第75話「最高法規で保障されている権利」
それから暫し経ち、やがてその掛け軸の前の空間の掃除を終えた俺は身体を起こすと、それによる疲れを自ら労わる様に、大きな伸びをしながら深呼吸を一つする。尤も、その空間は大した広さではない……どころか一畳も無い様な狭さである為、その掃除に要した時間もそれ程長かったという訳ではないのだが、慣れない姿勢と作業の影響か、或いはこれまでの一連の作業の分が一気に出て来たのか、俺は心身共にそれなりの疲労感を覚えていた。
ともあれ、漸くそれらの安置場所を用意出来たという事で、早速付近の箱の中でその時を待つ本達をそこに移動させたい所だったが、俺はその誘惑を振り切って立ち上がると、埃塗れになったタオルを持って再度洗面所へと向かう。無論、それはその埃を無駄に散らせて折角の掃除を無駄にしない様にという事でもあるが、水拭きをした直後という事でその場所には未だ若干の水気が残っている為、その乾燥を待つという意味も含まれていた。
程無くして、無事に洗面所へと辿り着いた俺は早速そのタオルを水洗いし始めるが、そこに付着した埃の大部分が面白い様に流れていく様を見ていると、ふと一つの疑問が俺の中で湧き上がって来る。こうして埃を下水へと流しまくっている訳だが、本当にそんな事をしても良いのだろうか、と。
だが、無論その答えが此処で与えられる事は無い為、その疑問が更なる疑問を呼び、俺の脳内ではさながら好奇心旺盛な五歳児の如き質問攻めが、誰を相手にするでもなく繰り広げられていた。
まあ、特に法で禁じられていると見聞きした覚えはないので恐らくは別に構わないのだろうが、こうして流した埃は最終的に何処へ向かうのだろうか。処理施設で回収されるのか、或いはそのまま海に流されるのだろうか。そういえば、衣類や布団を叩いた時や掃き掃除等をする時には直接自然界に埃を放つ事になる訳だが、それも最終的にはどうなるのだろうか。というよりも、そもそも埃とは何なのだろうか。何処から現れて何処に行くのだろうか……。
その様な取り留めもない疑問が胸中に、或いは脳内に浮かんでは、当然ながらその答えを与えられる事も無く消えていく。それが無意味だと断じられる思考であるかは分からないが、その様な思考に意識の大部分を持って行かれた結果、そのタオルを洗うという作業に明らかに必要以上の時間が掛かっているという事を考えれば、少なくとも水資源とそれに伴う料金という意味では無駄である事は確かだった。
という事にふと気付いた俺はその思考を打ち切り、自身の手の中にあるタオルへと目を向けると、そこに未だ残っている埃がなるべく綺麗になる様にそれを洗っていく。しかし、当初は面白い様に取れていたのは何だったのか、残されたそれらは妙に頑固に、もとい強固にこびりついており、俺の持つ技術では取り切る事は出来なかった。
尤も、何故そうなるのかを理解している訳ではないが、俺は意外にもこういった行動……則ち使用後の雑巾の洗浄の経験をそれなりに持っており、この様に取れない汚れが残る事も無論知っている為、それこそ頑固になってその汚れを取ろうなどとは思わなかった。それを潔く諦め、ある程度は綺麗になったタオルの全体を改めて軽く水洗いすると、最後にきつく絞る事で一気にその水気を取るが、そこでまた動きが止まってしまう。
というのも、最早恒例になりつつあるのだが、俺のこの歳になっても未だその正解を知らないシリーズ
の一つとして、こうして水洗いして絞る所までを済ませた雑巾を、この後にどうすれば良いのかという知識を俺は持ち合わせてはいなかった。
このまま何処かに置いておけばいいのか、或いは開いて何処かに干しておくべきなのか、その場合は何かに掛ける様にすれば良いのか、それとも洗濯ばさみ等で何処にも接しない様に干すべきなのか。そういったそれらしい選択肢を用意する事こそ容易だが、その何れが正解であるのかが分からない以上、結局は自信を持って行動する事は出来なかった。
いや、つい先程こういった作業の経験がそれなりにあるとか言っていたじゃねえか、という話ではあるのだが、別に何という事はない。ただ単に、その何れの場合にも俺は同じ様な疑問を抱えたまま、その時々の気分によって適当にどうするかを決めていただけの事である。
まあ、それで良いのかといえばそうなのだが、次に使用する時にもどうせ水洗いから入る為、実際にこの後の雑巾の処遇など適当でも良いという事は、実を言えば俺もとうに理解してはいた。ただ単に、それでも時折こうして気になる事もある、というだけの話であり、それが偶々今日この時だった、というだけの話でもある。
則ち、やはりこの一連の思考は無駄以外の何物でもないという事なのだが、それを理解した上でも俺は別にそれを悔やんだりはしなかった。たとえ、この時間に世界の飢餓に苦しむ子供達の事を考えていようが、明日以降の自身の行動の予定をなるべく詳細に考えていようが、或いはこうして何の意味も無い事を考えていようが、別にこの世界には勿論、この後の自身の過ごす時間にも毛程の影響を与える事も無いのだから。




