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第77話「何かに満足する度に、次の不満を探し続けるのが人間である」

 そういう訳で、その幻聴として聞こえている訳ですらない叫び声を無視する、という最早意味不明な行動の末に、俺は先程取り出した本達を種類や巻数の順に整理すると、それらを苦労の末に用意したその置き場所へと並べていくが、元より大した冊数ではない為にその作業は想像以上に直ぐに終了する。


 そのあまりにもあっさりとした終わりに、暫しの間は一連の作業を完了したという感慨すら湧いて来なかったが、元々そこにあった掛け軸や壺とその本達が織りなすアンバランスな光景をぼうっと眺めていると、やがてその感動がふつふつと湧いて来る。


 尤も、その感動を覚える要因の中の一定の割合を占める理由が、先程のその場所の掃除に要した労力である事からも分かる様に、こうして漸くその本達を並べた場所には今後も大層な量の埃が溜まっていくであろう事にも、俺はこの段階で同時に気付いたのだが、そちらに関しては見て見ぬ振りを決め込む事にするのであった。


 まあ何はともあれ、これにて荷解きという、昨日から続く一連の作業が漸く完了したという事は確かであり、俺は暫くの間は大人しくその事への達成感に浸っていたのだが、やがて不意に聞こえて来た音により現実に戻される。


 とはいえ、それは今朝方俺から貴重な睡眠を奪ったあの蝉畜生が再来したとか、或いはその直後の様に再度誰かしらの来訪を告げるチャイムが鳴り響いたとかいう訳ではなく、それはもっと身近な場所から聞こえて来た音、則ち俺の腹の虫がその存在を高らかに主張する音だった。


 もうそんな時間か。その音にそんな事を思いながら、俺はそれを確かめる為に時計を、何となくスマートフォンのそれではなくリビングの壁に掛けられたアナログの時計を見ようとそちらに移動するが、その結果この両目が捉えたのは意外な光景だった。


 とはいえ、別に知らない内にその時計が撤去されていただとか、或いは電池切れにより明らかにおかしい時刻を指していたとかいう訳ではない。それはしっかりとそこにあり、現在の……冷静に考えればまあその位だろうと思える時刻、則ち概ね十二時半辺りを指し示していたが、それでもやはりこの意外だという感覚は消え去る事は無かった。


 というのも、確かにそれは一般的には昼食の頃であろう時刻ではあるのだが、現在の俺の状況を、則ち今朝目を覚ましてからこれまでの自身の行動を考えれば、未だその時には早いのでは、とは思わずにはいられなかった。


 いや、朝食の時間と現在の時刻を単純に考えるだけであれば、別に妥当といえば妥当であり、特に意外さを覚える様な状況ではないのだが、今日の俺に関してはその朝食があの朝食であった事と、その後には仮眠も挟んでおり、大してその栄養を消費する様な事をした覚えも無い為に、こうして空腹を、少なくとも盛大に腹の虫が鳴く程のそれを感じるには、流石に未だ早いのではと思ったのであった。


 尤も、そもそも未だ朝食に関してはその段階、則ち栄養を吸収してそれを消費する様な状況ではなく、あくまでもそれを胃袋で消化したとかしないとかいう段階であろうとか、その消化に関しては安静時の方が進みが早いとかあった気もする事を考えれば、その仮眠が寧ろこの空腹という状況の助けになった可能性もあるのだが、あくまで俺の直感的な感覚に於いては意外としか思えなかった、という訳である。


 だが、実際の事実関係がどうであれ、こうして腹の虫が鳴いたという事が確かであれば、それに納得する為の理由を勝手に作り出すのが人間というものである。則ち、俺は先程からの一連の作業が案外熱量を消費するものだったのだろう、という事と、そもそも人間の身体で最もそれを消費するのは脳であり、俺は普通の人よりは遥かにそれを活用、もとい使用しているという事をそれに当てはめるのだった。


 なお、わざわざその動詞を改めた理由であるが、まあ言わずもがなというものだろう。確かに俺は一般の、少なくとも俺がこれまでに目にして来た多くの人間よりは、遥かにこの脳を思考というものに使用して来たという自負はあるが、それが「活用」と呼べる程に有意義なものであるかと言えば、口が裂けても肯定する事は出来なかった。


 ともあれ、腹が減っては何とやらという事で、平和主義、もとい面倒が嫌いな俺は無論戦になど出向く訳ではないが、それを解消する方法を、則ち昼食をどうするかを考え始める。尤も、わざわざ時間を割いて考える程にその選択肢が豊富であるという訳ではないのだが、まあこうして自身の脳を「活用」するのは悪い事ではないだろう。


 などと、いつもの様に自身の無駄な行動を擁護してはみたものの、今回に関しては本当に無駄であると言わざるを得なかった。というのも、昨日に転居してきたばかりであり、かつその際に特に食料を持ち込んだという訳ではない現状では、此処で考えていた所でその答えを出す事は出来る筈も無かった。


 いや、厳密に言えば、自身の記憶の中にある情報だけでもそれを出そうと思えば出せるのだが、少なくとも現時点に於いては、流石にその答えを採用する気にはならなかった。則ち、若菜達のお陰で間に良い物を挟んでいるとはいえ、昨夜の今でインスタントラーメンを再度食べるという事は、いくら俺でも可能な限り避けたい選択肢だと言わざるを得ないのであった。

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