第86話「そうでない事がこの世にあると思ったか」
「さて、次は何をするかね……」
いや、気にしていないというよりも、こうしてつい口から零れた独り言からも分かる通り、そもそも俺は先程から全ての行動について一切の焦りを感じていないというか、何も急いでは行動していなかったというか、ずっと余裕の態度を崩さずにいたと思うのだが、無論それは明確な理由があっての事だった。
というのも、そもそも先程からの行動が何の為のものだったのかという話になるのだが、今日はこれまでに様々な行動をして来た中で、無論それぞれにそれぞれの目的はあった訳だが、その全てに於いて根底には或る共通する目的が存在していた。
則ち、俺は確かに多少は前向きな気持ちを持ってこれらの家事等をこなしては来たのだが、そもそもの目的は春菜との約束までの時間潰しに過ぎず、そしてその約束の時までにはまだまだ長い時間が残されていると思われる為に、多少の時間の無駄や効率の悪さなどは大した問題にならなかった、という訳である。
尤も、その時間の推測にはあくまで明確な根拠があるという訳ではないのだが、未だ長期休暇には流石に早いという事と、特に何かのイベントがあるという様な事を本人も口にしてはいなかった事から考える限りは、まあ一般的な高校生の下校時刻から大きくずれる様な事は無いだろうと考えられた。
しかし、そういう訳で未だ時間的には余裕があるとは思われるのだが、では現在の俺の心にも同等のそれがあるかと言われれば、嘘を吐けないと自称する俺にはそれを肯定する事は出来なかった。というのも、自身の学生時代を思い出しても、時には何らかの理由で下校が早くなるという事が無かった事もない上に、本人がそうと口にしなかったのは単に不要だと考えただけであるとか、平日にもかかわらずこの様な誘いを向こうから持ち掛けたのは下校が早い為だ、という様な思考が次から次へと俺の脳内では湧いて来ていた。
それ故に、先程口にした独り言の内容の割には、俺は未だに次の行動を決めかねていたが、流石にいつまでもこうして用も無く流しの前に立ち尽くしている事が無駄だという事を漸く理解すると、取り敢えずは食堂に向かい、いつもの指定席へと腰掛ける。ただそれだけの事だったが、人間の身体、或いは脳の仕組み自体がそうなっているのか、腰を落ち着けた俺は直ぐにある程度の精神的な余裕を取り戻すのだった。
という訳で、またも自身の思考に翻弄されるという器用な状況を漸く脱した俺は、同じく漸く先程の独り言の通りに次にやる事を考え始めるが、例によってその選択肢は非常に限られたものだった。というよりも、現時点では此処でやるべき家事や新生活の準備も殆ど残っていない為、それは最早ゲームをするか仕事をするかの二択の様なものだったが、今の俺にはその何れも選ぶ気にはならなかった。
まあ、仕事の方は当然というか、いつも通りの事なので措いておくとしても、ゲームをする気にもならないというのは珍しい事ではあるのだが、それも無理もない事は俺自身も薄々と気付いてはいた。というのも、つい一昨日まではそれしか生きがいが無いと言っても過言ではない様な生活を送っていた訳だが、もっと興味を向けるべき……とまでは言わずとも、少なくとも生物的にはそうインプットされている対象が自身の近くに居るという状況では、そちらに意識が向いてしまうのも当然の事だろう。
とはいえ、理性や遊びこそが人間の人間たる所以だと考えている俺としては、あまり本能に忠実である事を良しとは出来ない為、此処はお茶でも飲んで一先ずは落ち着く事にする。尤も、その遊びとやらの一種である例のゲームの中で、女性キャラクターしか使わずに喜んでいるのは何処の誰だという話ではあるのだが、そこはそれ、獣はゲーム内の異性を愛でたりはしないだろうという事で良しとしよう。
ともあれ、その再度温くなり始めているお茶を飲んだ事が功を奏したのか、或いはその後の下らない思考の方が意外にも有効だったのかは不明だが、気付けば俺の精神はいつもの調子を取り戻し、ゲームをプレイしようという気力も湧いて来ていた。まあ、それが四十手前の大の男として良い事かはそれこそ不明だが、少なくとも俺が俺らしく生きるという点に於いては、悪い事ではないのは確かだった。
という訳で、残りの時間はゲームでもして待っていようと決めた俺は、次はどのゲームをプレイするかを考え始める。これといってプレイしたい、というゲームがある訳ではなかったが、その逆の、より厳密にはプレイすべきではないゲームがある事は俺も既に理解していた。
というのも、先述の通りに恐らくは未だ時間に余裕があるとはいえ、そうでない可能性も無いという訳ではない以上、現状では直ぐにそれを中断する事が出来ないゲームをプレイ、もといその様なあらゆる作業をするべきではない事は明らかだった。
いや、たかがゲームなんだから、別に何をしていようとも春菜が来た段階で止めれば良い、と思われるかもしれないが、遊びだからこそ真剣にやるべきなのである。その最たるものが麻雀であり、インターネット上でのやり取りとはいえ一度卓に着いたのであれば、たとえ腹を壊して強烈な便意が襲って来たとしても、何とか決着がつくまでは我慢するのが俺の哲学なのであった。




