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第79話「人は対話で分かり合う事が出来るが、個人の感覚に関してはそれがひどく難しい事もある」

 とはいえ、そんな些細な感傷に浸っている場合ではない、という事に俺自身よりも早く気付いていた腹の虫の鳴き声で我に返ると、俺は電子レンジの蓋を開け、その内部に今川焼きが載った皿を入れて蓋を閉める。そして、早速操作ボタンを押して加熱を始めようとするが、そこで例の如く今更になってと或る事に気付くと、そのボタンに紙一重で触れない位置に人差し指が来る様な形で動きを止める。


 則ち、腹の虫の催促に気を逸らせてしまった結果、未だその温め方を確認していなかった事に漸く気付いた俺は、そのボタンを押そうとした際の妙にスタイリッシュな姿勢から強引に流しの方へと向き直ると、他に誰も居ないのに羞恥を感じるという器用な事をしながら先程置いた今川焼きの袋を手に取る。そして、その表裏に印字された文章を順に確認していくと、数秒を掛けて目的の情報を見付ける事が出来た。


 曰く、皿に載せてラップをせずに加熱するという調理法自体は正解であり、肝心の秒数は二つの場合は500ワットで一分十秒、600ワットの場合には一分丁度との事である。だが、俺は再度電子レンジの方へと向き直り、それを操作して出力が600ワットである事を確認すると、迷わずにタイマーを一分半に設定して加熱を開始する。


 というのも、冷凍食品をこういった説明通りの時間だけ温めた結果、それが見事に良い感じの出来具合になった事など、少なくとも記憶にある限りではあるが、俺はこれまでに一度たり経験した事は無かった。尤も、この今川焼きの袋の調理方法の欄にも注釈がある通り、外側が冷たいままであってもそれはメーカー的には想定通りの事の様なのだが、それを食す側としてはやはりそれで満足とはいかないものだろう。


 なお、俺はこの様に主語を大きくするというか、単なる個人の考えや感覚をさも一般論の様に語るという事に、その主体の自他を問わず非常に嫌悪感を抱くのだが、今回の場合は話が異なり、最早推量の表現すら不要だとさえ思っていた。


 まあ、今回の様なおやつの類ならば未だ我慢が出来ない事もないかもしれないが、たとえば冷凍の炒飯を食べようと思ってその袋に書いてある通りの時間だけ加熱した後、いざ実食として口に入れたそれが未だ冷たかったならば、それはもう戦争が起きても仕方が無い出来事だと言っても過言ではないだろう。いや、それは流石に過言であるとしても、やはり冷凍食品はメーカーの薦める方法よりも多少長い時間温めた方が良い、という話なのだが、だからと言ってより長く温めれば良いという話ではない。


 というのも、かつて丁度この今川焼きに近い商品である冷凍の中華まんを、今やっている様に少し長めに温めても未だ冷たかった為に、更に追加で加熱したにもかかわらず未だ表面が冷たかったので、諦めてそのまま口に入れた事があったのだが、その際に俺は地獄を見た。則ち、確かに時間通りだと温めが不足する事はあるのだが、伊達にメーカーも「内部から温められる」などと書いている訳ではなく、結局大切なのはその温め方の塩梅だ、という事である。


 などと、暫し過去の素晴らしい思い出に浸ってみたは良いものの、例によってすべき事を忘れている事に気付いた俺は残された方の今川焼きの袋を手に取ると、その開け口を適当に閉じてからそれを冷凍室へと戻す。いや、もっとちゃんと密封をすべきだという事は分かってはいるのだが、冷凍室だから大丈夫だろうという根拠の無い信頼と、単純にそれをする為の方法が近くには無いという事実により、結局は毎回いい加減な形で保存してしまうのであった。


 とはいえ、それで腹を下したとかいう記憶は無いので、その保存方法でも特に問題は無いのだろう。と言いたい所ではあるが、実を言えばその論理には大きな穴がある。というのも、俺はこれまでに結構な頻度で腹痛を催して来たのだが、かつてノロウイルスに罹った際の例外を除けばいちいち病院に行ったりはしなかった為、基本的にその原因が特定出来た事は殆ど無いのである。


 則ち、仮にこの様な冷凍庫での保存方法が原因であったとしても、無論俺がその事を知る事は無いので、それが原因での腹痛などという記憶は無くて当然なのだ。尤も、原因が特定出来ないという事は、当然ながらその他に原因があるという可能性も十分に存在しているので、この様な適当な保存方法でも問題が無いという可能性もまた同様であるのだが。


 ともあれ、こうして再度下らない思考に興じていると、やがて背後から温めが完了した事を伝える電子音がピーピーと鳴り響く。無論、それは自身の行動の結果生まれた音であり、それが鳴る事も予め知っていたのだが、それを耳にした俺は思わず身体をビクつかせる程に驚いてしまう。


 いや、それが耳慣れない音であった為だとか、考え事に集中していたから仕方が無いとか言い訳はいくらでも出来るのだが、無論その本当の所は俺自身が誰よりも分かっていた。則ち、昔から、かつてこの家に住んでいた頃から臆病だった俺は、大人になったらそれが治るものだと期待していたのだが、残念ながら四十を前にしてもついぞそれが叶う事は無かった、という訳なのであった。

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