過言ではないバンドのアルバムを選択すると、珍しく再生順を通常に戻してからその再生を始める。


 そして、そうして自身にのみそう感じられる爆音で奏でられ始めた演奏に合わせ、かつて憧れた人物の声真似をしながらその楽曲を歌い始めるが、やはりその調子は例日比で言えば悪くはなかった。尤も、在宅しているかも定かではない近所の方々からすれば、その調子は可能な限り悪かった方が幸せだったのかもしれないが、折角こうしてそれが許される環境に舞い戻って来たのだから、少し位の騒音はお目こぼし頂きたい所である。

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