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第73話「他人の心情を推し量る、なんて事は不可能だという事が分かる話」

 という訳で、やはり件の場所の掃除の為には雑巾の類が欲しい所であるのだが、既に俺にはこれ以上その捜索を続ける気は無かった。というのも、それにより俺が心身共に一定の疲労を覚えている事を措いても、例の何たらワイパーの替えシートが既に見付かっているにもかかわらず、この付近の収納に雑巾が置かれていなかったという事は、そもそもこの家の中にその類の物は存在していない可能性が高いと考えられた。


 とはいえ、だからといって件の、則ち転居を機に行われた粛清の生き残りたる精鋭の本達の置き場の掃除を諦めるなどという事は、その場所の選定に掛かった時間と労力を考えても、無論あり得ない選択肢である。則ち、当然ながらその代替案を既に思い付いているからこそ、俺はこの捜索の中止を決断したのであり、それを実行する為にも颯爽とこの場を後にするのだった。


 斯くして、例によって「結果的には無駄であった」捜索を終えた俺が辿り着いたのは、その掃除の為に雑巾を必要としている場所、則ち件の和室だったが、無論このまま着ている服の袖で掃除を始めよう、など考えた訳ではない。それ故に、俺は例の壺が置かれている空間は無視してその付近の箪笥の前に直行すると、その引き出しの一つを妙にエレガントな、と自分では思っている妙な動作で引き出す。


 その結果、俺の眼前に現れたのは先程収めたばかりの物を含めたタオル達であり、俺はその中から適当に、その本来の意味と現行での意味の双方を満たして一枚を取り出すと、次の工程に必要になる道具を求め、引き出しを閉じてまたこの場を後にする。


 則ち、俺はその引き出しから取り出した、その中でも比較的古くなったと思われるタオルを雑巾にしてしまう事を決めたのだが、その為にはこのままでは少々細長過ぎると思われるので、それをいくつかに分ける為の道具として今度は鋏の捜索を始めた、という訳である。


 なお、先程の話ではあの様に述べたが、流石にこの短い間であれば俺の短期記憶もそれなりに残っており、先程探した場所にはそれが置かれていない事は確かめるまでもなく分かっていた。いや、わざわざ鋏をその様な場所に置く人間など居ない為、そもそもそんな所を探す必要が無いのは当然だという話ではあるのだが、人には分かっていても敢えて言いたい事の一つや二つはあるものなのである。


 などと、誰に向けてのものであるかも不明な謎の弁明をしつつも、俺はリビングに置かれた謎の棚等の収納スペースを捜索していくが、中々目的の鋏は見付からなかった。いや、此度の様に家を誰かに残すという場合の話ではあるが、いくら何でもわざわざ引っ越しで持って行く様な物ではないと思われるので恐らく何処かしらにはあるのだとは思うのだが、先程から続けて物の捜索ばかりしているという事もあり、割と早い段階で俺のその作業に対する気力は失われてしまうのであった。


 なお、両親の場合とは異なり前の住居は完全に引き払ったのだから、わざわざ捨てる様な物ではない鋏であれば、自身の引っ越しの荷物に含まれているのではないか、と思われるかもしれないが、残念ながらそれは例によって想像力の欠如した感想であると言わざるを得ない。というのも、俺はそれなりに長い間一人で暮らして来た訳だが、その期間に於いて俺の所有物に鋏という物品が含まれた事は一度たりとも無かったのである。


 いや、流石に不便では、という話ではあるのだが、というか実際に不便ではあったのだが、一応は代用可能なカッターナイフや爪切りは所持していた為に、わざわざ新たに鋏を購入するのも勿体ないという思いを捨て切る事が出来ず、ついぞそれを入手する事は無かった、という訳である。


 しかし、遂にそれらでは代用が出来ない……とまでは言わないが、まあ中々に難しくはある状況に直面してしまった訳であり、俺は過去の自身の選択を軽く後悔していた。だが、今回も決してそれが必須という訳ではなく、俺の持ち前の発想力……と表現した方が格好いいからそうしただけの、多くの人に普通に備わっている能力は、既にそれを不要とする代替案を思い付いていた。


 則ち、雑巾としての能力を発揮する、つまり床等を拭くという用途を果たすだけであるならば、別にタオルを短く切る事が必須であるという訳ではない為に、そのタオルをそのまま拭き掃除に使用すれば良い、という当たり前の事をさぞ名案の様に思い付いた俺は鋏の捜索を早くも切り上げると、それを実践する為に洗面所へと向かうのであった。


 尤も、それを、則ち雑巾を濡らすだけであれば台所の流しで行えば良いという事くらいは、流石の俺でも分かってはいるのだが、何と言うか、それを食事を作ったりする場所で行う事には若干の抵抗を感じずにはいられなかった。


 いや、掃除に用いた後の雑巾を洗うのであれば兎も角、百歩譲って過去にそれに用いた物を濡らす事を気にするとしても、今回はその対象が現時点では未だ雑巾ですらないタオルである事は無論理解しているのだが、それでも抵抗を感じてしまったのだから、俺にはその自身の感覚に従う事しか出来なかった。


 とはいえ、それは明らかに無駄な行動ではあるのだが、どうせ距離にして精々二、三メートルの差でしかない上に、やはり俺は潔癖であるという先の主張の説得力が多少増したと考えれば、まあこの程度の無駄であれば許容しても良いだろう。

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