第82話「一見するとそうは思えないが、それは人として、いや生物としての生存の知恵なのだろう」
ともあれ、万人がそうであるとまでは言わないが、人は甘い物を食べるとそれだけで一定の幸福感を得られるものであり、こうしてカスタードクリームの甘味を味わった俺もその例外ではなかった。そして同時に、こちらは万人に当て嵌ると言っても過言ではないと思うが、人は美味い物を食べた時には同じく幸福を感じるものであり、気付けば俺の意識からは既に先程までの失敗への後悔は殆ど消え去っている程であった。
いや、どちらも同じ事ではないか、と言われたら正直否定する事は難しいのだが、何と言えば良いだろうか。例えば、美味いステーキなり寿司なりを食べた時の幸せと、美味いホットケーキやらアイスクリームを食べた時の幸せが同じかと言われれば、何となく異なっている様な気はしないでもないのではないだろうか。
尤も、本当の所は無論俺にも分からない上に、仮にそれらが実際に異なる精神作用であったとしても、この様に甘くて美味い物を食べた時にはそれらがどの様に表れるかなどは尚分かり様も無い事なのだが、例によってそんな事は今はどうでも良い事だろう。兎に角、美味い物を食べれば人は、少なくともその瞬間には幸せになれるものなのである。無論、その度合いは各々の置かれた状況等によっていくらでも変化するのだが。
ともあれ、斯くして幸せな男、さしずめハッピーマンとなった俺は更に幸せになる為……という訳ではないが、引き続き目の前の今川焼きを食べ進めていく。いや、この三口目にして既に一個目が消え去っている事を考えれば、「食べ進める」という言葉を使用する事はやや不適当な気もするが、これも最早どうでも良い事なのは言うまでも無いだろう。
なお、先述の通りに様々な条件によってそれはいくらでも変化する為、真の意味でそれらを比較する事は不可能ではあるのだが、朝食のステーキ丼の時よりも今の方が俺のテンションが高くなっている事からも、やはり甘味による幸福と単純な美味さによるそれとでは多少種類が異なっているという気はしないでもなかった。
ともあれ、熱さという最大の障害が消えた今、俺は一つ目の今川焼きを平らげると直ぐに二つ目に手を伸ばしてそれを口に入れるが、その結果は推して知るべしというものだった。
「あっつ!」
則ち、その不用意な行動のの結果、俺は自身が一つ前に発した物と一言一句変わらない言葉を叫ぶと共に、やはり調子に乗り過ぎるというのは良くないという事を思い知る。
というのも、既に俺が完食した方の今川焼きが丁度良い感じの温度になっていたのは、先の良い歳をして吐き出すという失態や、それに伴い内部のクリームが解放された事、そしてその後の同じく大の大人の行動としては如何なものかという必死の冷却作業のお陰であり、その何れとも縁が無かったもう一方の内部では、クリームが未だ熱さを保っているのは当たり前の事だった。
とはいえ、加熱から一定の時間が経っている事は確かであり、俺はその熱さに必死にはふはふと口内でそれを冷まそうと努力をしてはいるものの、今度はそれを吐き出すまでには至らなかった。また、猫舌ではない人間には分からないかもしれないが、そこには、則ち実際に吐き出してしまうのか否かには大きな差がある為、先程の様には後悔の気持ちが湧き上がる事は無かった。
というよりも、俺は寧ろそれ程の熱さに耐えている自身に対して誇りの様な物を感じてさえいたが、流石に元々は自身の失敗から始まった出来事に対してそれを感じるのはどうかと思うだけの冷静さは残っており、ポーズだけでも自身の行動を反省する事にする。
いや、自身の行動から始まった云々以前に、そもそも自らに対して誇りを感じるハードルが低過ぎると言えばまあそうなのだが、そこはそれ、自身の感情というか、自然な思考自体を制御する事は出来なくて当然という事で一つ。
何はともあれ、俺はその二つ目の今川焼きの一口目を何とか飲み込むと、再度それにより疲弊した自身の舌を労わる為にお茶を口に含む。そして、暫しそれを飲み込まずにいる事で口内をある程度冷やした後にそれを飲み込むが、その行動には自身でも行儀が悪いというか、人としてどうかという疑問を持たずにはいられなかった。
とはいえ、実際にそうなっているかは兎も角、自身としては火傷をしたのではと思う程の熱さを味わった訳であり、そして火傷の処置として最も大切なのは冷やす事である事を考えれば、それは仕方が無い行動だとも言えない事もない為か、やはり後悔をするには至らなかった。
という訳で、俺はこの一連の出来事についてはあまり気にしない事にすると、一口目を食した事で露出している今川焼きのクリームの部分に軽く二、三度息を吹きかけた後、少しの覚悟と共にそれに噛り付く。
しかし、その形だけの対策が功を奏したのか、或いは単純に先程熱さに耐えている間に経過していた時間の為か、またもその温度は「丁度良い感じ」になっていた。その実際の所は分からなかったが、それ故に再度何の障害も無く味わえたその甘味と幸福を噛み締めながら、俺はぼんやりといつ振りかも分からない事を考えていた。ああ、今日は良い事があるかもしれないな、と。




