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第76話「人の心はワンダーランド」

 などと、例によって自身の考えに過ぎない事をあたかも紛れも無い事実であるかの様に述べながらも、俺は結局は此度もこの洗い終えた元タオルの雑巾の処理は適当に済ませる事にすると、今回はそれをこの絞ったままの状態で放置する事に決める。


 と言っても、今回はこれまでの様に気分で選んだという訳ではなく、現状ではそれを干す為の道具の配置も分かっておらず、何かに掛けて干す場合にもそれに適した場所を探す必要がある事を考えると、正直に言えば現状ではそれらが非常に面倒に思えた為の選択だった。いや、滅茶苦茶気分で選んでいるではないか、という話ではあるのだが、まあ論理的な思考に基づいた選択だと言えばそうとも取れるので、此処は良しとしておこう。


 ともあれ、此度の雑巾の処遇を決めた俺はその方針通りにそれを洗面所の片隅にそのまま放置すると、軽く手を振って水気を飛ばしてから、それでも残った分をタオルで拭き取る。なお、普段ならばそれはその行動の意味を問いたくなる程に雑な拭き方であるのだが、今回は特に念入りに両手の水気をタオルに吸わせていく。


 無論、それは今後の行動の、則ち本という水気に弱い物を扱う為なのだが、それが一連の作業のトリを飾る待ちに待った時である為か、結局はその念入りさも当社比ではという程度のものとなり、俺は未だ自身の手に若干のそれが残ったままにその場を離れるのだった。


 尤も、この季節であればそれが自然に乾くのにもそう時間が掛かる訳でもないので、その行動は時間の効率を考えれば寧ろ正解とも言えるのだが、大の大人の行動として相応しいものかと言えば、まあ自信を持って肯定する事は俺には出来なかった。


 ともあれ、そうして和室へと向かう短い道中の間だけでも、案の定俺の手に僅かに残った水気……もとい湿り気はすっかりと蒸発し、俺は万全の状態で目的地へと辿り着く事に成功する。しかし、普段ならば此処で多少は感慨に浸ってもおかしくはない所ではあるのだが、今回は先程から続く一連の作業の締めとなる時が近いという事もあり、俺はそのままの勢いで先程置いた箱の前まで移動すると、その中から自作の献本以外の本を取り出して一度床に置いていく。


 その際、正直に言えばその残された物も一緒に取り出すという選択肢も一瞬頭に浮かびはしたのだが、それが意味する事……則ち、それを誰かに渡す光景……もとい状況を想像してみると、やはりその案は直ぐに却下される事になった。いや、誰かも糞も無いのだが、実際に「これが俺の作品だ」とか言いながらその本を若菜に渡す所を想像しようとするだけでも、とてもその状況に耐える自信は持てなかった。


 尤も、仮に実際にそうした所で、無論若菜がそれを嘲ったり揶揄ったりする事などは無く、寧ろ心から祝福と感謝の言葉を述べる事だろう。散々他人の思考など分からないものだと述べて来た訳だが、その推量を表す表現さえも要らないという程度には、俺は二十年も会わずにいた幼馴染をどの面を下げてか信じていた。だが、それが分かっていても尚、とてもそうしようとは思えないという程度には、俺はその行為を恥ずべきものだと、いや恥ずかしいものだと考えている、というだけである。


 ともあれ、そうして箱の中身を並べる物と封印する物に分けた俺はその思考を振り切ると、早速その前者を苦労の末に用意した置き場所へと並べようとするが、既の所でそれを思い止まる。というのも、この本達を片付け終えるという事は、則ち先程からの一連の荷解きという作業の終わりを意味するのだが、先にそれらを並べる方を済ませた場合には、この献本達の封印がその大トリを飾る事になってしまう事に気付いたのである。


 無論、言うまでもなくそこに大した差がある訳ではないのだが、やはり大仕事……と呼ぶ程のものかは諸説あるものの、一仕事の最後をネガティブな作業で締めるというのは気分的にはあまりよろしいものではなく、そして人は……もとい俺は精神的な存在である事を考えれば、その気分こそが最も優先すべきものと言っても過言ではなかった。いや、ばりばりに過言であるのだが、何れにせよ特に作業量が変わるという訳でもないのだから、まあ気分を優先するのは別に悪い事ではないだろう。


 という訳で、俺は先ず中身の大半を取り出されて随分と軽くなった箱の方を持ち上げると、押入れの下段の未だ空いているスペースにそれを押し込み、先程から開け放されていた襖を閉じる。これにて、晴れて残るは本を並べるという作業だけになった訳だが、俺は自身の胸中に若干の曇りの様な感覚を覚えていた。


 しかし、無論その原因は何となく分かってはいるのだが、俺は敢えてそれを無視して考えない様にすると、遂に最後の作業を済ませようと先程取り出した本の許へと移動する。もしかしたら、俺が背を向けた押入れの暗闇の中で、我が子にも等しい本達が声無き声で生みの親である俺を呼び止めているのかもしれないが、残念ながらそれに報いる勇気を俺は持ち合わせてはいなかった。

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